月刊『地方財務』(ぎょうせい)2012年4月号に、伊藤敬・復興庁企画官が執筆した「復興に向けての取組-特区法の概要」が載りました。伊藤企画官は、復興特区法作成の中心人物の1人で、法律の施行後はその認定に活躍しています。
被災地域はもちろん、全国の地方自治体の方に、今回の特区法を知っていただきたく、執筆をお願いしました。今号は法律の概要の解説で、次回5月号は特区のうち復興推進計画の解説です。続きも、乞うご期待。
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政府の新たな取り組みとその成果
東日本大震災は、これまでにない大災害だったので、政府はこれまでにない取組をしています。1年が経過したのを機会に、その主なものを整理しました。
被災者支援にあっては、国が直接に物資や情報を提供しました。仮設住宅より、借り上げアパートを活用しました。
復旧にあっては、廃棄物の処理について補助率をかさ上げしたり、国が代行しました。公共インフラの復旧を、工程表を作成・公表して管理しています。
復興にあっては、国の職員が市町村の計画策定を支援し、特区制度や交付金を作りました。仮設住宅、中小企業のグループ補助金、雇用創出基金による被災者の雇用なども、大変好評です。詳しくは、HP「政府の新たな取り組みとその成果」のページをご覧ください。
「できませんという」、「前例通りの仕事をする」というのが、お役所仕事に対する批判です。しかし、今回の震災対応は、そうでないことをわかっていただけると思います。もちろん、足りないところもありますが。なぜ、それができたか。追い追いに、解説しましょう。
政府の取組以外にも、他の自治体からの応援や、NPOの新たな取り組み、企業の支援など、これまでの災害とは違った新しい取組がなされています。それらも、整理する必要があります。
社会活動家の見た政治の中
社会活動家の湯浅誠さんが、内閣府参与を辞任され、その経験を語っておられます。「ブラックボックスの内部は『調整の現場』だった」毎日新聞3月30日夕刊。
・・90年代にホームレス問題に関わっていたころ、社会や世論に働きかけて問題を解決したいという思いはあったが、その先の永田町や霞が関に働きかけるという発想はなかった。
こちらが投げ込んだ問題は、ブラックボックスを通して結果だけが返ってくる。「政治家や官僚は自分の利益しか考えていないからどうせまともな結論が出てくるはずがない」と思い込み、結論を批判しました。
しかし参与になって初めて、ブラックボックスの内部が複雑な調整の現場であると知ったのです。
(ブラックボックスの内部では、政党や政治家、省庁、自治体、マスコミなど、あらゆる利害関係が複雑に絡み合い、限られた予算を巡って要求がせめぎ合っていた。しかも、それぞれがそれぞれの立場で正当性を持ち、必死に働きかけている。)
・・以前は自分が大切だと思う分野に予算がつかないのは「やる気」の問題だと思っていたが、この状況で自分の要求をすべて通すのは不可能に近く、玉虫色でも色がついているだけで御の字、という経験も多くした。
・・政府の中にいようが外にいようが自分は調整の当事者であり、「政府やマスコミが悪い」と批判するだけでは済まない。調整の一環として相手に働きかけたが結果が出ない--それは相手の無理解を変えられなかった自分の力不足の結果でもあり、工夫が足りなかったということです。そういうふうに反省しながら積み上げていかないと、政策も世論も社会運動も、結局進歩がないと思う。
・・物事を解決していくには、複雑なことの一つ一つに対応していく必要があります・・
新社会人の皆さんへ
今日から新年度。東京では、桜も咲き始めました。明日、入社式を迎える新社会人も多いでしょう。大きな期待と少しの不安で、今晩を過ごしておられるのでしょうか。前途に幸多かれと、祈ります。
5年前に娘が社会人になる際に、「社会人の心得」を書いて渡したところ、「自分ができなかったことを、書いたでしょ」と反撃を食らいました(2007年4月2日の項。笑い)。
私も若いときに、先輩からたくさんの「金言」をもらいましたが、ほとんど覚えていません。「ヤカンは熱いですよ」と言われても、触ってやけどをしないとわからないのと同じです。自分で失敗してからでないと、身につきませんね。反省。
と言いつつ、先日、「全勝さんなら、どんな助言をしますか」と問われたので、次のようなことを話しました。いつも、同じことを言っていますが。
一つ、明るく。
これが、職場で気持ちよく働くための、初歩であり全てだと、私は考えています。だいたいのこと、多くの失敗も、これですみます。私はこれで、34年過ごしてきました。
一つ、辛抱。
職場では、意に沿わないことや、腹が立つことも多いです。でも、しばらく辛抱しましょう。これは、私ができなかったことです。
一つ、天地に恥じない行動を。
人様から、後ろ指を指されるようなことをしない。また、人生を終えるときに、神様と自分に対して「私は全力を尽くした」と言える人生を送りましょう。これについては、現在実行中です。
まだまだいろいろありますが、3つ以上は覚えられませんよね。続きは、『明るい係長講座』を読んでください。
被災者生活支援本部、勤務姿の記念
被災者支援本部の勤務姿(平成23年3月)と、復興本部の勤務姿(平成23年7月)を、当時、職員が漫画に書いてくれました。職場の壁に貼ってあります。 記念に、掲載しました。
この表紙に付けてある「フルート中年の似顔絵」と大違いですが、部下職員には、このように見えていたのですね。写真より、状況を伝えているかもしれません(笑い)。(2012年3月31日)
写真は、被災者支援本部のホームページにつけてあったのですが、ホームページがなくなり、国会図書館のサイトで保存されています。
被災者支援本部勤務の頃(2011年3月)、職員が書いてくれた、私の勤務姿です。職場の壁に貼ってありました。大変な頃の思い出です。記念に残しておきます。

次は、復興本部勤務の頃(2011年7月)、同じく職員が書いてくれた、私の勤務姿です。何でもかんでも仕事を引き受け、部下の仕事を増やしていたことを、揶揄したものでもあります。彼らの、ささやかな「抵抗」です(笑い)。
大臣から、「ブラックホール」というあだ名を、頂いていました。「何でも飲み込む」という意味です。さらに、次は何をしなければならないかを、事前に考え取り組んでいました。既存の業務だけでも忙しい職員にとっては、次々と新しい困難な仕事が降ってきて、たまったものではありませんね。ごめん、反省。
でも、被災地の状況を考えると、誰かが対応しなければならないのですから。

次のような写真もあります。被災者生活支援本部事務局の様子
平成23年7月29日19時15分の職場(復興対策本部事務局)の様子