東京都の人口増は外国人によるもの

11月12日付け日経新聞「地方創生空転10年、深まる国依存 分配ありき、成長と逆行 かすむ分権」には、東京一極集中について、次のような指摘もあります。
2019年までは東京都の人口増が10万人程度で、その7割が日本人でした。ところが、2023年には7万人増えているのですが、その9割以上が外国人なのです。

日本人だけ見ると、ほとんど増えていません。地方からの転入が11万人もあるのに増えていないということは、自然減との相殺でしょうか。

市町村職員研修機関所長会議で講演

今日の午前は、市町村職員中央研修所で開かれていた、市町村職員研修機関所長会議で講演をしました。
表題は「電子化が変える役所の流儀」です。デジタル変革や人工知能が入ってくることで、役所の仕事が変わることを整理して話しました。

「ルンバ問題(効果)」という言葉を知っていますか。業務を電子化しようとすると、まずはその業務を電子化しやすいように合理化する必要があることです。ルンバ(自動掃除機)を入れようとすると、まずは床の上を片付けないと、ルンバは動けないのです。
また、機械の導入によって便利になりますが、良い面ばかりではありません。この変化は進行中であり、日に日に変わっていきます。それをどう捉えるかが、私の問題意識です。日頃考えていることをお話しして、皆さんの意見を聞きました。

あわせて、社会での電子化の影響も、お話ししました。有名な経済学者のケインズは約100年前(1930年)に、「100年後は、一日3時間労働ですむようになるだろう」と話しました。大外れです。
かつてより、現代人は忙しくなっています。機械が人に代わって仕事をしてくれるはずが、人は機械に使われています。
スマートフォンを持つようになって、人は常に「つながり」「つながれ」て、緊張状態に置かれています。休日でも夜でも、メールが来て仕事が入ります。朝起きても、歩いていても、電車の中でも、布団の中でも、スマートフォンを見ている人がいます。「スマホ疲れ」「つながらない権利」が話題になっています。
参加者にも、共感してもらえたようです。

地方創生10年の評価

地方創生が始まって10年になります。6月に、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局と内閣府地方創生推進事務局が、「地方創生10年の取組と今後の推進方向」をまとめています。
そこでは、「地域によっては人口増加等をしているところもあり、この中には地方創生の取組の成果と言えるものが一定数あると評価できる。
しかしながら、国全体で見たときに人口減少や東京圏への一極集中などの大きな流れを変えるには至っておらず、地方が厳しい状況にあることを重く受け止める必要」と要約しています。

一方、11月12日付けの日経新聞が「地方創生空転10年、深まる国依存 分配ありき、成長と逆行 かすむ分権」が、数値を示して簡潔に評価をしています。
・・・安倍政権が地方創生を掲げて10年。人口減や少子化はむしろ加速し、成長は鈍った。この間、政府が配るお金に自治体が群がる構図が定着した。コロナ危機も経て進んだのは地方の自立ではなく国への依存だった。中央省庁の権限や財源を移譲する分権の理念はかすみ、伸び悩む税収を自治体間で奪い合う不毛な光景ばかりが広がる・・・
そこに、目指した将来像と現実との比較が図で載っています。
合計特殊出生率は、10年前(2014年)では1.42で、めざしたのは1.8でした。2023年では1.2です。
東京圏の転出入は、2014年では10.9万人の転入超過で、均衡を目指しましたが、2023年では11.5万人の転入超過です。
実質成長率は、2013年までの10年間平均は0.7%で、1.5~2%を目指しましたが、2023年までの10年間平均は0.5%でした。

連載「公共を創る」第204回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第204回「政府の役割の再定義ーうまくいっていない「政治主導」」が、発行されました。
第199回から、政治主導の在り方を議論しています。今回から、これまでの実績を振り返り、改革が意図通りになった点とうまくいっていない点を議論します。まず、「政治家と官僚の役割分担」を説明します。

目指した政治主導は、単純なことでした。政治家は期待される本来の仕事をし、官僚も自らの役割を果たす、ということです。官僚が政策のお膳立てをし、首相と閣僚はそれに乗っかるのではなく、首相や大臣が政策立案を主導する、官僚はそれを補佐し、決められた政策を実行するというものです。政と官の役割分担の明確化、適正化です。
省庁改革が2001年に実行されてから、ほぼ四半世紀が経た ちました。政治主導は実現したでしょうか。まだ道半ばでしょう。その理由は、政府が社会の課題に対して適切な政策を打てていないという現状があり、それは政治家と官僚が十分に務めを果たしていないからだと思われるからです

これまでの運用を振り返ると、その問題は三つに分類するとよいと、私は考えています。一つは、政治家と官僚の役割分担が、うまくいっていないことです。次に、政治家が政治主導を使い切れていないことです。そして3番目は、政治家と官僚の意思疎通がうまくいっていないことです。

2009年に政権についた当時の民主党は、政治主導を徹底するとして「脱・官僚主義」「脱官僚」を掲げました。政策決定は政務三役が行い、官僚は政務三役が行った決定を執行するものとしましたた。しかし、すぐに行き詰まり、民主党政権の失敗の一つと記憶されました。
政務三役が政策の方向を決め、官僚に実施を指示することは、それ自体が間違ったことではありません。しかし、すべての政策を政務三役が理解し、判断することは無理なのです。

日本人女性の声は「世界一高い」?

10月25日の朝日新聞「日本人女性の声は「世界一高い」?」から。

・・・海外の映画やニュースを見ていつも思うのは、女性の声の低さです。翻って日本では、細く高い声の人が多い印象です。「世界一高い」と言う専門家もいます。「声は社会の産物」と指摘する音声認知の専門家、山崎広子さんに、その意味を聞きました。

日本人女性の話す声は、確かに世界で最も高音の部類です。体格で言えば本来、身長160センチほどの成人女性なら地声は220~260Hz、ピアノなら真ん中のラ~ドあたりが自然ですが、日本の多くの女性は300~350Hz、場合によっては1オクターブ近く上の声を出している。これはほぼ裏声です。

本来もっと低い声のはずの人まで、なぜそんな甲高い、のどを絞った風な発声をするのか。社会が、もっとはっきり言えば男性が、それを暗黙裏に求めているからです。
高い声は、生物の共通認識として「体が小さい」を表します。子どもは声帯も声道も短いから声が高い。つまり高い声は、未熟、弱い、可愛い、保護対象といったイメージと結びつく。日本の女性は、そう自分を見せねばと、無意識に刷り込まれてきたと言えます・・・