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明るい公務員講座・中級編22

2017年4月26日   岡本全勝

『地方行政』連載「明るい公務員講座・中級編」の第22回「部下の指導(6)困った職員への対応」が発行されました。
あなたの職場にもいるでしょう、仕事をしない職員、仕事ができない職員、身勝手な職員、セクハラやパワハラを繰り返す職員です。
昔もそのような職員はいたのですが、近年目立つようになってきたようです。特に、心の悩みを抱える職員です。統計でも、増加していることが分かっています。
なかなか良い対策はありません。しかし、面倒だからといって放置しておくと、納税者への説明がつきません。また、まじめに働いている職員に悪影響を与えます。
良い参考書もないようです。少しでもお役に立てばと思い、私の経験に基づいて書きました。今回の内容は、次の通り。
能力の劣る職員・積極性に欠ける職員、心の悩みを抱える職員、あなた一人で悩まない、短期的な評価と長期的な評判、悪い話は広がる。

ところで、前回の第21回の記事について、「私も、管理職が長いですが、職員評価の系統だった研修や、実地訓練を受けたことがありません。見よう見まねでやっていますが、自信がありません」というお便りをいただきました。多分、多くの管理職が、同じ思いだと思います。

「あなたの人生の意味」

2017年4月25日   岡本全勝

デイヴィッド・ブルックス著『あなたの人生の意味』(邦訳2017年、早川書房)が良かったです。副題に「先人に学ぶ「惜しまれる生き方」とついています。
著者は、人間の美徳には2つあると指摘します。一つは履歴書向きのもので、社会でどのような資格を得て、成功を収めたかです。もう一つは、追悼文向けのもので、あなたの葬式に集まった人たちの思い出話として語られるもの、親切、正直、誠実といったものです。その人たちと、どのような関係を築いていたかにもよってきます。生き様、人格といったものでしょう。
前者を「アダムⅠ」と、後者と「アダムⅡ」と名づけます。Ⅰは外向きです。高い地位と勝利、世間からの評価を求めます。Ⅱは内向きです。良き生き方を求め、心の中に道徳的資質を持とうとします。Ⅰは他人との競争、Ⅱは自分または神との約束とも言えます。
この本は10人の人を取り上げ、それぞれの人がどのようにアダムⅡで立派な人生を送ったかを書いたものです。

アイゼンハワー・大統領は、自己抑制の人であったこと。マーシャル・国務長官が自制心の人であったこと。二人ともアダムⅠとして成功していますが、ここでは大変な努力家として描かれています。そういう人を、周囲が放っておかず、大きな地位に就けるのです。
ほかに、自ら進んで恵まれない人への支援を行い社会改革に取り組んだ女性たちなど。それぞれに、簡潔な伝記として、彼らが自らを律した様、それもしばしば強烈な体験が書かれています。

人生とはなんぞや、どのように生きるべきかを考えている人には、良い本です。
取り上げられている人がアメリカ人がほとんどで、しかも私たちになじみがないこと。450ページを越える厚さであることが、難点です。
1か月ほど前に読んだのですが、ほかの記事を優先していたら、今頃になりました。私の研究課題は日本の政治と行政で、主にアダムⅠの世界ですが、たまにはアダムⅡについても書いてみました。

中途採用の増加

2017年4月25日   岡本全勝

4月24日の日経新聞に、「中途採用今年度11.8%増」という記事が載っていました。日本経済新聞社が、主な企業の採用計画をまとめたものです。調査対象は4,700社あまり、回答企業は2,536社です。
それによると、2018年春の採用計画は、大卒が11万4千人、高卒などをあわせて16万4千人です。それに対し、中途採用は4万人あまりです。単純に比較すると、新規学卒採用4に対し、中途採用が1の割合になります。
記事では、その原因は人手不足と、先進技術に対応するための即戦力を求めているとのことです。
日本の労働慣行では学卒一括採用が主でしょうが、中途採用が増えると、終身雇用制度が緩くなる=転職がしやすくなるでしょう。その職場に向いていないと感じても、退職すると次の就職先がないので我慢するといった「不幸」が減ると思います。

残業削減、やればできる

2017年4月24日   岡本全勝

4月24日の毎日新聞が「無駄省き「7時前退社」実現」という記事で、三井住友海上火災保険の取り組みを取り上げていました。
・・・大手損保の三井住友海上火災保険は4月、残業削減に向け全社で午後7時前に退社するルールを導入した。ホワイトカラー中心の社員2万人の大企業で、職場はどう変わるのか・・・
・・・「絶対できない、と思っていた」。3月まで所長代理だった鳥飼有子(とりかいゆうこ)さん(36)=現首都圏損害サポート部=は当初、冷めた目で見ていた。電話受け付けが終わる午後5時まで対応に追われ、それから社内報告の作成に入る。たいてい午後8~10時まで「残業ありき」だった。
だが、事故を減らすのは難しいが、通話時間の短縮は可能だった。相手からの電話を受けてから対応するのでなく、要点を明確にして自分から連絡すれば、効率よく、顧客満足度も高まる。「残業をして一人前の意識だったが、今は仕事の質が最優先」
生活も変わった・・・
・・・自動車保険部の商品業務チームは、昨秋に始まった社内改革に先駆け、業務見直しに取り組んだ。23人中18人が女性で、うち6人が育児中だ。
自動車保険引き受けの規定やその確認ルールについて約600種のマニュアルを作成し、年1回の商品改定にあわせ更新する。・・・全ての業務に明確な手引書があり、細かくスケジュール管理。誰かが急に休んでも支障がないようにしていた。
「だが、業務の中身を問う視点は抜けていた」。2014年にチーム長になった萬代さんはそこに踏み込んだ。例えば、契約者が従業員であることを条件に保険料を安くする「団体扱い」の点検業務。以前は年400件の契約を抽出しチェックしており、現場の負担となっていた。そこでマニュアルを改善することで不備を激減させ、16年度に廃止した。「不備のない体制作りが目的なのに、点検が仕事と思い込んでいた」。14年度に43あった点検項目は17年度は15に減り、現場から本社への報告も数を絞った。見直しは第一線の負荷を減らし、チームの業務効率化にもつながった・・・

やればできるんですよね。記事には、長時間労働を当たり前と考える「常識」が9項目載っています。
・・・かつては一生懸命働けば、企業は業績拡大、個人は高評価という見返りがあり、長時間労働をいとわなかった。だが、産業構造の変化や働き方が多様化しているのに、意識は変わらないまま、生産性への関心が低い。長時間労働是正は生産性向上と一体なのだ・・・
原文をお読みください。

事故を起こした責任と償い

2017年4月24日   岡本全勝

4月24日の日経新聞「発信・被災地から」は「住民を裏切った。東電幹部 復興支援に奔走福島に残り償いの日々」として、東京電力福島復興本社代表の石崎芳行さんを取り上げていました。
・・・東電の福島のトップとして現場を回り、仕事に没頭するのは、重い罪と責任を背負う苦悩を打ち消すためかもしれない。
仮設住宅での生活支援や帰還に向けた草刈り、イベントの手伝いなど、復興本社の業務は幅広い。思うように進まないこともある。特に避難者への賠償問題は互いの利害が絡み合う。「避難にはいろんなケースがあり、一律の基準では償いきれない部分があると東京(の親会社)に伝えることはあるが、賠償のルールを曲げるわけにはいかない」と組織人として複雑な思いをのぞかせる。
自分が直接関与していない事故で、頭を下げ続けることに抵抗を感じる社員も少数いる。東京の役員の発言に、事故の風化を感じることもあるが、「加害者であることは変わらない。それでも我々を復興の仲間にしてほしい」と訴える。少しずつ笑顔で接する住民が増えてきたことが救いだ。小さなことを積み重ね、まず個人として認められる。「その先にいつか会社が許される日がくるかもしれない」と願う・・・

会社としての責任、社員としての償い、難しいものがあります。本文をお読みください。記事にもまた写真にも出ているように、石崎さんは、つらい立場と仕事であるにもかかわらず、いつも穏やかな表情をしておられます。頭が下がります。

ところで、私は大震災の仕事に就いてから、組織としての事故を起こした責任とその償いを、考えてきました。
地震と津波は天災なので、神様を恨むしかありません。しかし、原発事故は、事故を起こした東電と、それを防ぐことのできなかった国(経産省、原子力安全・保安院)がいます。さらに事故が起きた後も、適切な事故収束作業がされたのか、適切な避難指示がなされたのかも問われています。
東京電力は法人として存続しているので、事故を起こした責任と償いを続けています。賠償を支払うだけでなく、石崎さんを先頭にして職員が現地で、被災者支援や復興のために汗をかいています(活動事例)。

他方で、原子力安全・保安院は廃止されました。原子力規制業務は、環境省に原子力規制委員会・原子力規制庁がつくられ、そこに移管されました(別途、内閣府に原子力防災担当(統括官)が平成26年につくられています)。
国においては、原子力保安院が廃止されたことで、事故を起こした責任と償いの「主体」が不明確になったのではないでしょうか。原子力規制庁は、今後起こる事故を防ぐための組織であり、福島原発事故の後始末は所管ではないようです。もし、原子力保安院が存続していたら、被災地での避難者支援や復興には、何らかの形で「責任」をとり続けたと思います。
原子力災害対策本部現地本部の、後藤収・副本部長をはじめとする経産省の職員は、被災地で復興のために汗を流しています(原子力災害対策本部事務局はホームページがないようなので、リンクを張って紹介することができません)。私がここで指摘しているのは、責任ある組織の存続と償いです。

私はこれを、「お取りつぶしのパラドックス」と呼んでいます。比較するのは適当ではないでしょうが、日本陸軍と海軍も廃止されたことで、組織として「責任を取る」「償いをする」ことがなくなりました。国家としては、ポツダム宣言の受諾と占領による政治改革、東京裁判とその刑の執行、関係国への賠償などはあります。
個別の組織が存続していたら、戦争を遂行した組織としての「残されたものとしての責任」を果たすことがあったと思います。それは、記録を残すこと、原因の究明、再発防止策、そして「償い」です。陸海軍は廃止されることで、これらが途絶えてしまったのではないでしょうか。

組織としての「強さ」は、事故を起こさないこと(どんなに使命を果たすか)とともに、事故を起こした後の振る舞いによって示されると思うのです。それは、人も同じです。