カテゴリーアーカイブ:生き様

令和7年大晦日

2025年12月31日   岡本全勝

今日は12月31日。令和7年も終わりです。皆さんにとって、今年はどのような年だったでしょうか。
世間では、各地での災害や火災、熊の出没と、いろんなことが起きました。平穏な日々は、なかなか実現しません。21世紀になって、早くも四半世紀が過ぎます。その経験と反省の上に、未来を開かなければなりません。ようやく経済指標が好転しつつあります。日本が元気になるように、頑張ってほしいです。

年末は何かと気ぜわしいのですが、今年は少々余裕があります。
年内締め切りの原稿2つは、右筆の助けを借りて書き上げ、早々と編集長に渡しました。締め切りに遅れたことがないのが、自慢です。ほかに仕掛品の原稿もあるのですが、締め切りまで余裕があります。1月に引き受けている講演など4つのうち、2つの資料もほぼ完成させました。
年賀状は枚数を大幅削減し、投函しました。たくさんいただくのですが、申し訳ありません。小さな松飾りもつけました。
余裕の時間に、このホームページの記事(予定稿)をたくさん書きました。新聞記事の紹介が貯まっているので、それを処理するためです。かなり進みました。
本の片付けは終わらず、越年します。まあ、気長にやりましょう。

この大晦日に良いことがありました。孫を自転車の後ろに乗せて公園に行ったのですが、途中で寝てしまい、ひきかえしました。帰ってきたら、孫がかぶっていた帽子がありません。彼のお気に入りの帽子なので、再度同じ道を自転車で探しに行ったのですが、見つからず。あきらめかけていたら、歩道の横の植え込みの上に、ありました。見つけた人が、おいてくださったのですね。ありがとうございます。

我が家は夫婦とも元気、娘息子家族も元気で、年を越すことができそうです。何と言っても、健康と安心ですよね。
今年も、蕎麦打ち名人のおいしいお蕎麦をいただきながら、年を越します。ありがたいことです。
毎年同じようなことを書いていますが、それが良いのですよね。

令和7年の回顧3、生活

2025年12月30日   岡本全勝

今年の回顧の3は、生活です。
1月に70歳になり、古希を迎えましたが、健康など生活に大きな変化はありませんでした。気力や体力など、徐々に老化しているのでしょうが。本を読む量が減りましたね。
人生の出来事としては、春に勲章をいただきました。キョーコさんのお供をして、旅行にも行きました。ただし、今年は海外旅行はできず。

常勤職を退いたことが大きな変化ですが、執筆と講演の準備は相変わらず。執務室が、勤め先から自宅の書斎に変わっただけです(苦笑)。朝起きたら、書斎で電子メールの確認(夜早く寝るので)、朝ご飯ができるまで執筆やら。食べたら、キョーコさんに淹れてもらったコーヒー牛乳(カフェオレ)を持って、居間から数メートルの書斎に出勤。運動不足は、散歩で補っています。

夜の意見交換会は、減らしてはいるのですが・・・。お呼びがあるのは良いことだと思いましょう。
家ではキョーコさんのおいしい料理でお酒を飲んだら、眠くなります。早寝早起きで、健康です。おととし悩んだ、40肩とぎっくり腰は、治ったようです。
書斎や寝室、階段に積んであった本の処分に着手したことが、大きな成果です。書斎の床が広くなり、机で書類を広げることができるようになりました。気分が良くなります。まだ半分ですが。

娘の方の孫のうち、女の子は6年生で、もう相手にしてくれません。男の子は3歳を過ぎ、休日に公園に連れて行って遊ばせています。私にとっても、良い運動になります。息子の方の女の子は、ワシントンで、1歳になりました。春に里帰りをしたので、会うことができました。毎週1回、テレビ電話で会うのが楽しみです。

令和7年の回顧2、執筆や講演

2025年12月29日   岡本全勝

執筆や講演が「本業」になりました。まず執筆です。
連載「公共を創る」は、今年も毎月3回、欠かさず掲載できました。1回が400字詰めで17枚、6800字余り。締め切りに追われる日々で、精神衛生によくありません(笑い)。右筆の助けを借りて、書くことができました。
2019年4月から6年半、244回になりました。こんなに長くなるつもりはなかったのですが、書いていると、いろんなことに思いがつながります。新聞などの報道機関が伝えないこと、学者が分析することではないこと、その中間にある官僚が見た事実と評価です。若い人の参考になればと思い、私の経験と考え方を書いています。意外と、そちらの話題の方が受けているようです。読み物としては、その方が面白いのですかね。
来年には完結しそうです。今度は本当です(決意)。

時事通信の「コメントライナー」、今年も5回寄稿しました。報道機関などとは少し異なった視点から、社会を見るようにしています。例えば「英語が国語になる日」。

講演は、今年もたくさんのお呼びがありました。国や自治体の職員研修、東日本大震災の教訓、発展途上国政府向け日本の経験などです。このほか、2年前から、政治・行政学者に官僚経験を話しています。ほぼ毎月呼ばれ、各回2時間、これで29回になりました。56歳の東日本大震災まで来ました。
新聞記者などの取材も、いくつか受けました。大きかったのは、6月8日の読売新聞「あすへの考」「人口減令和の処方箋 地方創生本気で大胆に…」です。

このホームページは、11月6日から12月23日まで不具合が発生し、加筆更新ができませんでした。それ以外は、毎日欠かさずほぼ2本を載せました。カウンターは、503万まで来ました。年初に437万でしたから、延べ66万人の方が見てくださいました。一時、とんでもなく早く上がることがあり、何か変なのですが。ありがとうございます。

令和7年の回顧1、仕事

2025年12月28日   岡本全勝

年末になったので、今年も1年の回顧を始めましょう。第1回は、仕事についてです。

市町村アカデミー学長を、9月末で退任しました。
これで、常勤職を退きました。1978(昭和53)年に23歳で自治省に採用されて以来、47年余りの勤めでした。
いろんな珍しい仕事をさせてもらいました。こんな人生を送るとは、まったく想像していませんでした。神様も予想していなかったのではないでしょうか(苦笑)。ある政治家から「50年に一度の運の悪い官僚」とも言っていただきました。それは、仕事に恵まれた官僚人生でした。
この経験を整理しなければならないのですが、政治・行政学者の方に経験を話す機会を作ってもらっています。いわゆるオーラルヒストリーです。すでに3年、29回にもなりました。これがまとまれば、経験談になります。ありがたいことです。

副業と言っていた「執筆と講演」は相変わらずです。それについては、次回に。

新居20年

2025年12月27日   岡本全勝

11月末に、新居に移って20年が過ぎました。これだけ住むと、新居ではないのですが。
工務店がよい家を建ててくださり、定期検診をしてくださるおかげで、快適に暮らしています。2度も枯らした夏椿は、ここのところ調子よさそうです。

20年と簡単に言いますが、結構長い時間です。子どもの頃育った家は18歳まで住んだのですから、それより長い時間をここで過ごしたということです。いろいろあったのですが、過ぎ去った過去は短く感じます。
勤め人時代は、ほぼ寝に帰るだけと言っても良い生活でした。常勤職を退き、家にいる時間が増えました。といっても、書斎で原稿の締め切りに追われています。書斎というより、工房・作業場ですね。
新居10年」を見ると、「一番の変化は、書斎が本の置き場と化したことです」と書いてあります。これについては、今年の夏から処分を始め、半分くらい進みました。大きな成果です。

大きな変化は、子ども2人が結婚して出ていったことです。娘家族は近くに住んでいるので、孫がしょっちゅう来ています。
もう一つは、ご近所の変化です。高齢者が亡くなり、新しい家が建って、若い方が来られました。子どもが増えました。20年の変化を感じます。