年別アーカイブ:2020年

在宅勤務の処方箋

2020年4月20日   岡本全勝

コロナウィルス対策で、在宅勤務、テレワークが広がっています。会社側と従業員側それぞれに、課題が見えてきています。

14日の日経新聞夕刊「Bizワザ」「在宅でも職場環境で働く 着替えて仕事モードに」が、在宅勤務のコツを書いていました。
知人からも、「家では、仕事に集中できません」「子どもが(学校が休みで)邪魔をします」などの、ぼやきが聞こえてきます。
仕事と家との切り替えをしないと、のんべんだらりと時間が過ぎます。また、夜中まで仕事をすることになってしまいます。そもそも家は仕事から帰って、ゆっくりする場所ですから、気持ちの切り替えをしないと、うまくいきません。難しいですね。

また、外出自粛の、心身への健康被害も心配です。4月16日の読売新聞、久野譜也・筑波大教授へのインタビュー「新型コロナ「外出自粛」 運動不足だと健康二次被害」を載せていました。
・・・働く世代では、例えばテレワークを3月から実施している健康経営企業の事例で、約1か月の間に、社員の1日あたりの歩数が約3000歩から最大5000歩減ったという、結構衝撃的なデータが出ています・・・

・・・新型コロナウイルス対策としての外出自粛はもちろん重要です。ただ、一方で運動不足が長期化してしまうと、私たちの健康状態が悪化し、免疫力なども低下しかねない。社会が新型コロナウイルスを乗り切ったとしても、基礎疾患をお持ちの高齢者や、働く世代の生活習慣病の悪化など、二次的な健康被害が多く出てくる懸念もある。そのことに、個人も行政も、もっと危機感を持つべきだと感じています・・・
・・・新型コロナウイルスへの感染予防では、手洗いや消毒、マスクの使用などがもちろん重要ですが、体の免疫力も、河川の堤防に例えられるような役割を担っている。その免疫力を高め維持するには、栄養摂取と休養に次いで、運動量を保つことも大切だとされています。適度に体を動かすことは、代謝を促し、血流を良くし、ホルモンの分泌を促すなど、体に備わるいくつもの『スイッチ』を入れる働きをするからです。逆に不活発な状態が続けば、その堤防を低くしてしまうことにもつながりかねない。そのリスクが、見落とされがちだと感じています・・・

それぞれ詳しくは、記事をお読みください。会社側の課題は、次回書きます。

鎌田先生解説、ウェゲナー著『大陸と海洋の起源』

2020年4月20日   岡本全勝

鎌田浩毅先生が今度は、ウェゲナーの『大陸と海洋の起源』(2020年、講談社ブルーバックス)の解説を書かれました。本文は、竹内均先生が1975年に翻訳されたものです。
大陸が移動するという話は、現在ではみんなが受け入れています。しかし、ドイツの科学者ウェゲナーが1915年に原著を出版したときは、荒唐無稽な説として相手にされませんでした。半世紀後に認められ、復活したのだそうです。ただし彼は、1930年に亡くなっています。

鎌田先生によると、この本は 科学の古典なので、「古典らしく」とても読みにくい本だそうです。そこで、先生の解説が役に立つのです。P348に、科学の古典の読み方が指南されています。
科学の古典を、私たちは常識として受け入れていますが、その多くは、当時としては通説に刃向かう「異端」でした。なぜ、彼は通説を疑ったのか。そして、どのようにして通説を覆したのか。そこには、ドラマと苦労があります。コペルニクスもガリレオも、ダーウィンも。

武田信玄は「動かざること山のごとし」を掲げましたが、「造山運動」という言葉があるように、地球科学者は「ゆっくり動くこと山のごとし」と考えているのだそうです。信玄公も私たちも、1年とか10年の単位で、山を見ていますからね。
ウェゲナーの大陸移動説から、プレート・テクトニクスという「地球科学の革命」が誕生したこと、さらに地球科学は発展していることも、解説されています。20世紀の地学、いえすべての地学の中での、革命的発想だったのですね。

コロナ対策、専門家に任せることと任せられないこと

2020年4月19日   岡本全勝

4月9日の朝日新聞オピニオン欄、松尾陽・名古屋大学教授の「コロナ対応、最適解どこに 専門知の力と限界、認識を」から。松尾教授は、コロナウィルス対応が財源や時間という限られた資源を浮き彫りにしたことを指摘した後、法的資源について述べます。
・・・しかし、日本は法治国家であり、「命令」などの強制処分は法律の根拠に基づかなければならない。現行の法制度では、少なくとも強制権限の発動の機会と手段は限られている・・・現時点で利用可能な法的な手段は何かを正確に把握することが大切であり、これ自体も専門知なのだ。海外の状況や政策を参照する際も、日本に導入可能なのかを検討する必要がある。法律改正には、憲法上の限界も存在する。
限られた資源の中で多様な専門知を活用して、最適な解を探求しなければならない・・・

・・・ところで、立憲主義は、人びとの自由を守るべく、公権力の恣意的な行使を抑制しようとする理念である。これを基盤とする日本国憲法は、基本的には、最適な解を探求する積極的な装置というよりも、最悪の解を避ける消極的な装置としてデザインされたといわれる。
しかし、日本国憲法の文言は抽象的であり、すべての事項について規定しつくしているわけではない。感染症対策で社会的な距離が求められる状況下での、国会や閣議のあり方も規定されているわけではない。そのような未規定の領域のあり方は、人びとがどのように統治システムを運用していくのか、また、どのようなシステムを期待し評価していくのかにかかっている。これは、統治システムにおける専門家の活用のあり方においても同様である。

専門家は万能ではない。にもかかわらず、人びとが専門家に万能さを求めてしまえば、専門外のことにも簡単に答えてくれる「万能な」専門家が、統治システムや社会の中で重用されることになってしまうだろう。
専門家を適切に尊重するというのは、専門家の領分を適切に認識し、その専門家にも答えられない領域があることをわきまえることだ。自分で考えなければならない領域に向き合うことには不安が伴うが、それが自律や民主政への第一歩である・・・

コロナウィルスが明らかにすること2

2020年4月18日   岡本全勝

コロナウィルスは、各国のお国柄の違いや政府の対応の違いをも、見せてくれます。医療体制の充実度の違い、政府による国民の行動制限措置の違い、国民の遵守の違いなどなど。
政府と国民との関係も見えてきます。国民に厳しいことを言える国と、言えない国との違いも。罰則をもって、外出を規制する国もあります。国民の生活や経営困難に対して、どのような金銭的支援をするか。マスクを配るかなどにも、違いが出ます。

4月9日の日経新聞オピニオン欄、村山恵一・コメンテーターの「コロナと戦えるIT社会 問われるプライバシーの感度」は、各国のコロナ対応にIT(情報通信技術)を用いる違いと、個人情報保護について書いていました。主旨はITの活用ですが、ここでは次の部分を紹介します。
・・・そしていま避けられないのが、個人データの活用を巡る議論だ。
世界を見渡すと個人の移動や居場所、体調などのデータをさまざまな方法で集め、感染の抑えこみに使う動きがアジア、欧州に広がる。強力な武器だが、懸念もある。中国のシステムは国家監視の色彩が濃い。韓国では無関係な個人情報まで漏れ問題化した・・・

病気を押さえ込むために、ITを使って各人の行動を監視することと、個人情報保護とをどのように両立させるか。議論が続くでしょう。

村山さんの記事の主旨に戻れば、戦争中に関連する技術が大きく進歩します。勝つために、お金や技術者を動員するからです。今回の病気との闘いも同様でしょう。お金と技術者がつぎ込まれます。そして、新しい技術とその実装が進みます。
そこに、新しい技術と社会生活をどのように折り合いをつけるかが、問題になります。これは科学技術の問題でなく、政治社会の問題です。そこに、各国のお国柄の違いが出てきます。

振り返る「失われた20年」

2020年4月18日   岡本全勝

朝日新聞「変転経済」取材班編「失われた〈20年〉」(2009年、岩波書店)を読みました。
小峰隆夫著『平成の経済』に続いてです。改めて「失われた20年」を勉強しようと有識者に聞いたら、この本を推薦してくれました。この本も、優れものです。

経済復活のために取られた、いくつかの政策や企業の判断が取り上げられ、その経緯と日本社会に及ぼした影響が具体的に描かれています。
朝日新聞の記事を、加筆編集したものです。そのような本は、しばしば記事を集めただけで、筋が通っていないことが多いのですが。この本は、かなり編集しているようです。わかりやすいです。

2009年と10年前のものですが、失われた20年の雰囲気がよく伝わってきます。当時を知っている人は、思い出すために。当時を知らない人は、勉強のために。お勧めします。