年別アーカイブ:2009年

改革を支える思想、他律的改革・自律的改革

2009年10月11日   岡本全勝
11日の日経新聞経済教室は、西出順郎准教授の「国立大学改革の方向、企業家精神で経営力強化。独自の思想を原動力に」でした。
・・国立大学、特に規模が小さい地方大学は、教育研究活動や管理運営改革に全力を注いでいる。だが実際は、もっぱら付け焼き刃的で表層的な作業に追われていることはないだろうか。
この受け身的な改革姿勢はなぜ生じるのか。・・その根源的な理由はより内面的、精神的な部分に依拠しているように思われる。すなわち、「改革思想の脆弱性」である。ではなぜ、国立大学改革の思想的高まりがなおざりになったのか。想起される理由は三つある。
第一の理由は、法人化にいたる国立大学改革が新保守主義的思想を背景にした中央政府の行財政改革に主導され、独自の改革思想を形成できなかったことだ。・・国立大学は、政府の論理に押し切られ、自らの存在意義を主張する改革思想が構築できなかったのではないだろうか。したがって、法人化という国立大学改革は、他律的思想のもとでの改革に終始し、政府行革の「改革客体」から脱却することなく、国立大学が「改革主体」を演じることはなかったのである。
第二に、新保守主義的思想という議論の土俵においても法人化論議を主導せず、結果的に独自の改革思想の芽をつみ取ってしまったことだ。・・高等教育という公共財が政府の守備範囲としてどう再定義され、私立・地方自治体立大学との補完性においてどう位置づけられるのか、国立大学が率先して論陣を張ることは希有であった。
第三は、法人化後の新たな国立大学改革が要請される中、他律的な改革思想が逓減する一方で、その代替思想が顕在化しなかったことだ・・
このほか、公務員制度改革なども、この批判が当てはまるようです。

社会を理解する型

2009年10月11日   岡本全勝
東大出版会PR誌「UP」2009年4月号に、鈴木博之青山学院大教授が、連載「近代建築論講義4」として、「建築の骨格と循環器」を書いておられます(古くなって申し訳ありません。読んだ時に書くのを怠ったので)。
・・近代は機械の時代であるという認識は、20世紀の常識だった。機械が近代を切り開き、機械のアナロジーが組織論から美学にいたるまで、時代の精神として広く用いられた。初期の機械は可動部分が目に見える、蒸気機関のようなハードウエアむき出しの機械だった。
しかしながら、20世紀後半になって、機械が電子化されてくると、古典的な機械の概念は急速に色あせていった。電子化された機器は可動部分がほとんど目に見えず、作動しているかどうかは結果を見て判断するといった状況になった。電子化した機械はハードウエア部分より、ソフトウエアに重要性があるのだった。
・・機械のアナロジーによって組織や美学を語ることは、現代ではほとんど意味をなさない・・
先生はこのあと、建築について、機械のアナロジーを議論しておられます。しかしこの議論は、先生がおっしゃっているように、私たちが、広く社会やものごとを理解する際の「型」に当てはまります。
「時代の精神」として言うならば、ものごとは、機械と同じように、個人や市民が理解できることです。そして、努力すれば作ることができるもの、改良できるものでした。機械のアナロジーは、ものだけでなく、社会の仕組みにも適用されるのです。「社会は、市民が改良できるもの」というようにです。
しかし、電子化されると、個人では理解不能、努力しても作ったり改良したりできないものになります。たとえば、機械式の時計の内部を見れば、子どもも、その動きが理解できます。しかし、電子時計では、分解しても、動きは理解できません。それが、身近な機械だけでなく、対象が社会一般に広がることはないでしょうか。
ところで、機械式の腕時計なら、スケルトンで中が見えるものも売れます。歯車の動きが、面白いのです。でも、電子式じゃ売れませんよね。見ていて、面白くないでしょう。

3連休

2009年10月10日   岡本全勝

3連休が、始まりました。今日は10月10日。かつては体育の日で、晴れの日が多い特異日でした。東京は、午前中に小雨が降りましたが、午後からは、よい天気でした。
今日は、上野の博物館へ。先週も、先々週も、美術館に出かけました。この1年間、展覧会などに出かける、時間と心の余裕がありませんでした。今は、ゆっくりと、楽しませてもらっています。

校長の仕事・訓練学習

2009年10月9日   岡本全勝

今日は、救助科61期の総合想定訓練を、見ました。開始と終了時に、式台で報告を受けます。敬礼を受け、敬礼を返します。隊員(学生)のきびきびした動きは、ほれぼれします。
今日は制服でなく、動きやすい執務服です(消防大学校では、そう呼んでいます。救急隊員が着ているような、現場用のオレンジと紺色の作業服です)。今日は、帽子をかぶっているので、敬礼は軍隊式の挙手です。入校式は室内なので、帽子は持ったまま、前傾姿勢でした。
総合想定訓練は、卒業前に行われる、卒業演習といってよいでしょう。60人の学生が、2中隊に分かれ、想定に沿った訓練をします。
第1中隊は、大学の化学実験中に、薬品を倒し、負傷者が出ているという想定です。今日はシアン化合物でした。地下鉄サリン事件を、思わせます。
指揮車、消防車、救急車などが、サイレンを上げて到着します。そして、防護服を着た隊員が、救出に向かいます。もちろん、薬品がどこまで漏れているかわからず、それを確認しながらです。
空気ボンベを背負って防護服を着ていると、隊員同士の意思疎通も、難しいです。トランシーバーを持っていますが、防護服の中で、呼吸用のマスクをしているのです。声は、聞こえにくいでしょうねえ。防護服の右手が、時々ぶらぶらしているのは、手は服の中で、トランシーバーを操作しているからです。
それ以上に、被害者との会話も、難しいです。防護服は、空気が漏れないのですから、声は基本的には外に伝わりません。どうすると思いますか?防護服の前に、「あなたを救出にきました」という趣旨を書いた紙を、ぶら下げるのです。なるほど。
もっとも、負傷者役の学生の何人かは、寝転がったままで、反応しません(これも演技)。救出された負傷者は、テントの中でシャワーで除洗します。負傷者役の学生は、冷たかったと思います。もちろん、救急隊員も、防護服を除洗します。後始末が、大変です。

第2中隊は、ビルに乗用車が突っ込み、1人が車の下敷きに、1人が車内に閉じこめられたという想定です。乗用車は、窓ガラスをブチ割り、さらにペンチのお化けで窓枠などを切り、天井をはね上げて、負傷者を救出します。なるべく負傷者を傷つけずに、救出するためです。ここで、訓練のために用意した乗用車(廃車)が、1台スクラップになります。
その後、ガソリンに引火し、ビルが燃えます。発煙筒が、たかれます。建物に取り残された人がいる、という条件もつきます。盛りだくさんな訓練です。関係者役の学生が、「家族が取り残されている」と叫びながら、救急隊員にすがります。迫真の演技でした。救急隊員が、ビルの3階にはしごをかけて突入し、窓の鉄格子をカッターで切るのも、手際のよいものです。これも、煙と放水のシャワーの下でです。

私は、風上の少し離れた地点で、見ていたのですが、風向きが変わってシャワーを浴びました。これがサリンだったら、今日のHPは、書いていませんね。
しかし、肝心なのは、カッター操作や放水ではありません。我が大学校の学生は、それを指揮することを学びに来ています。30人の隊員を指揮する。混乱した現場では、大変なことです。

分権委員会第3次勧告

2009年10月8日   岡本全勝

地方分権改革推進委員会が、10月7日に、第3次勧告「自治立法権の拡大による「地方政府」の実現へ」を発表しました。主な内容は、義務付け・枠付けの見直しと条例制定権の拡大や、国と地方の協議の場の法制化です。