年別アーカイブ:2012年

政策研究大学院での講義

2012年7月19日   岡本全勝

今日は、政策研究大学院大学の「防災・復興・危機管理プログラム」で、大震災対策について講義をしてきました。被災者生活支援本部から始まり、復興本部、復興庁での経験を踏まえた話です。
自治体の防災の専門家を育成するプログラムなので、話しやすかったです。1年間の経験を振り返って、いろいろと考えることがあります。よかった点、反省すべき点。
あれもこれも伝えたいと欲張ったので、時間が足りなくなりました。いつものことです。反省。
講義の補足です。
授業中に言及した、今回新しく行った制度改正などは「復旧・復興の政府の新たな取組について」を、被災者生活支援本部の最初の頃の「日記」は「消防・防災7」をご覧ください。

現代病、心の病

2012年7月19日   岡本全勝

野中猛著『心の病 回復への道』(2012年、岩波新書)を読みました。
冒頭に「親しい人を3人思い浮かべて、その3人がおかしくなければ、おかしいのはあなただ!」という言葉が紹介されています。精神疾患の生涯有病率は25%に上るので、一生の間に精神疾患にかかるのは4人に1人という勘定になるのです。
会社でも役所でも、管理職の人は、職員の中に心の病を持っている人を抱えて、悩んでおられるでしょう。
精神疾患には、脳神経の病(脳の病)と、対人関係のストレスや人生上の苦悩など(心の悩み)の両方があります。治療方法も進化していますが、まだわからないことも多いとのことです。
病院に隔離する政策から、日常生活に復帰を目指す治療に変化してきていること、「精神分裂病」という呼び名が「統合失調症」に変わったことなど、わかりやすく勉強になりました。
あわせて、「健康」や「回復」の意味が変わってきていることも、納得しました。病気や障害が全くなくなることが理想ですが、多くの人が糖尿病や高血圧症でも薬を飲みながら普通に暮らしています。病気を持っていても、うまくつきあっている状態が健康です。回復も、病気が全くなくなることではなく、意味ある人生を取り戻すことです。なるほど。

後輩たちの結婚

2012年7月17日   岡本全勝

今日の放課後は、元部下と現部下の結婚を祝う会でした。それぞれ、今回めでたく入籍しました。
新郎2+新婦2=4人を招待し、同僚が集まってお祝いしました。新婦を交えて楽しい会(新郎の実情を暴露する会?)でした。このような会は、うれしいですね。お幸せに。

リゾートホテルでの結婚式

2012年7月16日   岡本全勝

15日16日と、後輩の結婚式で、沖縄に行ってきました。親族の方に挨拶したら、「あなたを見たことがあります」と言われました。「テレビででしょ」と答えたら、「そうだ!」と思いだしてもらいました(苦笑)。
会場は、きれいな浜辺に建つ豪華なリゾートホテル。かつ三連休なので、子供連れの親子やおじいちゃん夫婦を加えた三世代の家族連れでいっぱいでした。
当方は、主賓の挨拶をしなければならないので、濃紺のスーツにネクタイ姿です。結婚式場や披露宴会場ではよいのですが、ロビーや廊下では場違いなこと、この上なしでした(笑い)。
もちろんプールや海水浴場もあるのですが、革靴では行けないし、酔っ払っておぼれたら新聞に載るので、やめておきました。そんな時間は、ありませんでしたが。
飛行機の中やホテルでの夜など、本を読む時間はとれました。邪魔は入らない、他にすることもない。専念できますね。そう思って、少し「重たい本」を持って行って、正解でした。
本を読みながら、「次回、このホテルに休暇で来たら、何をするのだろうか」と悩みました。「リゾートホテルで、ゆっくりと何もせずに過ごす」というのは、今の私の辞書にはなさそうです。貧乏性なのでしょう。
退職したら、キョーコさんと海外旅行に行こうと、約束しているのですが。熟年のおじさん一人ではどうしようもありませんが、夫婦だとそれなりに過ごすことができるのでしょうか。

会話と対話と論戦と・その2

2012年7月16日   岡本全勝

平田オリザさんのインタビューの続きです。
「日本政治に足りないと言われてきたのは、『対話』ではなく、『討論』『論戦』だったのでは?」という問いに対して。
・・対話とディベート(討論)は、どこが違うか。ディベートは、自分の価値観と論理によって相手を説得し、勝つことが最終目標になる。負けた方は全面的に変わらないといけない、勝った方は変わる必要がありません。しかし対話は、勝ち負けではありません。価値観をすりあわせることによってお互いが変わり、新しい第三の価値観とでも呼ぶべきものをつくりあげることが目標になります・・

「日本の国会で繰り広げられているのは、討論でもないように思います」という問いには。
・・そう、討論でもない
・・言葉から受け取るメッセージは人それぞれで、あいまいさが残る。そこをきちんと詰めて文脈をはっきりさせるのが、野党やジャーナリズムの責任です。しかし日本では自民党政権があまりにも長く続いてきたため、野党やジャーナリズムの政権攻撃は、あいまいさを詰めるというよりは、政権がやろうとしていることそのものを否定するというやり方をとってきました。
野党は、政府与党が聞く耳を持っているとはハナから思っていないし、政府与党も、野党の意見に耳を傾ける必要があるなんて思っていない。特に1980年代まではイデオロギーの対立があったから、文脈をすりあわせるような対話や熟議は望むべくもないし、討論とさえ呼べないひとりごとで国会が埋め尽くされるようになってしまったのだと思います・・

後段について、私はジャーナリズムの役割や責任も大きいと思います。政府与党への批判は重要ですが、代案のない批判は建設的ではありません。また、対話や討論は、政策を巡ってされるものですから、それなりの勉強が必要です。政局報道は、対話や討論とは違う次元の報道です。