インターネットによって、どんどん便利になりますね。書店による在庫照会システムは、欲しい本の確認を超えて、様々な利用ができます。例えば、ある著者の著作一覧も、簡単に見ることができます。どのような内容かも、ある程度は分かります。よく利用させてもらっています。今までだったら、本屋に行くとか図書館で調べるとか、結構手間暇がかかりましたよね。しかも、全部がそろっているわけではありませんし。
三省堂書店が、共著も含めてたくさん検索できるようです。私のHPには、「著作等」のページの下に、紀伊国屋書店、ジュンク堂、八重洲ブックセンターなどにリンクを張ってあって、時々自分の本を見ています。「この本屋は僕の本を置いていてくれて良い本屋だ」「この店は売り切れてしまった」とか・・(笑い)。アマゾンの場合は、売り上げランキングも出ます。さらに、古本まで出品されています。拙著「地方交付税-仕組と機能」は出版社に在庫がないようですが、新品と一緒にたくさん古本が出ています。
「うーん、僕の名著を古本屋に売るとは、けしからん奴だ」なんて言っていたら、職員から「古本屋に出るほど売れている、ということじゃないんですか」と、慰められました。
年別アーカイブ:2006年
桜
この週末、東京は良い天気に恵まれました。八重桜が咲き始め、近所ではハナカイドウや桃の花が咲き誇っています。拙宅のプランターでも、暮れに植えたチューリップが咲きました。もっとも私の週末は、講義の準備です。はい。
政府論
14日の読売新聞「再点検小さな政府論。官民のありかを問う1」は、佐々木毅先生と山崎正和さんのインタビューでした。佐々木先生の主張は次のようなものです。
「『官から民へ』が民万能論や『民イコール善』という民性善説と混同されると、本来必要なルールの問題が見失われてしまう」「民が競争する市場にルールがなければ、悪貨が良貨を駆逐するということになりかねない。民に大きな自由を認める社会は、その分、法律や規則を細かく整備することをセットで考えるべきだ。ルールを作ったり監視をしたりするには結構人手もいるし、お金もかかる」
「官が公的な役割を独占した時代は終わり、日本は民も公の一部を担う社会にすでに移っている。官はこれまで『おれたちの言うことが公だ』と考えてきた。しかし、公は官民の区別を超えた、より上位の概念であるという考え方で物事をとらえなおした方がいい」(3月14日)
15日は佐和隆光京大教授とロバート・トムソン英ザ・タイムズ主筆による、市場主義の行き過ぎやサッチャリズムについてでした。17日は松原隆一郎東大教授と増田寛也岩手県知事による、公共分野を民間に委ねることの是非についてでした。(3月18日)
読売新聞「再点検小さな政府論。官民の在り方を問う」は、18日は桜井敬子教授と中村靖彦さんによる建築確認、食の安全問題という「安全に関する検査」についてでした。20日は、清成忠男教授、垣添忠生さん、戸塚洋二さんによる大学教育、先端医療、基礎研究といった「将来への投資」についてでした。(3月21日)
読売新聞の連載「時代の証言者」「国と地方、石原信雄」が、23回で完結しました。最終回の5日は、「地方に責任持たせる時代」でした。
「改めてこの国のかたちを考え込みます。特に気になるのは官僚のあり方です。振り返ると、たしかに、敗戦の中から国を再建して先進国になるまでの過程では、役人が輝きました・・・役人が輝いたのは、分担管理の原則を機能させ、各省が自分の責任を果たせば良かった時代だったからです」
「しかし、もうそれは通用しません。私が官邸にいた90年代前半、『主権国家としての日本』『国際社会の中での日本』が問われたのを境に、各省は連携して国全体で考えなければならなくなった。自分の省だけ走れば済んだ時代が終わったのです」
「これからの役人をどう考えればいいのでしょうか。大いに勉強させ、国際社会に生きる日本全体を考え、そのための政策立案能力をつけさせることです」
「地方との関係を考えれば、さらに変化します。国のあり方として、内政はもはや地方に責任を持たせるべきです・・・道州制に向けて分権を進めるなら、内政を担当する役人の大部分は地方公務員として活躍すべしと頭を切り換えなければなりません」
「政治家と幹部公務員には、これらを国の統治構造の問題として考えてほしいのです」
青山彰久記者、良い連載をありがとうございました。
桜
今日は、先週に続いて善福寺川緑地に花見に行ってきました。桜は満開、天気も良く、花見客でごった返していました。
桜
今日は放課後に、桜田門から半蔵門、千鳥ヶ淵を経て九段まで、桜を見ながら散歩して帰りました。日記を見たら、去年は4月7日ですから、今年は1週間早いですね。桜は満開でした。皇居のお堀は夕暮れ時で、桜はライトアップされた夜桜です。異様なほどにきれいですね。もっとも、今日は風も強く寒くって、花見客もコートを着てふるえながらお酒を飲んでいました。