心のサポーター養成事業

6月17日の朝日新聞オピニオン欄「社会季評」、東畑開人・准教授の「心のケア、主役は素人 ささやかな毛を生やそう」から。

・・・ささやかな政策を取り上げたい。巨大な国家からすると砂粒のような政策だ。だけど、そこには私たちの社会のあらゆるところで生じている苦悩が表れている。
「心のサポーター養成事業」のことだ。今年度の予算規模は3千万円弱。厚生労働省の発表によれば、安心して暮らせる地域作りのために「メンタルヘルスやうつ病や不安など精神疾患への正しい知識と理解を持ち、メンタルへルスの問題を抱える家族や同僚等に対する、傾聴を中心とした支援者」を、10年で100万人養成するとのことだが、実際の中身は地域住民に2時間程度のメンタルヘルスの研修を受講してもらうくらいのことだから、正直素人に毛を生やす程度の話だ。だけど、侮っちゃいけない。このささやかな毛がきわめて貴重なのだ。
メンタルヘルスケアというと専門家が特別なことをするイメージがあるかもしれない。だけど、本当の主役は素人だ。実際、私たちが心を病んだとき、最初に対応してくれ、そして最後まで付き合ってくれるのは、専門家ではなく、家族や友人、同僚などの素人たちではないか。

たとえば、最近離婚した同僚の様子がおかしいとき。あなたは彼の受けたダメージを思い、心配になる。だから、気を使い、仕事を分担し、気晴らしに誘う。そうこうしているうちに、彼は少しずつ回復し、気づけば以前のように働けるようになっている。多くの心の危機が、専門家の力なんか借りずに、なんとかやり過ごされていくものなのだ。

ここで働いているのは、古くは哲学者のカントが「世間知」と呼んだものの力だ。つまり、世の中とはどのような場所で、人生にはいかなる酸いと甘いがあるのかについての、ローカルに共有された知のことである。この世間知が、離婚の傷つきや回復のプロセスを想像することを可能にし、必要とされているケアを準備し、コミュニティーに彼の居場所を確保してくれる。素人たちは世間知に基づいて、互いを援助しあう。

と書くと、楽観的過ぎるかもしれない。世間知にはコミュニティーから人を排除する力もあるからだ。例えば、先の離婚の彼が、しばらくたっても回復しなかったらどうか。仕事が滞り、不機嫌が続く。いつもイライラしていて、周りに当たることもある。すると、世間知は彼を持て余し始める。彼は理解できない存在になり、厄介者扱いされるようになる。孤立していく。
そういうとき、専門知が解毒剤になる。「うつ病じゃないか?」。誰かが言いだす。それが視界を少し変える。仕事の滞りやイライラがうつの症状に見えてくる。すると、周囲は彼に医療機関の受診を勧めたり、特別扱いしたりできるようになる。
この素人判断こそが、心のサポーターに生えたささやかな毛だ。うまく専門家につながれば、そこで適切な理解を得ることができるし、すると彼の不機嫌さが悲鳴であったことがわかる。「厄介者」はケアすべき人に変わる。

これが心のサポーターの背景にある「メンタルヘルス・ファーストエイド」の思想だ。心のサポーターとは、専門知を浅く学ぶことで、とりあえずの応急処置や専門家につなぐことを身につけた素人なのである。専門知が世間知の限界を補う・・・