増税を問う

政府・与党が、歳入歳出一体改革の歳出削減骨子を決定しました。例えば27日の日経新聞によれば、概ね次の通りです。「2011年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化するため、11兆4000億~14兆3000億円の歳出削減を実施。黒字化に必要な16兆5000億円程度の7割以上を歳出削減で賄い、残りの2兆~5兆円は増税などで穴埋めする。
政府・与党は名目経済成長率3%を前提に今後の歳出の伸びを試算。2011年度に借金をせずに行政サービスの経費を賄う基礎的財政収支を黒字化するには、16兆5000億円程度の財源を捻出(ねんしゅつ)する必要があるとし、これを歳出削減と歳入増で解消する方向を打ち出した」。
その決定過程が、連日報道されました。参議院側が原案を修正したことなど、政治学的にも興味深いものでした。詳細は報道に譲るとして、私はこれが決定され実行されると、日本の政治にとって画期的だと思います。それは次の2点です。
1 国民に初めて負担をお願いする
今回の決定では、増税は正面から書かれてはいません。しかし、2011年までに埋めるべき金額が16.5兆円であり、歳出削減額を決めれば、残りは増税となっています。今回の重要なポイントは、実質的に増税を決めたことにあるのです。
日本はこの半世紀、国民に本格的増税をしたことがありません。正確には、ガソリン税やたばこ税を増税していますし、所得税・法人税での減税廃止はあります。年金や健康保険の保険料を値上げしたこともあります。しかし、基幹税目で本格的な増税をしたことがないのです。消費税は、導入時は増減税同額、5%に引き上げたときは減税先行でした。大平内閣の時に、一般消費税導入を企画しましたが挫折しました。たぶん、これが唯一の増税のお願いだったでしょう。この半世紀は、増税しなくても済んだのです。また、増税が必要になったのに、国債でつけ回しをしたのです。
そもそも、代議制民主主義とは「代表なくして課税なし」というように、国民に負担を問う代わりに意見を述べるための制度です。利益を配分するだけで負担を問わない政治とは、お気楽な政治だったのです。
これについては、拙著「新地方自治入門」p299を読んでください。
今回決まった数字は幅のあるものですし、今後の経済情勢で変わるでしょう。しかし、それはたいした問題ではありません。すなわち、歳出削減が厳しすぎると国民が考えるなら、削減額を小さくすればいいのです。その代わり、増税額が増えます。必要な穴埋め額が決まっているのですから、歳出削減と増税は、どちらかが減れば他方が増えるのです。それを国民に選んでもらうのです。今回は、この三段論法を国民に提示し、国民に選択してもらうこととしたのです。
2 自民党主導での負担決定
これまで自民党(野党も含めて政党)は、利益の配分は行ってきましたが、負担の配分は避けてきました。それが、与党政治家主導で増税に進むとなると、これは日本の政治にとって大きな転換点になるでしょう。
これまで政策立案は内閣、実質的には官僚が担って来ました。その案を与党が賛成するか、修正することで成案にしました。しかし、今回は新聞で伝えられる限りは、与党の政策責任者が議論をとりまとめました。もちろん、これが民主主義の基本です。国民が政治を付託したのは政治家であって、官僚ではありません。
また、今後の実施過程においても、政治家がとりまとめたことで、円滑に進むと思われます。
(6月27日)
昨日、歳出削減と増税の関係を書きました。今朝28日の朝日新聞に、次のような記事が載っていました。「小泉首相が22日の経済財政諮問会議で『歳出をどんどん切りつめていけば『やめてほしい』という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしなければいけない』と発言していたことがわかった」。諮問会議議事要旨では、11ページです。(6月28日)
朝日新聞は28日から、「検証、構造改革。第2部小さな政府」を始めました。第1回目は、「理念なき一律カット」です。(7月29日)
(政策評価)
27日の日経新聞「瀬戸際のWTO交渉・下」は「影薄い貿易立国。工業品輸出、好機逃す」でした。日本の農業市場開放が進まない=農産物の輸入を自由化しないため、相手国が工業製品の輸入を自由化しない=関税を下げないのです。一対一の関係だけでなく、多角的交渉ででも主導権を取ることができません。輸出で稼いでいる日本は、自由貿易体制の大きな受益者なのですが。
これまでも国内農業者を保護するために、輸入制限で守るほかに巨額の公金を投入しています。「国内農業の競争力強化」はずーっと言われてきたことです。長く言われていて、まだ言われるということは、どこかに問題があるのでしょう。どなたか、日本の農業政策の評価をしてくれませんかね。また、農業を守ることと、自由化による国益との比較評価も。農水省と経産省が合体して産業省になると、どんな判断を下すでしょうか。
私は、日本の農業政策は、「農業」政策ではなかったのではないかと疑っています。それは、農家政策であっても、業としての農業を育てなかったのではないかという疑問です。
ほかにも、農業高校や大学の農学部はたくさんあるけど、卒業生のほとんどは農業に就かないこと。新規農業従事者より、JAや農水省・農政部などへの新規採用者の数の方がはるかに多いこと。農業予算は巨額だけど、その多くは農業土木業者にわたっていること、などなど。いろんな疑問があるのです。(7月29日)
31日の日経新聞経済教室では、成田憲彦教授が「政策決定過程変えた経済財政諮問会議」を書いておられました。従来の自民党政治を、冷戦構造と高度経済成長という条件で成り立った、保守政治と分配の政治と位置づけ、その条件が失われたこと。小泉政権は、この自民党的政策と施策決定手続にノーを突き付けたこと。その際に、本人のパーソナリティーの他に、小選挙区制と経済財政諮問会議があったこと。経済財政諮問会議は、議院内閣制のものとでは異端の政策機関であることなど、を指摘しておられます。わかりやすい分析です。