12日の朝日新聞は、「郵政改革、道路公団改革との差は」「二つの民営化、手法は対照的」を解説していました。記事の趣旨は、道路公団民営化改革法案が、国会では与党の賛成多数であっさり成立した。一方、郵政民営化法はそうでなかったことの要因が、改革の手法にあるということです。「族議員を排除、党と溝」「首相関与、骨組み堅持」「議論公開せず、冷めた世論に」というのが、見出しでした。
このような分析を否定しませんが、私は、もう少しいろんな角度から、分析すべきだと思います。この2つの改革の一番の違いは、総理のリーダーシップと、総理がどこまで成果を求めたか(ゴールの設定)だと思います。そして、責任者や審議会など手法の違いも、出てきます。
もう一つの小泉改革である三位一体改革は、もっと違った過程を取っています。そこでの政治主導、政治権力論、政治構造論については、「政治改革としての評価」として「続・進む三位一体改革」p142~に書いておきました。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
歴史学は面白い
川北稔著『私と西洋史研究』の続きです(歴史は書き換えられるもの。2015年6月26日)。
私は、新しい遺物や古文書が発見されて、新しい学説がでて、歴史の見直しが行われるのだと、思っていました。そして、西欧史なら西欧で古文書が出てこない限り、日本で研究していても新説は出てきそうにもありません。ところが、古文書を新しく読み解くという行為は必要ですが、新しい文書が発見されなくても、歴史は書き換えられるのです。「学説は数十年で書き換えられるもの」という発言は、衝撃的でした。
他方で、極めて単純にすると、戦後日本での西洋史研究は、大塚史学を脱皮すること、そして西欧でも変化しつつあった「政治の歴史から社会の歴史への転換」であったのでしょう。
歴史学が変化していること、その意味については、このホームページでも、近藤和彦・東大名誉教授を紹介したことがあります。「歴史学って、こんなに変化しているのだ、面白いんだ」と、感激しました。そこで、川北先生の本や福井憲彦著『歴史学入門』(2006年、岩波テキストブック)を読み、E・H・カーの『歴史とは何か』(邦訳1962年、岩波新書)を再読しました。
『歴史学入門』には、次のような目次が並んでいます。もう、英雄と戦争の歴史ではないですね。
1 歴史への問い/歴史からの問い
6 グローバルな歴史の捉え方
7 身体と病と「生死観」
9 人と人とを結ぶもの
11 政治と文化の再考
もっと詳しく紹介すればよいのですが、ご関心ある方は、それぞれの本に当たってください。
ちなみに、近藤先生の本を読んだ感想を、私は「政治の役割」に分類しました。「覇権国家イギリスを作った仕組み」(2014年7月27日~)。私には、社会統合など社会の課題を、どのようにイギリスが解決していったか、それが勉強になったのです。
ところで、近藤先生のホームページ「オフィスにて」2014年8月29日は、「全勝さんのページ」です。次のように書いてくださっています。
・・・岡本全勝という方がホームページを持っていらして、じつに精力的に発言なさっています(ということに、ようやく最近に気付きました)。政治と行政のど真ん中で発言なさっているエリート官僚のお一人でしょうか。大学でも教えておられるようです。
その全勝さんが、なんと『イギリス史10講』について、全9回の連載でコメントをくださいました。こういう「公共精神の立場から国家百年の計を考え行動」なさっている「経国済民の士」(p.206)の目に止まったというのは嬉しいことです。その論評は、わが業界の若い院生や研究者とは異なるレヴェルで、実際的にしかも知的に行われていて、これも有り難いことです・・
私も、気づくのが遅くて、申し訳ありません。
企業やNPOによる産業復興支援
被災地の産業復興のために、被災地外の企業やNPOによる支援が、積極的に行われています。今日は、そのいくつかを紹介します。
宮城県南三陸町の食を売り出す「南三陸ブランド戦略協議会」を、キリングループと日本財団が支援してくださっています。事業の概要は、地元の漁業者、農業者、食品加工業者などが協働し、海産物のみそ漬けや缶詰などの加工品を開発し売り出します。河北新報の記事が簡潔でわかりやすいです。キリンの支援概要。お金の支援だけでなく、商品開発、ブランド化、販売、人材育成がセットになっていること、それらの関係者と協働して行うことが、ミソです。発表資料の下についている「事業概念図」をご覧ください。
もう一つは、日本財団の女川町支援の成果「水揚げ高は震災前を上回る、官民一体で新しい町づくり」。
7月10日、11日は、「東の食の実行会議」が開かれています。目的は、「東北の食産業の復興に向け、成功事例を共有し、企業のリソースを集約して、大きな経済インパクトを持続可能な形で生み出す。さらに、長期的に東北が目指すべき共通のビジョンを形成する」です。藤沢烈さんの報告。小泉進次郎・政務官の報告。
原発被災地域の将来
原発被災地の将来像をどう描くか。有識者の知見をいただきながら、検討しています。「12市町村将来像検討会」。その議論の前提として、この地域の放射線量がどうなるか、一定の前提で予測しました。「空間線量の見通し」。これを見て頂くと、事故後10年で赤い地域はなくなり、20年後にはオレンジ色の所もなくなります。同様の予測としては、平成24年4月に原災本部が公表した「空間線量率の予測」があります。その予測と、大きくは変わっていません。24年予測に比べ、この間に予想より減っているので(雨などの影響だと推測されます)、将来の放射線量も少なくなっています。また、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)が、今年6月に試算しています。「環境動態研究で得られた知見-平成26年度の成果概要」p5。
もう一つの試算は、人口です。「将来人口見通し」。発災前(平成20年)に試算したものがあります。それによると、平成23年3月に約20万人が、平成47年には15.4万人に減るとの予測でした(それぞれの左側の青い棒)。27年3月には推計では19.6万人でしたが、実際には避難指示区域外に11.3万人住んでおられます。これを起点として、どのように増減するかです。今回まず、帰還見込み者(アンケート結果に基づき一定の仮定を置いたもの)が戻られると試算すると、平成47年(今から20年後)には、11.7万人となります(黄色い棒)。もう一つの試算では、もう少し帰還者数が増えて、また新住民も増加すると仮定します。すると、平成47年には16万人になり、事故がなかった場合の推計である15.4万人より増えます(緑の棒)。
この要因は、新住民です。一つは、新しい産業を呼ぼうと計画しています。これは、どの程度の雇用を生むかは不確定です。もう一つは、かなり確度の高い大勢の新住民です。すなわち、廃炉作業員です。現在毎日7千人の作業員が、主にいわき市から、第一原発に通っています。この廃炉作業は、30年は続くと予想されます。その人たちが、住所をこの12市町村に移すと、「大きなかたまりとしての、かつ30年間続く住民」が生まれます。7千人の新住民が生まれると、その人たちを対象としたサービス業が生まれます。飲食店やクリーニング、理髪店などです。
「原発事故地域は人が住めない」といった印象を持っている方もおられるようですが、そうではありません。確かに、帰還困難区域(赤い地域)は当分の間、人が住むことはできませんが、それ以外の地域では町が復興するのです。そのためには、多くの人が帰ろうと思い、新しい住民が住もうと思ってもらえる町をつくる必要があります。住民の方、市町村、県と一緒になって、進めます。
社会科学による大震災の分析、3
日本学術振興会(村松岐夫先生ほか)による東日本大震災学術調査プロジェクト「大震災に学ぶ社会科学」の第3回配本、第8巻『震災から見える情報メディアとネットワーク』(東洋経済新報社)が刊行されました。内容は目次を見ていただくとして、今回の災害では、新聞やテレビ、ラジオといったマスメディアのほかに、インターネットやソーシャルネットワークが活躍しました。NHKニュースを、インターネットでいつでもどこでも(海外でも)見ることができるようにした人たちがいました。ブログやツイッター、動画の投稿は、被災者が情報の受け手であるとともに、発信者にもなりました。近年急速に発達した、インターネットやソーシャルメディアが力を発揮した災害でもあったのです。
もっとも、停電した地域では、情報伝達ができず、特に原発事故による避難指示も十分には届きませんでした。被災者生活支援本部では、避難所に貼ってもらう壁新聞を配ったり、暮らしに役立つパンフレットを配ったりしました。当時の千代幹也・内閣広報官のご努力でした。私が被災者支援で手が回らないときに、「任せとき」といって、引き受けてくださいました。内閣広報官室の実力を実感しました(千代さんには、その前に私が総理秘書官のときに、内閣総務官としても助けてもらいました)。
ところで停電については、ある新聞社は、天皇陛下のおことば(ビデオ)を、概要だけ紙面に載せ、「全文はインターネットでお読みください」としました。被災地の人は、ネットでは読めなかったのです。
編集者のコメントには、次のように書かれています。
・・・本書の目的は、2011年3月11日の東日本大震災を生き抜いた人々が、震災後の新しい世界に適応していくために、どのように情報メディアや周囲の人々から情報を得てきたかを、実証データに基づいて多角的な視点から描こうと試みるものである。新しい世界への適応とは、災害によって生じた状況を受けとめ、心理的に反応し、社会的に行動することで事態に対処していくことを指す。本書では適応がどこまで情報メディアの利用行動と利用可能性の産物であったかを明らかにする・・・
このような分野の分析は、官庁ではできないことです。しかし、災害の現場では重要なことです。
(目次)
第1章 震災時・震災後の情報メディア環境が受け手に与える心理的・社会的インパクト
第2章 災害研究における情報メディアの役割を考える
第3章 テキストデータを用いた震災後の情報環境の分析
第4章 震災期の新聞・TV、Yahoo!トピックス、ブログ記事と投稿の特徴
第5章 災害時における情報メディアの効果的活用のために:災害時に求められる情報支援のあり方とは
第6章 被災三県情報行動パネル調査2011‐2012
第7章 首都圏情報行動パネル調査2011‐2012
第8章 必要な情報が届くために:情報環境と受け手の対応関連性・整合