年別アーカイブ:2011年

今日の1日、小学生の日記。小人の満足

2011年10月1日   岡本全勝

今日は土曜日。ゆっくりと出勤して、たまった仕事のお片付け。部下からの「針の山突き上げ攻撃」もなく(1件ありました。「あの資料、まだですか?」と)、電話は鳴らず。仕事が、はかどりますねえ。上司からの「シャワー」は、携帯電話による1件だけでした(針の山の突き上げと降ってくるシャワーについては、8月28日の日記を参照してください。笑い)。
机の上や電子メールに入っている、部下からの「見ておいてください」という資料に手を入れ、次々と返却。昨日までに浴びた「シャワー」の内、まだ部下に具体的指示をしていないもの、返していないものを考えて、ひとまず終了。
そのほか「しなくては」とメモをしてあった課題を、ゆっくりと検討。たまっていた資料に目を通し、必要なものをそれぞれの半封筒に分類し、多くは廃棄。まだまだしなければならないこともありますが、夕方にはさっさと退社。

帰りに本屋に寄って、近所の商店街をぶらり。地酒専門店(小さなお店なのですが、冷温酒蔵にはいろんな地域の日本酒が並んでいます)で、ご主人に4合瓶を選んでもらい、帰宅。近くのキンモクセイが、良い香りを運んできます。ゆっくりとした、満足できる一日でした。
秘書さんには、月曜日に「また休みの日に出てきて、仕事したでしょう」と、しかられるのですが。
と書いていたら、指示を出していた件について、メールで職員から返事が来ました(19時過ぎ)。「再度、このように修正したいのですが。見てください」と。ごめん、休日に仕事をさせて。

なお、仕事が片付かなくても満足し、片付いても満足することについては、肝冷斎の9月29日のありがたい講話を参照してください。もっとも、孔子様は君子としての優れた態度であり、私のは小人としてのええ加減な態度なので、全く違います。

現地本部の仕事

2011年10月1日   岡本全勝

宮城の現地対策本部だより第2号が、発刊されました。ふだん、どのような仕事をしているか、世間の方には見えることが少ないので、ご覧ください。

原発避難区域の復旧と復興

2011年9月30日   岡本全勝

今日30日、官邸で、原子力災害対策本部会合が開かれ、緊急時避難準備区域が解除されました。準備区域は、ごく簡単に言うと、おおむね第1原発から20~30キロメートルの地域で、子どもや高齢者など、自力で避難が難しい人は住んではいけない地域です。すなわち、すぐに逃げることができる人たちは、住んでいます。
指定が解除されたので、住民は戻ることができます。もちろん、半年間放置されていたので、道路や家、学校などが傷んでいるところもあります。放射能が少し高いところも、あります。それらを除染し、補修して、安心して住むことができるようにしなければなりません。よって、全員が戻れるには、もう少し時間がかかります。
インフラの補修などについては、復興本部が、各省、県、市町村の協力を得て、作業を進めます。

震災ボランティアの活躍・中間整理

2011年9月30日   岡本全勝

今回の大震災からの復旧と復興の特徴の一つに、ボランティア活動やNPOの活動があります。阪神大震災では、ボランティアが活躍し、ボランティア元年と呼ばれました。
今回も、多くのボランティアの方が参加して、活躍してくださいました。活動内容は、避難所での炊き出しなどのほか、津波に特有な家にたまった泥をかき出すこともありました。また、最近では、仮設住宅での孤立を防ぐ活動も、してもらっています。
民間の自発的行動なので、政府が口を出すことは慎んでいますが、ボランティア活動が円滑効率的に進むように、条件を作ることはしています。発災直後に「連絡室」を作りました。現在は、復興本部が、その組織を吸収しています。これまでの半年間の活動を振り返り、今後の期待を整理しました。ご覧ください。
震災ボランティア活動の果たしてきた役割と、今後の政府の取組
このように、実績や課題を整理しておくことは、重要なことだと思います。ありがとう、ボランティア班。

大震災の影響、人口流出

2011年9月29日   岡本全勝

総務省が、大震災の人口への影響に関する調査結果を公表しました。対象期間は、今年の3~8月です。例年、3月には、地方から若者が、大学入学や就職で東京圏に移動し、一次的に人口が減ります。
今年は、大震災の影響で、東北3県からは例年以上の人が、県外に移動しています。特に、福島県からは、学生ではない年齢層の転出が、多くなっています(第5表)。より詳しくは、こちら