原発避難区域視察

今日は、復興大臣のお供をして、福島県広野町川内村へ行ってきました。両町村とも、9月末に緊急時避難準備区域が解除され、子どもや老人も戻って良くなりました。もちろん、放射線量は低いです。解除以前も、避難が可能な人は、居住できました。しかし、一時は、全住民が域外に避難しました。役場もまだ、避難しています。学校も、再開されていません。
津波被害を受けた地域以外は、のどかな田園風景が広がっています。紅葉が始まり、各家々の柿の木には、鈴なりの実がなっています。しかし、まだ約2割くらいの住民しか戻っていません。商店の多くも、閉まったままです。これから除洗を進め、町役場などの機能を戻し、住民に戻ってもらうことが課題です。田んぼでは、夏の間に伸びた雑草の草刈が、進んでいました。

その途中で、楢葉町と富岡町を通りました。両町は警戒区域で、立入りが制限されています。許可を得て入り、またバスから降りず、車の中から見るだけでした。首から提げた積算線量計は、0マイクロシーベルトのままでした。
この地域を南北に貫く国道6号線を、北上しました。 今日は、双葉町から避難している人たちの一時立入り(帰宅)の日なので、立入りを終えた住民の自家用車が、広野町の中継所に戻るところにすれ違いました。マスクをして、防護服を着ておられます。避難以来、約7か月。ご苦労をおかけしています。
車窓からは、大きな被害は見えませんでした。しかし、住民がいません。それがかえって、放射能災害の怖さを、思わせます。雑草とともに、田んぼ一面にセイタカアワダチソウがはびこり、黄色に染まっているのが悲しかったです。2か所で、野生化した牛の群れに会いました。道路に座り込んでいたり、田んぼで草を食べていました。この牛たちも、どんな思いで生きているのでしょうか。