年別アーカイブ:2020年

連載「公共を創る」第60回

2020年10月24日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第60回「日本は大転換期―急速に変化した個人の暮らし」が、発行されました。
引き続き、成熟社会になった日本の問題を、議論しています。「成熟社会の生き方は」(連載第51回から第54回まで)で、経済成長の低下、目標の喪失、自由が連れてきた責任と孤独といった社会の問題を取り上げました。続く「成熟社会の生き方は その2」(連載第55回から第59回まで)で、満足したことによる活力の低下とともに、日本の驚異的発展を支えた日本型雇用と教育が問題を抱えたことを取り上げました。経済発展に適合した仕組みは、成熟社会では足を引っ張ることになりました。労働が個人の生き方と社会の形を表し、教育が日本社会を再生産します。この二つは、個人と社会との接点です。

社会の問題、個人と社会との接点に続き、今回からは個人の生活の問題を議論します。個人の暮らしとそれを取り巻く世間が急速に変化し、私たちの意識はそれに適合できていません。これが、日本の活力低下と不安の根底にある原因です。今私たちは、成熟社会での生き方を模索しているのです。それを、次の三つに分けて説明します。家族の形、居場所、信念と道徳です。

今回は、家族の形についてです。家族の人数の減少、結婚しない人の増加などです。結婚や子どもの数は、個人の判断です。国家や社会が介入する話ではありません。しかし、急速な変化はこれまでの慣習で育ってきた人たちを戸惑わせます。そして個人の安心を縮小し、将来の日本の不安要素になる恐れがあります。

レダー著「ドイツ統一」

2020年10月23日   岡本全勝

アンドレアス・レダー著「ドイツ統一」(2020年、岩波新書)を読みました。小さな本ですが、現代に起こった大変化・大革命を国内情勢と国際情勢の両方からわかりやすく解説しています。あの大変化から、もう30年も経つのですね。お勧めです。

「生きている間はあり得ない」と、ほとんどの人が考えていたドイツ統一。それが、あれよあれよという間に進みました。当時の衝撃は、とんでもなく大きかったです。このホームページでも、何度か取り上げました。
高橋進著「歴史としてのドイツ統一-指導者たちはどう動いたか」(岩波書店、1999年)を読んだときの興奮を、「できないと思われていることを行う」(2004年9月13日)に書きました。高橋先生の本は、「ドイツ統一」でも訳者である板橋先生の訳者解説で取り上げられています。
ドイツ、コール元首相逝去」(2017年6月18日)

共産党一党独裁が続く中国、王朝的家族支配が続く北朝鮮。これらの国々は、いつまでこのような体制が続くのでしょうか。また、変わるとすると、何がきっかけになるのでしょうか。この本を読むと、考えざるを得ません。

応援と受援をうまく機能させるには。コロナ、保健所の経験

2020年10月23日   岡本全勝

10月20日の読売新聞、検証コロナ次への備え「「夜の街」防げなかった感染拡大」から。

・・・西村氏と小池知事らが打ち出した「感染対策3本柱」は始動からつまずいた。特に問題となったのが、「保健所機能の強化」だった。
都は7月20日、歌舞伎町を抱える新宿区保健所の支援拠点を区内の都施設に開設した。地域保健法に基づく正式な保健所ではないが、拠点は「第2保健所」と称され、多忙な区保健所に代わり、一部の陽性者の感染経路の追跡調査や健康観察を受け持つことになっていた。だが当初、現場の受け止めは冷ややかだった。

新宿区保健所の担当者は「100キロのスピードで走っている車に急に飛び乗ってきて、『運転を教えろ』というようなものだった」と振り返ったという。「区保健所が土日返上、平日も深夜まで忙殺されているのに、第2保健所の都職員は定時で帰っている」とのうわさも広がった。新宿区幹部は「区と都の連携がうまくいかなかったのは、どの業務をどれくらい引き継ぐべきか、双方がわからなかったことが理由だ」と話す。

厚労省も、都と連携して新宿区保健所の支援に当たることにしていたが、これも滞った。
複数の厚労省幹部は、都からの要望で保健師らを全国から集めたが、都が設置した「第2保健所」に行くと、「座る場所はない」と門前払いされたと証言する。保健師らは急きょ、埼玉県などに派遣された。
幹部の一人は「区の方からも『業務はパンク状態なので、(支援を受け入れるために)これ以上仕事を増やさないでほしい』と突き放された。『都や区とは二度と一緒に仕事したくない』と話す職員もいた」と明かす・・・

憧れとあきらめ

2020年10月22日   岡本全勝

国民の期待値の低下」の続きにもなります。連載「公共を創る」で、日本社会の変化を論じています。

昭和時代(後期)と平成時代と始まったばかりの令和時代を表現する、簡単な言葉は何かと、考えています。
国民の意識を表す一つの表現が、昭和は「憧れ」であり、現在は「あきらめ」になりつつあるのではないかというのが、私の見立てであり心配です。

20年ほど前、総務省に勤務していた頃に、地方行政の現状と課題を話す講演会に、しばしば呼ばれました。その際に、昭和後期の経済発展と行政サービスの拡大と、バブル崩壊後の停滞を説明しました。そして黒板に、昭和後期は「輝」、平成に入って「暗」になったと、一文字ずつ書きます。「では、次の一文字は何でしょうか?」と、聴衆に問うのです。
私が書いた一文字は「創」でした(拙著『新地方自治入門』333ページ)。輝、暗と来て、創は「規則違反」でしょうが。

「つくる」としたのは、未来は私たちが創るものだからです。社会や時代は、神様がつくるものでも、自然とできるものではありません。経済成長もその後の停滞も、日本人が作ったものです。もちろん、国際環境が制約します。
令和時代を、明るいものにするのか暗いものにするのか。それは私たち日本人にかかっているのです。
そう考えると、社会全体に、そして特に若者に「しかたがない」といったあきらめが広がっているように思えるのは、困ったものです。「別に」「なんとなく」「困っていないから」という言葉が流行るのは、あきらめの表現と思えるのです。皆さんは、どう考えますか。

再チャレンジのできない日本

2020年10月22日   岡本全勝

10月20日の朝日新聞オピニオン欄、公益社団法人「日本駆け込み寺」代表・玄秀盛さんへのインタビュー「新型コロナ 歌舞伎町で見えたもの」から。

――苦しい人たちが、もっと「助けて」と声を上げることはできないのでしょうか。
「うかつに『助けて』って言ったら、周りから、もうこいつ終わりやなって思われるから、言わない。それは、歌舞伎町とか夜の街だけのことではない。まして会社員ほど『助けて』って言わない。弱みを見せたら、悪い評価がつけられるんちゃうか、と思うからや。だから、『助けて』どころじゃない。今の日本は、いったん脱線したら終わりで、再チャレンジはでけへん」

 ――なぜ、そうなのでしょう。
「だって、いまだに成功した人から学びましょう、偉くなった人から学びましょうって言われるやろ。失敗した人から学ぶという考えがないねん。どんな過去があってもやり直しがきく、再チャレンジできるシステムがない限り、どんどん無傷で痛みがわからんやつが上がっていくから、みんなで痛みを分かち合おうとはしない」