カテゴリー別アーカイブ: 仕事の仕方

生き様-仕事の仕方

用之則為虎、不用則為鼠

難しい古典漢文の説明を続けている肝冷斎。時には、私にも分かる話があります。5月9日の「各自有時(山谷題跋)」。

「用之則為虎、不用則為鼠」「これを用うれば虎と為り、用いざれば鼠と為る」が出てきます。
漢の賢者・東方朔の言葉だそうです。「それを活躍させてやればトラにもなるだろう。活躍させないのならネズミになってしまうだろう」

個人を静かにさせれば安定し、活動させれば不安になる。尊敬されるように配慮するなら将軍にもなろうが、これを抑圧すれば捕虜になってしまう。持ち上げれば青雲のかなたにまで昇っていくだろう、だが、抑圧すれば深い淵の底に沈む。
こういうよい時代であれば、たとえ賢者がいたとしても、功績を立てるところはもう無いのだ。故に曰く―時代が違えば事態も違う。

しかし、活躍すべき場を与えられたのに虎にならず、猫になってしまう人もいますよね。

朝は頭が働く2

朝は頭が働く」の続きです。
私の現役時代の知人に、「朝は1時間ほど早く職場近くに着いて、喫茶店でゆっくりと過ごし、それから出勤する」という人が何人かいました。朝と昼の弁当を二つ持って出勤する友人もいました。若いときの私はギリギリまで寝ていたので、「よく早く起きることができるねえ」とあきれていました。満員電車の混雑を避け、喫茶店で考え事をするか、ゆったりとした時間を楽しんでいたのでしょう。

通勤電車の中で、私の近くに座って、熱心にスマートフォンでゲームをしている学生や若者もたくさんいます。その熱中ぶりを見ると、かなり頭を使っていると想像します。通勤・通学時間を何に使うかは本人の考え次第ですが、学校や会社にたどり着く前に疲れているのではないかと、人ごとながら心配になります。

会社への忠誠心いらない

4月21日の日経新聞、出木場久征・リクルートHD社長の「海外で買収、英語より熱量」から。

日本企業は「失われた30年」のトンネルを抜けつつあるが、成長力では海外企業に見劣りするのが実情だ。どうすればカギを握るグローバル化とデジタル化を加速できるのか。米社のM&A(合併・買収)により2つの課題に挑んだリクルートホールディングス(HD)の出木場久征社長が自らの体験を踏まえて語った。

――今でこそインディードの買収は海外M&Aの成功例と言われるが、勝算があったのか。
「当時のインディードの売上高は年60億〜70億円だった。どこかの新聞が『これがまた日本企業による高値づかみにならないことを祈る』と書いた記憶がある。個人的にも失敗したら責任をとって辞めるしかないと思い、マンションや車、家具を売って渡米した」

――リスクが高いと分かりながら買収を決めたのはなぜか。
「本当にビジネスを変えなければいけなかったからだ。あらゆる事業領域で米グーグルにやられるリスクがあり、日本の人口が減る中で、当社の事業は人口が増えないとどうしようもないといった課題も抱えていた。八方ふさがりで、これしか食べるものがないという状態だった」
「社内では『おまえ、失敗したらどうするの』と聞かれ、『またやるでしょう』と答えた。人材は当社が一番強いビジネスなので、50年先のことを考えたら失敗しても再挑戦するしかない。このように追い込まれた方が成功する確率が上がるという気がしている」

――では、なぜ成功したのか。
「僕は会社、リクルートのために生まれてきたわけではなく、『こんなことが世の中でできたら楽しいな』という気持ちで仕事をしている。こうしたモチベーションでやる方がうまくいく確率は上がるはずだ。インディードの創業者と気が合い、やりたいことが近いという幸運もあった」

――リクルートHDの社長として、6万人近い社員に会社への忠誠心は不要と言えるか。
「そういうことはめちゃくちゃ言っている。社員から『他社からこのような条件で誘われている』と聞いたときは、『すごくいいね。僕が君の立場だったらすぐに行っちゃうけどね』などと話している。引き留めないのか尋ねられることもあるが、だめなら戻ってくればいいし、一人ひとりが楽しくやるほうがうまくいく」

(奥平和行・編集委員の解説)
「なぜそれが条件になるんですか」。リクルートHDの社長に就く際、帰国を求められなかったかと尋ねると、出木場氏は驚いた表情をみせた。
20年近く前、英国出身のハワード・ストリンガー氏がソニーのトップに就いたときは、日本に住まないことへの非難が社内外で相次いだ。経営者の居場所が問題にならなくなったことは、日本のグローバル化の進展を浮かび上がらせる。
一方、社長の若返りは進んでいない。出木場氏は45歳で現職に就き、前任者よりも3歳若い新トップとなった。だが、日本全体に目を向けると30年以上にわたって新社長の平均年齢は上昇を続けている。
年齢がすべてではないが、出木場氏は「自分の成功パターンで判断するようになり、老害になっているのではないか」と打ち明ける。非連続な変化が必要な多くの組織が耳を傾ける必要がある指摘だ。

厳格採点をした教員が辞めさせられた

4月14日の日経新聞「揺れた天秤 法廷から」に「厳格採点で不興 雇い止め」が載っていました。
・・・新年度が始まり、大学のキャンパスに学生の姿が戻ってきた。授業の進め方は教員によって様々だが、大学側が学生の「支持率」を重視しすぎるのは考えものかもしれない。厳格な採点で知られたある非常勤講師の男性は「学生に不人気」と大学側にとがめられ、雇用契約の更新を断られた。理不尽な雇い止めか、厳格さが嫌われる時代なのか。男性は不当な対応だとして司法の判断を仰いだ・・・

・・・雇い止めの理由として突きつけられたのは、大学が学生に実施したアンケート調査だった。「授業がわかりにくい」「声が小さい」――。自由回答欄に男性の授業に対する学生のクレームが連なっていた。授業の満足度や理解度を尋ねた5段階評価で、男性はいずれの項目も中間評価の「3」は超えたが、教員全体の平均は下回っていた。最も差が大きかった項目は0.9ポイント低かった。
大学側がそれに加えて重視したのが「不合格率」だ。教員が合格と認めなければ学生は単位を取得できず、翌年に改めて同じ科目を受講し直さなければならない。他の英語の非常勤講師の不合格率は軒並み1%前後にとどまり、最大20%の男性は際立っていた。

訴訟で男性側は「成績評価は大学側から示された基準に従っている」と反論した。大学は授業に関する指針で、配点割合を「提出課題30%、授業態度20%、筆記試験50%」と示していた。課題をこなして真面目に授業を受けていても、試験の点数があまりに低ければ単位は認定されない仕組みだった。
男性は授業や試験についても大学の教育方針に基づいていると主張した。学生の学力を考慮すると大学指定の教科書は難しすぎると感じていたが、試験を簡単にすれば大学の求めるレベルを満たさないと逡巡(しゅんじゅん)し、難易度を維持する代わりに授業で繰り返し復習を呼びかけた。試験問題も解きやすいように教科書の一部をそのまま出題した・・・

・・・京都地裁は23年5月の判決で男性側の主張をほぼ受け入れた。学生アンケートは「どこまで学生の真摯な意見が反映されているのか、教員の指導能力や勤務態度を判定できているのか明らかではない」と指摘。全体平均を下回っても中間の3ポイントは超えており「(男性に)不利益な評価をする妥当性も疑問」と投げかけた。
不合格率の高さについても「むしろ(大学側の指針に)忠実に従ったために多数の不合格者を出した」と認めた。合理的な理由を欠く雇い止めだと認定したうえで「講師の地位にあることを確認する」と結論付けた。大学側が控訴したが、23年12月に大阪高裁で和解が成立した・・・

「月刊うめさお」

梅棹忠夫先生が、60歳を超えてから失明してご苦労されました。当時、食事が難しいこと、口に入らずこぼしてしまうことを書いておられて、なるほどと思いました。『夜はまだ明けぬか
ところが、その条件の下でたくさんの書物を出されました。私も梅棹先生の視野の広い発想を尊敬していましたが、これには驚きました。当時「月刊うめさお」と呼ばれていました。

検索すると、朝日新聞デジタル版「生誕100年、梅棹忠夫さんなら今なに思う」(2020年6月12日)に息子さんが書いていました。
・・・中国から帰国後、ウイルスによる視神経炎のため、視力を失った。マヤオさんは「当時65歳だった父の失意は深かった。しかし、周囲のサポートによって口述筆記で全23巻の『梅棹忠夫著作集』を刊行し、『月刊うめさお』といわれるほど多くの本を出した。それだけ多くの知の引き出しを持っていた」と振り返る・・・

ある人から「全勝さん、よく原稿が続きますねえ」と言われました。褒められたのか、あきれられたのか分かりませんが。1か月に3回の連載「公共を創る」の執筆は大変な負担です。そのほかに、コメントライナーが2か月に1回程度です。短い文章ながら日刊の、このホームページもあります。
で、「月刊うめさお」を思いだして、「週刊おかもと」やなあと思いました。もっとも梅棹先生のは内容の濃い本ですが、私の原稿は内容も文字数もたいしたことはありません。比較すると、梅棹先生に失礼です。