年別アーカイブ:2011年

独創的な事業を生む社会

2011年10月30日   岡本全勝

読売新聞10月29日「論点スペシャル」は、先日亡くなったアップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズ氏に関して、「和製ジョブズ出るか」でした。坂村健東大教授は、次のように述べておられます。
・・日本は10年前から「IT立国」と言い続けてきたが、存在感が薄い。
技術がないわけではない。例えば、ジョブズ氏の会社の製品が使っている部品の半分以上が日本製だ。消費者からは見えないが、ビジネスという点では、日本の企業も結構うまくやっている。
しかし、これから日本で、ジョブズ氏のような、世界を変革するアイデアや製品が誕生するかと聞かれると、難しいと答えざるをえない。そういう社会ではないからだ。
インターネットの検索ソフトを見ると、良くわかる。日本の企業も、グーグル社より前に開発していた。しかし、著作権問題に抵触するのではないかなどの議論が起き、企業側の腰が引けた。
日本の法律は、ドイツをお手本にした「大陸法」だ。すべてのことが事前に想定され、相互に矛盾なく決めようとする。法律を作ったり、改正したりするには、時間がかかる。それで、世の流れに遅れる。
一方、英米法の考え方は、どんどん進めて問題が起きると、裁判の判例で解決する。スピードが速く、IT時代にふさわしい。
アップル社は、インターネット経由で楽曲を取り込む独自サイトを開設した。曲の著作権を巡って訴訟が起こるとわかっていながら進めた。訴訟もたっぷり抱えたが、事業は大成功した。
日本は、こうした訴訟文化になじまない。裁判になりそうな危ない事業には手を出すなという話になる。
人材の流動性もない。「いい学校」を出て、「大会社」に就職することが良いこととされ、いったん勤めると辞めない。つまり大企業が優れた人材を抱え込んでいる・・
・・法律や制度などを変えない限り、ジョブズ氏のような才能があっても、生かせないだろう。

八戸市意見交換会

2011年10月30日   岡本全勝

今日は、復興大臣のお供をして、青森県八戸市に行ってきました。八戸市も、大震災で津波の被害を受けました。住宅、港湾施設、工場などです。工場や施設の復旧は進んでいます。住宅を流された人たちは、元の場所に家を再建するか、別の場所に移るか、悩んでおられます。難しい決断だと思います。

国会による事件や政策の検証

2011年10月30日   岡本全勝

日経新聞10月30日「風見鶏」、坂本英二編集委員の「検証なき国家は変わるか」から。
・・いま開かれている臨時国会は、2つの点で歴史に刻まれる。衆参両院の憲法審査会の始動、そして原発事故を受けた独立した調査委員会の設置である・・
この20年を振り返っただけでも、日本は難しい決断をいくつも迫られた。重要な政策判断について、国会が一度も第三者機関で検証したことがないという事実に、まず驚かされる。
1991年の湾岸戦争は、国際貢献のあり方をめぐる転換点となった。日本は130億ドル(当時で約1.7兆円)もの巨費を拠出しながら「カネだけを出して汗をかかない国」との厳しい批判を浴びた・・
93年のウルグアイ・ラウンド合意では、コメ市場の部分開放と引きかえに約6兆円の農業対策を決めた。90年代以降、バブル経済の後始末で金融機関に投入された公的資金は50兆円規模(うち現時点の損失確定は10兆円強)に上る・・
専門家からなる民間委員は、衆参両院の合同協議会が決める。参考人の招致や資料提出を国政調査権でサポートし、半年後の報告書の提出までを法で規定している。事件や事故を受けた国会の報告書自体が「薬害エイズなどを除きほとんど例がない」という・・

このページではかつて、イギリスの、イラク戦争を検証する独立調査委員会を紹介しました(2010年2月20日の記事)。

原発避難区域視察

2011年10月29日   岡本全勝

今日は、復興大臣のお供をして、福島県広野町川内村へ行ってきました。両町村とも、9月末に緊急時避難準備区域が解除され、子どもや老人も戻って良くなりました。もちろん、放射線量は低いです。解除以前も、避難が可能な人は、居住できました。しかし、一時は、全住民が域外に避難しました。役場もまだ、避難しています。学校も、再開されていません。
津波被害を受けた地域以外は、のどかな田園風景が広がっています。紅葉が始まり、各家々の柿の木には、鈴なりの実がなっています。しかし、まだ約2割くらいの住民しか戻っていません。商店の多くも、閉まったままです。これから除洗を進め、町役場などの機能を戻し、住民に戻ってもらうことが課題です。田んぼでは、夏の間に伸びた雑草の草刈が、進んでいました。

その途中で、楢葉町と富岡町を通りました。両町は警戒区域で、立入りが制限されています。許可を得て入り、またバスから降りず、車の中から見るだけでした。首から提げた積算線量計は、0マイクロシーベルトのままでした。
この地域を南北に貫く国道6号線を、北上しました。 今日は、双葉町から避難している人たちの一時立入り(帰宅)の日なので、立入りを終えた住民の自家用車が、広野町の中継所に戻るところにすれ違いました。マスクをして、防護服を着ておられます。避難以来、約7か月。ご苦労をおかけしています。
車窓からは、大きな被害は見えませんでした。しかし、住民がいません。それがかえって、放射能災害の怖さを、思わせます。雑草とともに、田んぼ一面にセイタカアワダチソウがはびこり、黄色に染まっているのが悲しかったです。2か所で、野生化した牛の群れに会いました。道路に座り込んでいたり、田んぼで草を食べていました。この牛たちも、どんな思いで生きているのでしょうか。

復興特区法案決定

2011年10月28日   岡本全勝

今日の閣議で、復興特区法案を決定しました。被災地が早急に復興できるように、規制や手続の特例、税制の特例、復興交付金などを盛り込んであります。本則89条、150ページの大部なものです。
特に市町村から要望が強いのは、「市街地と農地の開発手続を簡単にしてほしい」ということです。市内が地盤沈下し、住宅を建てられなくなった地域があります。すると郊外に住宅を建てるのですが、そこが農地のことも多いです。市街地の開発規制は国土交通省、農地は農水省が所管です。今回の特区法では、これを一つの手続で行えるようにします。また、これらの手続は、復興庁ができれば、その出先機関に持ち込めばよいようにします。
市町村の国への要望は、規制や手続の緩和、交付金など財政の支援、そして助言などの支援です。特区法案で、前2者がそろいます。内容も、かなり強力なものです。復興本部職員が、残業に継ぐ残業で、各省職員の協力を得て、作り上げてくれました。地方団体の意見も何度か聞いて、期待に沿ったものができたと思います。
29日の朝日新聞朝刊で、津坂記者が、少し詳しく解説してくれました。
次に、それらを使う組織である、復興庁法案を準備しています。