10月12日の読売新聞「あすへの考」、藤原康弘・医薬品医療機器総合機構理事長の「創薬国復活 臨床試験改革から」から。
・・・海外で承認された医薬品が日本で使えない「ドラッグロス」が深刻化している。かつて米国に次ぐ創薬国だった日本の地盤沈下も課題だ。こうした事態に、政府は医薬品産業を「基幹産業」と位置付け、ドラッグロス解消や創薬力強化へ対策に乗り出した。
必要な薬を患者に届けるには何が重要か。長年、腫瘍内科医としてがん診療に携わり、薬の承認審査などを担う医薬品医療機器総合機構(PMDA)の藤原康弘理事長は「臨床試験の実施体制整備や予算拡充が急務だ。薬が臨床試験を経て世に出る流れを医療者が学び、新たな医療を国民皆で創っていくという意識改革も求められる」とし、この数年が再起への最後の機会になると訴える・・・
・・・2000年代初め、海外で承認された新薬が日本で使えるまでに遅れが生じる「ドラッグラグ」が社会問題化しました。今の「ドラッグロス」は、海外の新薬が日本に導入される予定が立たず、使えないままになることで、問題はより深刻です。
厚生労働省によると、23年3月時点で国内未承認の143品目のうち、86品目がドラッグロスの状態でした。また、ボストンコンサルティンググループの調査では、希少疾患だけでなく、今後、乳がんや糖尿病関連疾患など患者の多い病気の薬にも拡大する恐れがあるとしています。
私が、日本の状況に「何かまずいな」と懸念を抱いたのは、もう25年も前。米国留学から帰国した1997年に、現在のPMDAの前身となる「医薬品医療機器審査センター」が発足し、最初の医師の審査官として着任した頃です。
薬が医療現場に届くまでには、臨床試験で安全性や有効性を確認し、薬事承認を得る必要があります。海外で承認された薬でも、人種差による副作用の出方や医療環境の違いから、日本人での臨床試験が原則必要です。しかし、私が医師になった80年代はもちろん、その後も医師の多くは薬がどう開発され、承認されるかに関心が低く、学ぶ機会もありませんでした。
一方、米国では、80年代からがん領域を中心に臨床試験の方法論が議論され、候補薬を初めて人に投与する初期段階の第1相試験、多くの被験者を無作為に複数グループに分けて効果などを検証する最終段階の第3相試験など、現在の形を生み出していきました・・・
・・・この経験から、帰国後、審査業務に携わることになりましたが、臨床試験に対する日米の意識差を痛感しました。日本では、病院は「治験をしてやっている」、患者や社会は「実験台にされる」との意識が根強かった。米国では、研究者や医療者、企業、患者会、行政がタッグを組み、一緒に新薬を世に出して医療を向上させようとの機運があり、日本もそんな社会にしたいと思いました・・・
・・・その後、国は審査の迅速化や安全対策強化のためPMDAを拡充し、医療関係者らは国際共同治験に参加する動きなどを進め、ドラッグラグは一度、解消しました。
しかし、16年頃から再び国内未承認薬が増えてきました。調べると、聞いたことがない新興バイオ企業が開発した薬が多いことに気づきました。まさに創薬の主役が、国際的な大手製薬企業から、米国を中心とする新興企業に変わってきた時期。画期的な新薬を開発しても、遠い日本の市場など視野に入っておらず、臨床試験の予定もないことが分かりました。
「このままではロス(喪失)になる」と危機感を覚え、これらの薬のデータをまとめ、20年に日本癌学会で発表し、政府の会議などで対策の必要性を訴えました。
日本の創薬力低下も目立ってきていました。高度で多様な専門技術が必要なバイオ医薬品の開発に出遅れたことが一因です・・・
・・・ ただし、その実現には日本の「臨床試験力の強化」が最も重要です。国際水準の臨床試験が実施できる環境整備や人材育成など、必要なことは20年前の科学技術基本計画から指摘されています。これまで「臨床研究中核病院」など拠点整備は始まりましたが、多くの医療機関は日常診療に追われ臨床試験を行う余裕がなくなっています。また、日本企業が主導する国際共同治験は世界の1割程度しかなく日本の先導力が低下しています。中国の台頭もあり、この数年が、日本が創薬国に再興する最後の機会になる可能性がある中、政府は臨床試験の充実に予算をもっと投じるべきです・・・