投稿者アーカイブ:岡本全勝

伊勢神宮、色がついている

2014年8月13日   岡本全勝

先月、キョーコさんのお供をして、伊勢神宮に行きました。昨年、遷宮があって、まだまだ参拝客で賑わっています。私は何度も行っているのですが、今回勉強になったことがあります。外宮入り口に「せんぐう館」という展示施設ができています。わかりやすい展示です。というか、神宮の中には解説の立て札もなければ、そもそも社殿に近づけません。格式高い神社ですからね。外宮の正殿の原寸の模型(東側4分の1分)があり、私たちが近づくことのできない正殿の造りがわかります。そして、係員による、詳しい説明があるのです。正殿は神様が暮らしておられるので、屋根には上ってはいけないのだそうです。そして、20年間補修せずにおくと、茅が朽ちるので、立て替えます。というか、20年間持つだけの分厚さがあります。屋根以外は、掃除はするのだそうです。
さて驚きは、欄干の擬宝珠に色がついているのです。この写真で、少しわかりますかね。銅板の上に特殊な技術で色を付けるのだそうです。五色です。神宮では古来の伝統を守っている、日本の神道は質素であると信じていた私には、衝撃でした。奈良時代に、このような飾りを付けたようです。当時としては最先端の技術で、神様を喜ばせたのだそうです。伊勢出身の某人にこの話をしたら、彼は子どもの時に、お白石持に参加して、正殿を間近に見たそうです。

被災地に人材を送る。スターティングオーバー三陸

2014年8月12日   岡本全勝

藤沢烈さんが、ブログで、「スターティングオーバー三陸」を紹介しています。求人紹介会社のリクルートが、三陸で働く人向けの求人サイトを立ち上げました。
三陸での仕事の紹介です。ホームページを読んでいただくと、単なる求人や支援でなく、ここで働くことがどのような意義を持つのかが説明してあります。藤沢さんのほか、編み物事業を興した女性、横浜からパン屋さんに行った男性などの発言が紹介されています。
釜石市役所の石井重成さんの発言から。
・・行政、市民、NPO。それぞれにやりたいことがあるのですが、なかなか進まない。お互いの状況や背景を理解して連携していくための、コミュニケーションの隙間を埋める調整役が必要だと考えました。そこで、総務省の復興支援員制度を活用した、釜石リージョナルコーディネーター(釜援隊)を全国から募集し、立ち上げたのです・・
・・釜石市では企業1社だけでは解決できないような大きい社会課題に取り組むことになる。元に戻すという復旧・復興事業だけではなく、少子高齢化の問題や、人の人生そのものに関わることの難しさ。そうった解のない問題に向き合い続けることで、人間としても大きく成長することができる。私もこちらに来てから、コンサルタント時代の倍以上、頭と身体を使っている気がします・・
被災地、そして日本の地方、特に僻地であり中山間地域では、具体の課題が目の前にあります。そこで働くと、東京や日本全体を相手に仕事をするのと違い、自分の仕事が「見える」のです。これは、復興庁で働いている公務員や、地元に支援に入っている公務員にも共通します。
他方で、域外から入って働く職員は、地元の自治体や企業、地域社会に、新しい刺激を持ち込んでくれます。もちろん、課題は簡単に片付くものではなく、「よそ者」が働くことの難しさもあります。しかし、それが社会に貢献しながら働くことの意義です。楽をして得られることは少ないです。
9月に東京で説明会があります。(税金を使った)行政による支援でなく、このように民間の事業として(無償支援でなく)行われることは、ありがたいです。うまく行くと、長続きします。
行政も、被災市町村にたくさんの人を応援に送っていますが、これは公的な復興に関してです。税金でまかなっているので、送る範囲や仕事の内容には限りがあります。そして、あくまで復興です。地域が自律的発展をするためには、産業復興が必要です。
なお、スターティング・オーバーとは、「再出発」「新しい旅立ち」という意味のようです。

牛乳を使った和食

2014年8月12日   岡本全勝

「乳和食(ニュー・ワショク)」って、ご存じですか。簡単に言うと、牛乳を使った和食です。このページをご覧ください。ポイントは、「減塩だけど美味しい、カルシウムもしっかり摂取」だそうです。詳しく知りたい方には、こんな本もあります。森重樹 ・農水省牛乳乳製品課長から、「宣伝せよ」との指示です。森課長は、今年の春まで復興庁で苦労した仲間です
なお、我がふるさと飛鳥には、牛乳を使った「飛鳥鍋」があります。すみません、私は食べたことがありません。

被災者支援のNPO、2

2014年8月11日   岡本全勝

2つめは、「震災復興における支援アプローチ調査」です。
被災して、なくなった町を復興するには、道路をつくり家を建てただけでは、町の暮らしは復興しません。住民達が自らどのような町を作るか考え合意する必要があります。国や県が街並みを作って「はい、できました。入居してください」と言えば簡単でしょうが、それでは住民は満足しません。施設に入ってもらうのではないのです。
そこには、住民による合意形成の過程と、できあがった町の運営があります。自分たちの町か、あてがいぶちの施設かの違いです。町はできあがった建物(写真に写るモノ)ではなく、暮らしている住民が作り続けるプロセス(住民の活動)です。
・・復興とは、被災した人々が失った力を取り戻し、自らの手で新しい日常をつくりなおしていくプロセスである。支援者は支援者でしかなく、復興は住民自身の手によって成し遂げられる必要がある。本調査ではこうした前提に立ち、震災から3年目を迎えいよいよ本格化する東日本大震災の被災地において、復興への支援アプローチがいかにあるべきかという観点から行ったもので、住民の合意形成組織を対象に実施した。
「復興まちづくり」という概念は、ともすればハードの設計と建設、あるいはスピードとボリュームだけが注目される「まちの再建」に、議論と合意形成による住民参加のプロセスをより色濃く意味づけたものである・・(p3)
阪神・淡路大震災時の経験を活かした、調査です。
調査対象の6か所ごとに、住民組織の範囲やありようも違います。また、これらに特徴的なのが、NPOや大学などの団体や復興支援員が、支援に入っていることです。住民の意思が必要ですが、それだけを待っていては、うまくいきません。市町村がどのような支援をするか、支援団体や支援員がどのような支援をするか。よい事例を積み上げ、その他の地域に展開することが重要です。
これらの調査結果と報告された課題を、どのように解決していくか。国が法律を作ったり通達を出せば解決する問題ではありません。地元自治体や町内会にこの問題を認識してもらい、NPOの力も借りて解決していきます。
ダイバーシティ研究所、3県の連携復興センター、そして支援してくださった日本財団に、お礼を申し上げます。

国会の機能不全

2014年8月11日   岡本全勝

日経新聞経済教室「問われる政策決定」、7月28日は、野中尚人・学習院大学教授の「突破型政治にもろさ。機能しない国会、元凶。本来の議院内閣制の姿に」でした(古くてすみません)。
・・もう1つの問題は国会の形骸化である。国家・社会が守るべき重大なルールは、合議制の国民代表機関たる国会が熟慮し適切な手続きを経て決定する。それが法律であり、民主主義の基本中の基本である。それなのに国会は何の役割も果たしていないではないか、という疑義である。
筆者の言葉でいえば、日本の国会の最大の特徴は「外向けに強すぎる国会」と「極端に形骸化して内実を失った国会」との組み合わせである。英仏などと比べた場合、10倍を超える長時間の国会拘束問題は、強すぎる国会を象徴している。他方で、1年間でわずか60時間程度という本会議の審議時間は、主要国の20分の1程度という驚くべき貧弱さに陥っている。
これが、1955年の保守合同以来の55年体制のもとでガラパゴス化した日本の国会システムが抱え込んだ深刻なパラドックスである。しかも長らく政府・与党の決定を追認するだけの「ラバースタンプ(ゴム印)」と揶揄され続けた参議院が、実は政府と衆議院の多数派をマヒさせかねないほどの潜在的な権限を持つこととも連動しつつ、日本の政治に破壊的な影響を与えてきたのである・・

・・前述のパラドックスを解く鍵として、ここでは与党による事前審査制の問題を考えてみよう。他国ではこの仕組みはほぼ絶無だということを、まず想起してほしい。
結論からいえば、与党事前審査は外向けに強すぎる国会と国会内部での合意主義がもたらした。戦後国会は、国権の最高機関として政府からの介入を一切排除する仕組みを獲得した。逆に政府の側から見ると、議会との緊密な連携を重要な柱とするはずの議院内閣制にもかかわらず、政府はその基本的な道具立てを徹底的に奪われたのである。
しかも国会の内部では、合意重視の慣行が積み上がり、「多数派=与党」の主導権には大きな制約がかかってきた。これらの条件のもとでは立法作業を進めたい政府官僚は深刻な困難に直面する。
さらに、後に族議員と呼ばれるようになる自民党議員の自己主張が強まってくると、政府が国会での立法活動を全く制御できなくなるのは当然の帰結であった。早くも60年代の初頭、いくつかの重要な政府法案が自民党の反対で廃案となったとき、これは現実の悪夢となったのである。
国会という自らにとって極めて不利な土俵から「逃げ出したい」官僚と、説明責任を避けつつ与党のうまみを独占し続けたい自民党は、こうして実質的な政策・利害の調整を与党での事前審査へと移したのである。必然的に、国会での審議・討論は野党による政府批判・追求という面に偏ることになった。本来の意味での与党の役割が事実上国会から消滅したからである。
こうした政府立法や予算が国会前の与党審査段階で実質的な作業を終えた後、衆議院段階では専ら野党の反対をいかに乗り切るかという駆け引きが展開され、それも終わった参議院では、形式的な審査だけが残されることになった・・
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