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社会

洋書の背文字

気になっていたことを、インターネットで調べました。
アルファベットは、縦書きの際にどのように書くのが正しいのか。そして、アラビア語の場合は、どうするのか。

日本語や中国語は、縦書きも横書きもできます。本格的な書物は縦書きだと教えてもらいましたが、仕事などでは横書きも多いです。その場合は左から右へと書きますが、扁額などは右から左です。これは実は縦書きで、各行が1文字という設定なのです。

アルファベットは、横書きで、左から右へ書きます。では、本の背表紙のように、縦に文字を並べる場合はどうするか。インターネットでいろいろ探したら、次のページを見つけました。
本棚に立てられた洋書の背文字は読みにくい」。かなり研究しておられると、見受けました。

アルファベットの場合、縦書きはないようで、横書きを90度傾けるのです。その場合に、上から下へ書くのか(書き下げ)、下から上に書くのか(書き上げ)。どちらもあるようです。本屋に行くと、首を右に傾けたり、左に傾けることになります。その点、日本語の縦書きは、優れものです。
アルファベットの本でも、古いものは横書きがあるようです。幅がないと、たくさんの文字は入れることができません。このことについても、解説されています。読むとなるほどと思います。
ちなみに、私の本棚を見ると、Enid Welsford著『The Fool: His Social and Literary History』(1935年、London)は横書き、Michael Sandel 著『Public Philosophy』(2005年、USA)は書き下げでした。

で、アラビア文字です。アラビア文字は、右から左への横書きです。これを、本の背表紙にはどう書くか。90度左へ傾け、上から下へと書く(書き下げ)とのことです。

ユーチューブ、問題ある投稿を削除する作業

4月21日の日経新聞「未来に挑む」インタビュー、スーザン・ウォジスキ、ユーチューブCEOの「ネットの暗部技術で克服」から。

「動画共有サイト「ユーチューブ」は2005年にシリコンバレーで誕生した。06年に米グーグル傘下に入り世界規模で事業を拡大し、テレビに取って代わるほどの巨大動画サービスになった。一方、不正投稿の拡散で批判も浴びることもある。先端のテクノロジーの役割、その担い手である企業の責任についてスーザン・ウォジスキ最高経営責任者(CEO)に聞いた。」

・・・社会的な責任は私が今年最も力を注ぐ事項だ。私たちにはコミュニティー規範があり、アダルトコンテンツのようにユーチューブでは許されないものを明示している。常に各国の法規を追っているが、それでもヘイトや暴力、ドラッグなどは最新の規範が求められる。昨年だけで規範は30回以上変えた。
毎分500時間分の動画が投稿され、管理するには人と人工知能(AI)の組み合わせが欠かせない。18年には議論を呼びそうな投稿をチェックする要員として1万人を雇った。AIがこうした投稿の発見にとても有効なことも分かってきた。18年10~12月は800万もの動画を削除し、70%はAIによるものだ。大半は誰も視聴しないうちに削除している・・・

・・・ネットで社会が変わることは担い手である企業の責任と裏腹だ。いつの時代でも課題はある。最善のやり方は私たちがテクノロジーをよい方向に使うことを理解し、正しく適用すること。そしてオープンな視点を持ち、どんな課題にも対処することだ・・・

方言、平成の変化

4月9日の読売新聞解説欄に、「方言 楽しみ、敬語 平等化…日本語 平成時代の変化」が載っていました。井上史雄・東京外大名誉教授へのインタビューです。詳しくは原文をお読みいただくとして。

「方言はどう変わったか」という問に。
・・・社会的地位が上昇した。方言を楽しみ、大切にしようという意識が高まった。明治期以降、国語の統一を目指す動きの中、方言は「撲滅」すべき対象だった。戦後も、方言コンプレックスは続いたが、方言を記録する研究や方言を記した土産物などが目立つ「記述」の時代だった。そして平成は「娯楽」の時代と言える。「おいでませ山口へ」のような標語が定着、テレビドラマからの「じぇじぇじぇ」といった流行語、街角の広告も目立った。地方文化の再評価も背景にある・・・
記事には、その変化が表になっています。わかりやすいです。

他方で、地方でも共通語を話す人が増えています。
私が特に感じるのは、テレビでのインタビューです。鹿児島や沖縄で多くの人が、共通語で答えます。私が若い頃に行った鹿児島や沖縄では、皆さんが単語は共通語であっても、はっきりと共通語とは違うイントネーションとアクセントで話していました。

この点について先生は、次のように話しておられます。
・・・全体としては平成の間、方言は衰退した。方言に誇りを持っていた関西でも、若い人は共通語を使うようになった。共通語の使用者数は、終戦後は1割程度、昭和後期で5割程度、平成期は9割程度とみられる。国民の大半が共通語を使うようになる大転換があったのだ。テレビなどメディアの影響が大きい・・・

私は、物心がついて以来、関西標準語を話しています。
NHKのアナウンサーが「変なアクセント」を使う度に、テレビに向かって指導しています。良く出てくるのは、天気予報の「雨」です。関西の「雨」とNHKアナウンサーの「雨」は、別の言葉です。
最近5歳になった孫が、時に「きれいな関西弁」を使ってくれます。「じいちゃん、××やで~」。文字ではうまく表示できないのが残念です。
母親やおばあちゃんであるキョーコさんとは、共通語を使っているようですから、子供の言葉の能力は素晴らしいものがあります。小学校に行ったら、忘れるでしょうね。
4月12日の読売新聞夕刊に載ったインタビューも、関西弁で話していると指摘を受けましたが、私はどの部分がそうなのかよくわかりません。たぶん「・・・安心なんや」とか「・・いかんな」の部分でしょうか。

平成は悪い時代だったか。

NHKの世論調査です。4月8日掲載。
「平成」という時代に、日本の社会は、よい方向に向かったと思うか聞いたところ、「よい方向に向かった」が19%、「悪い方向に向かった」が18%、「どちらともいえない」が60%でした。

平成という時代がどのような時代であったかは、もう少し時間が経つ必要があるのでしょう。
識者やマスコミが平成時代を振り返る企画をたくさんやっていますが、「停滞の時代」「混乱の時代」出会ったという評価が多いようです。
それは、昭和(特に後期)の経済成長に比べての認識だと思います。たしかに、ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれた時代に比べると、経済成長が低下し、中国に抜かれるなど、停滞の時代に入ったことは間違いありません。
他方で、治安が良く、安全安心できる社会は、健在です。そして、大震災の際の助け合いや、ボランティア・NPOの貢献など新しい共助も大きくなっています。格差が広がっていますが、諸外国に比べるとまだましなようです。すると、まだまだ日本は捨てたものではありません。
世論調査の「良いと悪いが拮抗している」結果は、国民の多くが、「悪かった」という判断をしていないことだと思います。

もっとも、平成が良い時代であったかどうかは、今後の日本の状態によります。
すなわち、とてもひどい状態になったら、「あのころは、まだましだったなあ」と思われるでしょう。もっとも、「平成の時代に、改革に遅れたからこんな状態になったんだ」と批判されることもあり得ます。
良い状態になって、その基礎を平成時代が準備したなら、「平成の苦労が良かった」と評価されるでしょう。

現代の宗教事情3、日本は宗教に寛容か

現代の宗教事情2」の続きです。

「日本人は他宗教に寛容なのか」(P203~)に、興味深い指摘があります。「日本人は多神教なので、排他的な一神教に比べ寛容、平和である」という通説が、覆されています。世界価値観調査によると、次のようになっています。

他宗教の信者も道徳的であるは、アメリカ80%、ブラジル79%、インド61%、中国14%、日本13%です。
他宗教の信者と隣人になりたくないは、アメリカ3%、ブラジル3%、インド28%、中国9%、日本33%。
移民・外国人労働者と隣人になりたくないは、アメリカ14%、ブラジル3%、インド47%、中国12%、日本36%です。

日本は、他宗教にとても不寛容です。そして、他宗教や移民に対しても、嫌悪度が高いのです。
日本は信頼の高い社会と言われていましたが、それは「身内」には親切ですが、「ソトの人」には冷たい社会でした(山岸俊男著『信頼の構造』1998年、東大出版会)。