7月17日に、復興推進会議(持ち回り)を開きました。令和3年度以降の復興の取り組み方針を決めました。すなわち、発災から10年を迎え、次の5年間の方針です。
津波被災地では、復興の完成を目指します。
原発被災地では、引き続き復興に取り組みます。その際には、これまでの実績と課題を踏まえ、新たに次のような点に力を入れます。
・移住定住の促進
・農業の再開
・国際教育研究拠点の創設
簡単には、資料1-1を見てください。
連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第49回「日本は大転換期―平成の地方分権改革」が、発行されました。
平成初期の地方行政の3Kを説明しています。高齢化、高度情報化に続いて、国際化についてです。
平成の間に、定住外国人が急増しました。ここでは、富山県内の外国人の数字を掲げました。平成元年に2,400人あまりだったのが、令和元年には18,000人を超えています。そして出身国は、31か国から92か国にまで広がっています。
この数値も、富山県庁にお世話になりました。ありがとうございました。
次に、地域の活性化と地方分権改革について解説しました。
かつては、「国土の均衡ある発展」が哲学でした。インフラ整備、工場の分散など一定の成果は上げたものの、行き詰まりました。そして、地域の特性を活かした地域おこしが、各自治体が主体になって取り組まれるようになりました。これは、現在も続いています。
平成時代は、行政改革の時代でもありました。地方行財政では、分権改革、三位一体の改革が行われました。分権改革は戦後改革以来、半世紀ぶりの大改革でした。
早いもので、もう20年も経ちます。今回、「平成の地方分権改革」と表題を付けましたが、「平成の」という形容詞が必要になりました。経験した私にとってはついこの間のことなのですが、若い人には、歴史でしょうね。
7月14日の朝日新聞、吉川洋・立正大学学長の「ポストコロナの負担、どう向き合う 財政は「支え合い」、議論深めて」から。
・・・財政赤字はバケツの底が抜けたような形で膨らんでいます。コロナ禍が一服したら、ポストコロナの負担のあり方を抜本的に議論しないといけない。これこそが政治の責任です。
財政というのは本質的に「支え合い」ということを認識する必要があります。みんなで負担してそれに見合ったものをもらうというのが財政の考え方です。
例えば市場原理主義と呼ばれる考え方があります。アメリカの共和党支持者に多いのですが、政府に色々やってもらう必要はない。その代わり、税金は低くしてもらうという考えです。社会保障や公教育すらミニマムでいいと考えます。
しかし日本で年金、医療保険を、全部私的な保険でやればいいと真面目に言う人はほとんどいないでしょう。また、すべての子どもに等しく教育を提供するのが、あるべき社会です。そういう支え合いを保つのが財政の役割なのです・・・
・・・コロナ前から、財政には問題がありました。最大の課題は少子高齢化です。子育て支援や、高齢者が増えることで医療介護の支出が増えることが想定されています。これに加えて、今回のコロナで感染症対応も一つの課題だと思い知らされました。負担の議論は避けられないのです。
北欧のスウェーデンはご存じの通り、社会保険料も税金もものすごく高い。だけど彼らは、国家のサービスを買っているという感覚があります。自分たちで買い物するときに不平を言う人はいない。
日本はそこの信頼感がない。変な例えかもしれないけれど、日本は政府のサービスが福袋に入ってしまい、何が出てくるのか、どれだけ自分が受益をしているのかわかりづらい。
例えば、社会保障によって、国民がどれだけの利益を得ているのかを端的に表しているのが寿命です。1950年代まで先進国の中で日本は寿命が短い国でした。それが1961年に医療が国民皆保険になってから寿命が大幅に延びました。こういった説明を政府はもっとするべきです。
コロナ禍によって、身の回りでの支え合いの意識が高まっています。「財政も支え合いだ」という意識が高まり、負担の議論が深まることを期待しています・・・
「読み書きは先天的でなく訓練」の続きです。
・・・「深い読み」が、その先にあります。読み続けながら批評眼を養い、時代も文化も違う作者とも想像力を働かせて「対話」し、作者の思いに共感したうえで自分の思想を築いてゆく――。読む行為の到達点だと私は考えます。
意識の流れを追究した20世紀初めのフランスの作家マルセル・プルーストは「読者は作者の知恵の先に自身の知恵を見いだす」と書き、読書の意義を説いている。他者を知り、自己を磨くのです。
中等高等教育で良い教師に出会えれば、「深い読み」の習得はそれほど難しいことではない。
民主主義の観点からも「深い読み」はとても重要だと私は思います。考えの違う他者の存在を認めることが、基本的人権の尊重につながるのです。
トランプ米大統領は読書嫌いです。歴代大統領の中で異例です。
私の見るところ、トランプ氏は読むことに習熟していないため、他者に共感できない。自身が知っていることを過信し、妄信してしまう――。トランプ氏の唱える「米国第一」主義は、私には幼稚な自己中心主義に映ります・・・
・・・私に言わせれば、スマホなど現代のデジタル媒体は「言葉を吟味し、問いを発し、自ら思考する」ために適した媒体ではありません。
デジタル媒体と紙媒体をめぐる比較調査があります。欧州で2000年から17年にかけて若者総計17万人を対象にした大実験です。その結果は、紙で読む方が話の内容・筋立て・場面などをよりよく記憶し、理解できた。幼年時からデジタル媒体に親しんできた世代でも結果は同じでした。彼らには「早く読む」ことを「よく理解する」ことと取り違える傾向があることも判明しました。
読む時、視線は紙面では文章上を進み、時に前に戻りますが、デジタル端末画面ではジグザグに飛びつつ、先に進む。紙面の場合は時間をかけて理解に努める心構えになるのに対し、画面の場合は読み飛ばしがちになる。
私見では、電子書籍にも同様の落とし穴がある。つい読み流し、吟味がおろそかになり、「深い読み」ができない。真の理解は、時に立ち止まり、後戻りして、あえて言えば作者が姿を現すのを待つことで得られる。忍耐が必要なのです。デジタル媒体は結末に向けて読みをせかしてしまうのです。
これはニュースの理解にも当てはまります。デジタル端末は扱うニュースがそれほど多様でなく、出来事を単純に伝える傾向がある。一方で、新聞は概して守備範囲が広く、優れた分析記事は読者に深い理解をもたらしてくれます。
加えて、デジタル媒体は文章が短くなる。読み飛ばす読み手は、書き飛ばす書き手になるものです。ツイッターは象徴的です・・・
参考「読書がつくる脳」
7月14日の日経新聞「テレワーク新常態(1)」「日立「もう元には戻さない」 在宅定着へジョブ型雇用」から。
・・・最高人事責任者(CHRO)を務める中畑は社員の働く意識を変えるという難題に約10年挑んできた。発端は現会長で経団連会長でもある中西宏明。社長時代の2011年、中畑ら各部門の人事責任者を集め「15年までに人事制度を世界共通にしてくれ」と指示した。
日立は08年のリーマン・ショック後、当時、製造業で過去最大となる7873億円の連結最終赤字を計上した。世界で戦える体制を目指すうえで中西が最大の壁の一つと考えたのが、社内に深く根付いた終身雇用や、年功序列を前提とした日本型雇用だった。
海外のグループ会社では、在宅勤務でも生産性が落ちないよう職務を明確にするジョブ型雇用が当たり前。「日本だけが普通でなかった」。13年度に国内外5万人の管理職を同じ基準で評価する制度を導入。16年度には時間や場所にとらわれず働ける仕組みも整えた。
それでも在宅勤務の取得率は約1割どまり。中畑が若手に聞くと「みな取ってないから」。そんな中で起きたのが新型コロナだった。ジョブ型で職務を明確にすれば時間でなく成果で評価しやすくなる……。「日立の働き方を変えるチャンス」。中畑は意を強くした。
社内の意識も変わり始めた。「この3カ月間で出社したのは1回だけ」。寺本やえみは中央研究所(東京都国分寺市)に勤める研究者。4月に在宅勤務を始め、5歳になる娘の保育園も最近まで休みだった。「たまに仕事の手を離して娘の面倒をみるなんて以前なら考えられなかった」・・・