高岡望さんの新著『グローバリズム後の世界では何が起こるのか』

高岡望さんの新著『グローバリズム後の世界では何が起こるのか』(2018年、大和書房)を紹介します。すばらしい切れ味の分析です。国際政治、国際秩序、そして学者や私たちが考えていた理想の世界像が大転換していることを、極めて明晰に分析しています。

アラブの春の勃発、イギリスのEU離脱、ヨーロッパ各国でのポピュリズムの台頭、そしてアメリカでのトランプ大統領の誕生。私たちにとって想定外の出来事が続きます。
「そもそも想定が間違っていたのでしょうか。そうであれば、なにか世界情勢を見通す指針のようなものが、見つからないのでしょうか。この本は、そんな思いにこたえるために著したものです。」(本書p1)

私も、大学で学んで以来、世界は経済発展し、相互依存を強め、多少の行きつ戻りつはあっても、国際統合に進むものと考えていました。その際の推進役は、アメリカ、西欧、日本であり、経済成長と国際貿易と政治哲学だと思っていました。イギリスのEU離脱、ポピュリズム、トランプ大統領は、大きな歴史の流れでは「困ったエピソード」と考えていました。でも、この本を読んで、そうではないと思うようになりました。

筆者は、「世界政治のルールが、20世紀型から21世紀型に変わってしまったのだ」と考えます。そして次のような仮説を立て、4つの地域の将来を予想します。
1 世界全体が21世紀に入り、百年に一度の大転換を迎えた。
2 大転換後の21世紀には、グローバリズムに対抗して、世界各地でナショナリズムが復活し、盛り上がる。

4大地域の将来予想は、次の通りです。
1 アメリカの分断は深まるのか
2 ヨーロッパの将来はどうなるのか
3 中東の混乱は続くのか
4 中国の夢は実現するのか

IT産業や金融の発展とグローバリズムが、世界経済を発展させました。ところが、困ったことに、その恩恵は一部の大金持ちに集中し、これまでの経済と社会ひいては民主主義を支えていた中間層が貧しくなったのです。経済の発展は国民を豊かにし、社会を安定させるという「法則」が成り立たなくなりました。そして、彼らが、グローバリズムに反旗を翻したのです。
この説に立つと、各国での社会分裂、ナショナリズムはさらに進行し、政治が不安定になるとともに、国際化は停滞するでしょう。

紀伊國屋新宿本店でも売れ筋新刊コーナーに山積みされ、私の近所の町の本屋さんにも並んでいました。それだけ反響が大きいということでしょう。

高岡さんは外交官で、これまで、アメリカ、イギリス、イタリア、スウェーデン、エジプト、イランでの経験があります。その体験と、深い洞察力とで、できあがった本です。
イギリス・エディンバラ総領事として、先日旅立って行かれました。彼の地での活躍を期待しています。

日本型信頼社会の低下

7月31日の朝日新聞オピニオン欄「孤独は病か」を紹介しました。「孤独という社会問題」(8月9日)。すみません、古くなって。書きかけで、放ってあったのです。

他人との信頼関係、近年では「ソーシャルキャピタル」が、良い社会をつくるためにも、経済活動にも重要だと主張されています。その点で、日本は、隣近所での助け合いや、職場内での団結など、他人との信頼関係が強い社会だと言われてきました。
しかし、どうもそうではないようです。そこには、2つの要素があります。

1つは、日本社会は本当に、信頼の高い社会なのかということです。
かつては地縁、血縁、社縁で助け合っていました。しかしそれは、「身内」には親切ですが、「ソトの人」には冷たい社会でした(山岸俊男著『信頼の構造』1998年、東大出版会)。社会一般に、信頼関係が強いものではなかったのです。ソトの人との接触が増えると、この弱点が見えてきます。

2つは、その信頼関係も、急速に弱くなっているのです。
「身内に親切」も、機能が低下しました。田舎では農村の共同体が縮小し、都会でも地元の商店で働くのでなく通勤する勤め人が増えることで、地縁社会が弱くなりました。親族による助け合いも、減りました。企業は、生活を丸抱えしてくれなくなりました。ムラ社会が小さくなったのです。
他方で、一人暮らし、あるいは孤立した家族が増えているのです。

先日、アメリカが契約社会であるのに対して、日本は帰属社会だと説明しました「契約社会と帰属社会2」。しかし、この帰属社会の欠点と衰退が見えてきたのです。
この項続く

職場でのやる気

10月5日の日経新聞夕刊に、「定年「65歳」波及へ やる気どう維持」が紹介されていました。
・・・人生100年時代を迎え、65歳への定年延長が現実味を帯びてきた。人手不足解消に有効とはいえ、課題はシニア社員のモチベーション。想定外の定年延長で緊張の糸が切れてしまっては職場の“お荷物”になりかねない。シニアの意思改革に加えて、やる気を促す工夫が勤務先にも求められる・・・
・・・「あと7年も働くのか」。2017年初夏、明治安田生命保険の静岡支社総務課長、寺田康子さん(59)はため息をついた。19年4月から定年が65歳になると会社から知らされた。寺田さんはちょうど第一世代。あと2年に迫っていた定年が突然遠のいた。「何をするの?」。不安でいっぱいだった。
それから1年余り。今は逆にやる気にあふれている。意欲をつなぎ留めたのは、職場での役割だ。役職を解かれ補佐業務に回ると心配していたが、職務は変わらず、昇進・昇格も可能だと説明を受けた・・・

この記事は、定年延長や高齢者(他に良い表現を思いつかないので。記事では「シニア」と呼んでいますが)のやる気についてですが。普通の職場での、職員にやる気を出させることにも通じます。
成績に応じて給料を上下させることが一つの方法です。しかし、やる気をなくした職員は、その方法では仕事をしないでしょう。特に役所では、給料に大きな差はつきません。そして、「そこそこ給料をもらえれば良いわ」と考えている職員にも、効き目がありません。
職員のやる気は、役割があることと、成果を出すと評価してもらえることによって出てきます。そして、同僚との一体感も重要です。いま、『明るい公務員講座』第3巻で、職員の指導の項で、そのようなことを書いています。

宮城県被災地視察2

宮城県被災地視察で考えたことです。住宅や道路などの施設は、ほぼめどが立ちました。防潮堤や復興道路(壊れた道路を復旧するのではなく、新しく造る道路)などは、工事が続くものも残るようですが、当面の暮らしには問題ありません。
すると、町のにぎわい回復が大きな課題です。簡単にいうと、働く場と買い物の場、そして人のつながりです。
岩手県視察の際にも書きましたが、各市町村は町の中心部ににぎわいの拠点をつくる設計をしました。駅やBRTのバス停近くに、図書館や公共ホール、商店や飲食店を集めました。これは、かなり成功しているようです。高校生たちが、時間待ちの間、図書館で勉強しているとか。
気仙沼市も内湾地区の施設が建ち始めました。最近の姿

産業復興は、施設設備への補助金や、専門家による支援を行いました。「この支援がなかったら、再建はなかった」とおっしゃる事業主が多いです。もっとも、このような支援だけで事業が続くわけではなく、事業主さんたちの大変なご苦労があって、事業は再建しています。課題は、販路の確保と従業員の確保です。
八葉水産(気仙沼市、塩辛など水産加工品)は、工場が流されましたが、二重ローン機構や結いの場などの戦痕か支援を使って、復活しました。みらい造船(気仙沼市、造船)は、5つの造船所が合併し、新しく工場を作って移転します。最新鋭の設備です。向こう3年間の受注があるとのこと。地方での就職支援をしているマチリクは、気仙沼市で活動してくれています。

デ・リーフデ北上(石巻市、トマトとパプリカの温室栽培)は、津波被害を受けた農地で、オランダ式のハウス栽培を始めました。再生可能エネルギーで化石燃料を削減する取り組みをしています。ここも、約100メートル×200メートル、高さ6メートルの巨大な温室です。注文のすべてを引き受けられない状況です。
それぞれ、たくさんの従業員を雇ってくださっています。産業再建支援に、国が本格的に取り込んだのは、東日本大震災が初めてです。道路や防潮堤などの施設整備に比べると、予算額は数桁小さいですが、その効果は大きいです。

すがとよ酒店(気仙沼市、鹿折)にも、お邪魔しました。大きな町であった鹿折地区は、津波で町全体が流されました。そこで、100年続くお酒屋さんです。菅原文子さんは、津波で夫、両親を亡くされました。仮設店舗を経て、今のお店を再建されました。
店の2階を小さな集会所にして、ご自身の語り部やコンサートなどをしておられます。一人生き残った場面のお話しは生々しく、胸を打たれるものでした。他人にはわからないつらさを超えて頑張っておられる姿には、頭が下がります。

私や行政は、どうしても数として、被害や復興を捉えます。全体の状況を把握するには、数値が一番わかりやすいのです。しかし、数字を相手にしていると、現場の姿を忘れてしまいます。そこには、一人一人の生活、一つひとつの会社の事業があります。それぞれに違ったご苦労をされ、また悲しみを乗り越えてこられました。
視察に行って車窓から見ている、あるいは市役所で説明を聞いているだけではわかりません。訪問先の事業主の方のお時間を取って申し訳ないのですが、やはり、その方々のお話を聞くことは重要です。今回も、お忙しい中、時間を割いていただき、さらにぶしつけな質問に応えていただき、ありがとうございました。

田中秀明・明大教授。官僚、1ポスト3年原則に

日経新聞10月4日の「政と官」、田中秀明・明大教授の「1ポスト3年原則に」から。
・・・霞が関からの人材流出は、長時間労働など仕事がブラックであることと、やりがいが失われた点が大きい。忙しくても専門性が身につけばいいが、実際は夜中に国会議員の質問通告を待つとか、その答弁を書くといった生産性の低い業務を重ねている。霞が関で通用する暗黙知は身につくが、市場価値は高まらない・・・

・・・年次主義と順送り人事がセットになっているから組織が活性化しない。事務次官が1年で代わることが多いが、大きな弊害だ。リスクを取って課題に挑戦することは難しく、上司の意向を忖度(そんたく)し、うまく立ち回る方が合理的になる。「1ポスト3年」を原則とし、成果で人事評価すれば霞が関は変わる。

公務員の任用には政治任用と資格任用がある。米国は局長以上は政治任用で大統領が任免する。大統領へ従順に仕える『応答性』が求められ、政治家の分身として政治的な調整もする。ただ課長までは能力や業績で任命する資格任用で専門性が重視される。英国などは次官に至るまで資格任用で、代わりに政治任用の大臣顧問がいる。

米英とも政治任用と資格任用を明確に区別している。日本は曖昧で、安倍政権では資格任用の一般の公務員が、首相や官房長官らの裁量で選ぶ(事実上の)政治任用になっている。幹部公務員は「応答性」を強く求められ、忖度に走る・・・

・・・日本の公務員が政治化していることに問題の根源がある。一般公務員が政治的な調整や根回しを担って各省庁の利益の拡大を図る一方で、専門性に基づく分析や検討はおろそかになっている・・・