内閣官房参与退任

内閣の交代に伴い、9月16日に内閣官房参与を退任し、18日に福島復興再生総局事務局長を退任しました。2016年6月に復興事務次官を退任して、そのまま就任したので、約4年間余りにわたって務めました。

この職は、福島第一原子力発電所事故からの復興を進めるため、現地の政府機関である復興庁福島復興局、環境省福島地方環境事務所、原子力災害現地対策本部を統括します。安倍総理の指示によって、2013年2月につくられました。政府関係機関の連絡と調整を行うとともに、現地での課題を拾い上げること、地元からの意見を聞き対応することが任務です。これまで、復興事務次官経験者が勤めています。事務局長は、私で3代目です。

4年間と言われると「長かったなあ」と感じますが、私にとってはあっという間のことでした。取り組むべき課題が、難しいのです。
放射線量は予想より早く減衰していますが、低減するには時間がかかります。長期的に取り組まなければならない大きな課題と、日々生じる新たな問題。お金と技術があればできるインフラ整備と違い、お金では解決できない課題。そして、人類が初めて経験する、原発事故被災地への住民の帰還を進めることです。
長期にわたって避難を余儀なくされている避難者、ふるさとに戻ることのできない被災者のことを考えると、一日でも早く復旧復興を進めたいのですが。

国の機関の間での問題は、大きくありません。みんな、目標に向かって、課題を調整し解決してくれます。
この仕事を進めるに重要なのは、地元の方々、特に首長達との信頼関係です。国は加害者であり、私はその代理的立場です。首長は、被害者代表です。
時に厳しい関係になります。しかし、復興を進めるという方向において一致しているので、課題をどのように解いていくか。そこが、私の任務です。そして、国(内閣、与党、各省)との調整も出てきます。
関係者の理解を得て、かなり前進したと考えています。もちろん、避難指示が解除されていない地域があり、解除された地域でも、まだにぎわいは戻っていません。道半ばです。

私は、2011年の東日本大震災発災直後から、被災者支援と復興に携わりました。このホームページの「災害復興」欄も、すごい数になりました。ページ数で316、1ページに4つくらい記事がありますから、1000件は超えているでしょう。

当初は地震津波被害が所管だったのですが。だんだん原発事故からの復興も担当するようになり、この職に就いてからは、原発事故からの復興が主たる任務になりました。
発災当初を知っていることから、被災者とはその時の大変さを一部共有していると思います。それが、仕事をする上での、基礎になりました。
関係者の方の期待に、ある程度応えられたと思います。それも、関係者の方々のおかげです。改めて、お礼を申し上げます。
まだ仕掛かりの課題があり、しばらくの間、復興庁顧問として取り組みます。

この間の仕事について、いろいろ考えることがありますが、それは追々書きましょう。