「人生の達人」カテゴリーアーカイブ

仕事の上手な押し付け・ホトトギスの托卵戦術

役所の世界では、しばしば消極的権限争いが起きます。「この仕事は、私たちの所管ではない」といって、課題の処理を押しつけあうことです。小は職員間で、大きくなると部局間や省庁間で、押し付け合いが生じます。
国会で質問が出た場合などに、よく発生します。新しい質問や解決方法が難しい質問の場合に起きます。これまでにあった質問なら、「前例通り」で、所管が決まります。解決方法が明白な場合は、その解決手法を持っている部局が引き受けるからです。まあ、役所だけでなく、企業でも、起きるのでしょうが。

しかし、このような課題の押し付け合いは、方策としては「下策」です。「上策」は、私が「ホトトギス」と呼んでいる方法です。あるやっかいな課題がある場合、そしてそれが自分のところにある場合や、自分のところに来そうな場合に、予防的手段を取るのです。
そうです、ホトトギスのように、卵のうちに、ほかの人の巣に生み付けるのです。「托卵」というそうです。
「やっかいな仕事の卵」を、生み付けられた部局は、勘が鈍いと、その時点では気がつきません。卵がふ化して、やっかいな課題になったときには、時既に遅しです。気がついたとき、「あそこの役所はずるいよな」といっても、後の祭りです。その頃には、ホトトギスは、ほくそ笑んでいるでしょう。「ケケケケ・・」と。もっとも、本物のホトトギスは、「キョキョキョ」と鳴くそうですが。

上手に卵を産み付けて、「足抜け」する人たちを見ていると、その技に感心するとともに、腹が立ちます。また、生み付けられているのに気がつかず、一生懸命子育てをしている人たちを見ると、同情します。「下手やなあ」「お人好しやねえ」と。自分がその立場になっていると気づいたときは、もっと腹が立ちますよね。
でも、神様は、ずるい人と正直な人を、きっと見ていてくださると期待しましょう。あるいは、人様も神様も見ていてくれなくても、世の中のために、球(卵)拾いを続けましょう。日本を良くしようと思って、この職業を選んだのですから。

職場の先輩の効用

古くなりましたが、1月31日の朝日新聞、オピニオン欄は「65歳会社員を考える」でした。小林智明・日本能率協会マネジメントセンター部長の発言から。
・・大半の会社は、高齢者に専門的な仕事を期待していません。営業でも生産技術でも、次々と新しいやり方が出てきます。高齢者が持っているノウハウは、すぐに役に立たなくなってしまう・・
高齢者に求められている資質は何かと問われると、ひとえに「愛嬌」に尽きます。その人がいるだけで場が和やかになり、若手の仕事がはかどって、生産性の向上につながる「潤滑油」の役目です。
例えば、若手が仕事に行き詰まったとき、適切なアドバイスができる、そういう人材です。食事と失敗の回数は負けないはずですから。自分の体験に引きつけて改善策を話すことがでるとか・・
ふだんは存在感が薄くていいんです。いざ、という時に、人間の大きさを感じ取ってもらえれば大成功です。
逆に「俺はあのとき、こうやって契約につなげたんだ」などと自信たっぷりに話したり、説教するのは禁物です・・自慢話や愚痴は、同輩としてください・・

表の作り方、数字を並べる順

説明資料に、表をつけることが、よくあります。文章にして数字を書くより、はるかにわかりやすいです。ところで最近、気がつきました。表にするとしても、合計と各行の、どちらを先に書くかです。
例えば、各県ごとの避難所の数と避難者数を、表にする場合を考えてください。対象となる県が、5県あるとします。通常は、上から5県が並び、最後(6行目)に合計が示されます。
しかし私は、職員に「合計を上に書いてくれ」と指示しています。多くの場合、表は、合計にまず意味があって、次にどの県に多いのかが意味を持ちます。すると、合計の数字を、先に見たいのです。

各県の数字を並べて、合計数字を最後に書くのは、作業の手順からは当然です。若い時に自治省で使っていた用紙は、表側に47都道府県名が北海道から沖縄まで順に並んでいて、一番下に合計欄がありました。当時はパソコンがなかったので、各県ごとに数字を記入し、電卓で合計をだして記入していました。その用紙に限らず、多くの表は、そのようになっています。しかし、それは作業の過程をそのまま表にしたのであって、説明資料とは違います。
明るい係長講座」に、報告をする場合、案をつくることが3分の1、説明資料を作ることが次の3分の1だと書きました。その考えでいうと、5県の数字を欄に記入して合計することが、案をつくること。合計数字を上にした資料を作ることが、説明資料を作ることになります。今まで、気がつきませんでした。
民間企業などでは、「合計を先に書け」としておられる会社も、あるのでしょうね。

報告は紙1枚で・チャーチルの場合

冨田浩司著『危機の指導者チャーチル』(2011年、新潮選書)に、次のような記述があります。チャーチルが第1次大戦中、軍需大臣を務めた頃の話です(p151)。
・・興味深いことは、こうした膨大な課題に取り組みながら、チャーチルが第2次大戦下の首相として採用した仕事のスタイルを開発していった点である。例えば、部下に対して書類での報告を義務付け、しかも報告の内容は必ず1ページ以内に収めるよう命じたことなどは、第2次大戦の予行演習と言っても良い・・

我が意を得たりです。「報告はメモにして、1枚。必要な資料があれば、その後ろにつける」。私のモットーです。『明るい係長講座 初級編
もちろん、首相としてチャーチルが毎日目を通した書類は、膨大なものがありました(例えば同書p252)。私などと比べると、失礼です。

会社をつぶした記者会見

昨日の日本広報学会には、企業の不祥事の際のおわびのプロもおられました。「私もプロですよ」と、少し経験談をお話ししてきました(2007年1月31日の記事)。
そこでお会いした、村上信夫さんの『会社をつぶす経営者の一言―失言考現学』(2010年、中公新書ラクレ)を、紹介します。
この本では、食品の賞味期限偽装、牛肉偽装、自動車の欠陥隠しなど、会社名を出すと、皆さん「そういえば、そのようなことがあったな」と思い出される事件の数々が、紹介されています。その際の不祥事そのものではなく、それが発覚した後の記者会見のまずさを、分析・整理してあります。そして、下手な記者会見=隠したことがばれて会社がつぶれた例と、うまく記者会見をして=できる限り情報を出して早く事件が終息した例が載っています。
「こうすべきだ」といった抽象的な教訓より、実例を読んだ方が、勉強になりますよね。一読をお勧めします。
これだけも豊富な実例が載るということは、それだけ事例が多い、まだ懲りていない、ということでしょうか。なお、会社が起こした事件の実例については、奥村宏著『会社はなぜ事件を繰り返すのか―検証・戦後会社史』(2004年、NTT出版)などがあります。