年別アーカイブ:2021年

カラスの味方

2021年1月12日   岡本全勝

先日の「賢いカラスとの闘い」の続きです。その後、カラスは飛来しますが、騒ぐこともなく平穏に過ぎています。

ところが、先日朝、キョーコさんが家の前で目撃。
近くの住人らしい人が、蓋をして重しを載せたゴミの箱の上に、生ゴミの袋を捨てていこうとしました。もちろん、注意して持って帰ってもらいました。
カラス以外にも、敵はいました。

発達障害を受け入れる社会、二つの方法?

2021年1月12日   岡本全勝

1月8日の朝日新聞オピニオン欄「ほどよい距離感って?」、熊代亨さん(精神科医)の発言から。

・・・街の精神科医として感じるのは、いまなら発達障害などと診断されるような人が、昭和の時代にはあちこちで当たり前に暮らしていた、ということです。
そうした人たちが早い段階からサポートを受けられるようになったのは良いことです。一方で、いまの社会はますます清潔で行儀良く、効率的で、コミュニケーション能力が求められる。それについて行けない人に対処する需要が高まったから、発達障害が「病気」として受け入れられたようにも感じます・・・

・・・現代社会は確かに自由です。家や身分や地域によって仕事や人間関係を強制されないし、交通機関やインターネットの発達で、距離による制約も大幅に解消しました。
そうした社会では、私たちは友人や恋人や知人として「選ばれなければ」ならない。同時に、友人や恋人や知人を「選ばなくては」ならなくなりました。SNSに好ましい投稿を続けるのも、自分の「市場価値」を高めるためだと思います・・・

復興10年の検証、朝日新聞

2021年1月11日   岡本全勝

1月11日の朝日新聞1面は、「東日本大震災10年 3・11の現在地」「「創造的復興」でも故郷を離れた」でした。
・・・「創造的復興」。この言葉に始まった東日本大震災からの復興事業は、規模・内容ともに前例のないものとなった。
壊滅した沿岸のまちをつくりかえ、かさ上げしたり高台を造成したりした。お金の調達には、25年にわたり所得税を上げるなどの増税を実現し、被災自治体の地元負担をゼロとする仕組みにした。企業の施設復旧にもお金を投じ、住民のコミュニティー再建も支援した・・・

復興の基本方針をつくった復興構想会議からの動き、地元負担なしから一部負担導入へ、町づくりの見通しと結果とのズレなどを、関係者の証言を集めて検証しています。

2面に、私の発言も載っています。
・・・復興次官を務め、10年の大半で復興政策に関わった岡本全勝氏が昨年11月、取材に応じた。10年について「行政哲学の大転換だった」と振り返りつつ、反省を口にした。
「インフラ偏重となった面はある。なりわい再生やコミュニティー再建にもっと重点を置くべきだった」・・・

専門家の掃除

2021年1月11日   岡本全勝

2019年末に、自宅を点検してもらい、外壁の塗り替え便器の更新をしてもらいました。2005年に新築入居したので、15年ほどが経ちました。きれいに使っている方だと思います。

2020年の年末には、専門家に風呂場をきれいにしてもらいました。毎日洗っていても、水垢やカルキが付いて汚れていたのです。
さすが専門家です。いろんな薬剤なども使って、きれいにしてくれました。

かさ上げ事業の検証、読売新聞

2021年1月10日   岡本全勝

1月10日の読売新聞1面に、「東日本大震災10年秘話 復興事業」「かさ上げ 歯止めなく 陸前高田」が載っていました。
・・・巨大津波と原発事故。東日本大震災は、誰も経験したことのない未知の複合災害だった。2011年3月のあの日から間もなく10年。いまも記憶に残る象徴的な出来事をたどり直してみた。語られたことのない秘話と真相が浮かんできた・・・

私の発言も、紹介されています。
・・・この春、ようやく終わる土木系の復興事業がある。岩手県陸前高田市のかさ上げだ。東京ディズニーランド2個半分の広大なエリアに、東京ドーム9個分の土を盛り、海抜10メートルの街に造りかえる。被災地で群を抜く規模の事業だが、初期構想はわずか2メートルだった。2年余の間に4段階で5倍に膨れあがったのだ・・・
・・・当初1201億円だった事業費が1657億円に膨らんでも、痛みは感じない。政府は復興増税などを財源に、自治体負担をゼロにしたからだ。復興庁次官を務めた岡本全勝氏は「事業規模を抑える誘因を摘んでしまった」と指摘する。復興計画に携わった学者は「ブレーキのない車みたいだ」と感じていた・・・

24ページには、より詳しく経緯が検証されています。
・・・かさ上げが拡大したことについて、市復興対策局長を務めた蒲生琢磨さん(64)は「津波の恐怖が消えない人は多く、二度と被災しない安全な街にするというのが、復興に携わる者の共通認識だった」と強調する。
ただ、裏方メンバーだったコンサル担当者は「今後、さらに人口が減る陸前高田で、こんな大きなかさ上げをして、活用される見込みがあるだろうかと疑問に感じた。だが、『一日も早く』『より安全に』という雰囲気で、意見を言い出せなかった」と振り返る。
一方で、検討委員の多くは被災者でもあった。ある男性委員(76)は「周りの委員は家などを失い、どう家族を養うかということで頭がいっぱい。市の方針に、住民が異論を挟めるような状況でなかった」と話す。
委員を務めた学識経験者の一人は「陸前高田は被災範囲が広く、他自治体より復興計画の策定が遅れた。市は計画作りを急いだが、大規模な都市計画を作るノウハウはなく、コンサルなど専門家の提案が通ってしまった」と解説する。「地元が意見を言えないなら、自分たち外部の者が『身の丈に合った計画に』と言うべきだったのかもしれない」・・・

大震災から10年が経つので、各紙が検証を始めています。私たちは、前例のないことに取り組んだため、そして一日でも早く復興させるため、走りながら考えました。その時点時点では、良いと考えて進めました。復興事業がほぼ完成した今、改めてどこが良かったかどこが足りなかったか検証することは、良いことです。今後の政策の教訓にして欲しいです。
地方負担については、「朝日新聞インタビュー「ミスター復興が語った後悔と成果」」「復旧事業費地方負担なし、関係者の声」。