カテゴリー別アーカイブ: 行政機構

行政-行政機構

国家公務員総数の増加

年末の12月23日に内閣人事局から「令和5年度機構・定員等審査結果」が、公表されました。それによると、組織の新設とともに、新たな業務に対応するため、8,155人が増員されています。他方で業務改革により7,104人が削減され、合計で1,051人の増加です。
過去を遡ると、
令和4年度は1,084人(当初の査定では401人)の増加
令和3年度は399人の増加
令和2年度は287人の削減でした。

地方公務員も増えています。各年4月1日で比較すると、令和4年では前年に比べ3,003人の増加、令和3年では38,641人の増、令和2年では21,367人の増、平成30年では3,793人の増です

行政改革の旗印の下、職員数の削減が続いてきました。しかし、それにも限度があり、他方で新しい業務が増えています。必要なところに必要な人員を配置する。当然のことです。

『行政改革の国際比較』

C・ポリット、G・ブカールト著『行政改革の国際比較 NPMを超えて』(2022年、ミネルヴァ書房)を紹介します。監訳者である縣公一郎、稲継裕昭先生からいただきました。

先進12か国の、1980年代以降の公共マネジメント改革を比較分析したものです。定評ある教科書になっているようです。残念ながら、12か国に、日本は入っていません。
民間企業の経営手法を公共部門に導入し、効率化や国民住民への応答性を高める改革です。ニュー・パブリック・マネジメントと呼ばれました。政治経済において、先進諸国の多くが停滞に見舞われ、サッチャー首相、レーガン大統領、中曽根首相による新自由主義的改革に取り組みました。行政改革は、その一環でした。

日本でも、中曽根行革に続き、1990年代と2000年代にさまざまな行政改革に取り組みました。ちょうど、連載「公共を創る」で書いているところです。連載執筆で行政改革を振り返ろうとしているときに合わせて、このような本が出版されます。ありがたいことです。ふだんは出てきていても、見過ごしているとも言えます。

日本もこのような観点からの行政改革はかなり実行され、成功したと思います。問題は、日本社会の変化はもっと進んでいて、行政改革では対応できない課題となっているのです。

公文書の管理、諸外国との違い

11月26日の日経新聞に「公文書軽視 浮き彫りに 米は職員のメールも管理」が載っていました。森友学園に関する財務省の決裁文書改ざんを巡り、大阪地裁が25日、元国税庁長官への賠償請求を退ける判決を下したことの解説記事です(ネット記事は紙面とは少し異なっているようです)。

・・・改ざん問題を受けて国は2018年、各府省庁に専門部署を設置するといった公文書の監視強化を柱とする再発防止策を取りまとめた。同時に公務員の意識改革を進めようと、新規採用職員に文書管理の方法に関する研修も始めた。
しかし、京都大学の奈良岡聰智教授(日本政治外交史)は「公的な責任を負う組織が文書を保存・公開し、後世に検証できるようにするという意識が日本の社会に根付いていない」と指摘。その証左として欧米との所蔵量の違いや管理を担当する職員数の格差を挙げる。

公文書の所蔵量は書架の長さで比較する。国立公文書館の22年3月時点のまとめでは、日本は69キロメートル。米国の約1500キロ、ドイツやフランスの400キロ台より圧倒的に少なく「所蔵量の多寡は保存対象とする文書の範囲の違いにも起因している」(奈良岡氏)。
日本では公務員個人が職務上発信したメールに重要な内容が書かれていても「私的メモ」と解釈して公文書に含まれていないケースがある。これに対し、米国の連邦記録法は政府職員に原則、職務に関して公用のメールアドレスの利用を義務付け、全ての記録を国が管理すると規定する。

大統領の場合は退任時、在任中の職務に関する記録はメモやメールを含めた全てを国立公文書記録管理局に提出するよう大統領記録法で定められている。英国に目を向ければ、二大政党(保守党、労働党)の党運営に関わる文書についても行政文書に準じる形で自主的に保存・公開している。

公文書を管理する機関の職員数も、米国が約2750人、欧州諸国は500~600人台だが、日本は約200人にとどまる・・・

アメリカ政府への信頼度の低下

11月18日の日経新聞経済教室は、渡辺靖・慶応義塾大学教授の「トランプ氏前面に反発強く 中間選挙後の米国」でした。
今回のアメリカの中間選挙については、共和党の大勝利という事前予測が外れました。その点についてはたくさんの評論がなされています。この記事で注目したのは、それとは別の、政府への信頼度の低下です。記事に1958年から2022年までのアメリカ政府への信頼度が図になって載っています。
当初70%を超えていた信頼度は、60年代と70年代に急速に低下し、20%台になります。80年代は40%台に復活しましたが、90年代初頭には19%に低下します。2000年初めに54%に急上昇しますが、その後低下して現在は20%程度です。
この要因には、政治や行政の要因だけでなく、アメリカ経済や国力の好不調があると思われますが、大きな問題です。日本も同様なことが指摘できるでしょう。

・・・もっとも、米国の歴史は分断と対立の歴史であり、合衆国憲法の前文に記された「より完全な連邦」は一度も実現したことがない。独立や憲法制定を巡っても激しい政争があった。さらに言えば、建国の指導者らは三権を分立し、さらに議会を二院に分割し、州の権利を拡大することで、いわば分断や対立を意図的にビルトインしたともいえる。「決められない政治」によって権力者や世論の暴走を防ごうとしたわけだ。
ただ、だからといって、今日の状況を「よくある話」と片付けてよいとは思えない。例えば公民権運動やベトナム反戦が盛んだった1960年代は騒乱の時代でもあったが、政府への信頼度は高く、64年には77%を記録している。その後、01年の米同時テロなどの有事の時期を除き、総じて右肩下がりを続け、近年は20%前後の歴史的低水準にとどまっている。

長年、米政治をけん引してきた民主・共和両党の主流派(中道派)は信用を失い、「反ワシントン」を掲げるアウトサイダー候補が「変革」の担い手として待望されるようになった。この点はオバマ氏もトランプ氏も同じで、いわば政治不信の時代の産物といえる。「国民の和合」を求めたオバマ氏の試みは挫折し、国民を「我々」と「やつら」に分けたトランプ氏の試みは分断を加速させた。
コロナ禍のような国民の生命(いのち)と財産(くらし)を脅かす国家的危機を前にしてもワシントンが求心力を取り戻すことはなかった。民主党では左バネ、共和党では右バネが強まるなど、主流派と争うポピュリズム(反エリート主義)が遠心力を増し、両党のアイデンティティーを揺さぶっている。米国が分断と対立を繰り返してきたことは確かだが、近年の状況は質的により深刻に思える。
バイデン氏は半世紀にわたり国政に携わり、ワシントン政治を熟知している大統領だ。同氏がどこまで政治に対する信用や主流派の求心力を回復できるか・・・

新設官庁での民間人登用

11月7日の日経新聞「My Purpose 政治を「じぶんごと」に」は、「令和生まれの官庁 新しい課題「解決型」で挑む」でした。
・・・デジタル庁、こども家庭庁、内閣感染症危機管理統括庁(仮称)――。元号が令和になって以降、新しい官庁の発足が相次ぐ。具体的な問題の解決を掲げた「ミッション志向」は、そこに活躍の場を見いだそうとする民間人材を引き寄せている・・・
内閣官房こども家庭庁設立準備室で参事官補佐を務める花房さんは保育大手ポピンズで働いていて、職員公募に手を上げて採用されました。総務省からデジタル庁立ち上げに関わった後、企業に転じた例も取り上げられています。

ここに見ることができるのは、職員の官民交流とともに、新官庁での民間出身者の採用です。デジタル庁、子ども家庭庁などは、明確な任務を持った組織です。そこでは、途中採用の人も明確な役割を与えられ、自分のしたいことやできることが明確でしょう。だから、転職しやすいと思います。
他方で、伝統的官庁での、職員の頻繁な人事異動、専門家を育てず何でもできる幹部を養成する仕組みが、技能を身に付けにくい、働きがいのない職場をつくっています。

そして、このような任務が明確な官庁がつくられることには、従来型の役所の分割が限界に来ているようにも思えます。先に「子ども政策、先行く自治体」で書いたことです。