岡本全勝 のすべての投稿

お詫び・HPの復旧状況

と言っていたら、12月の引っ越しの際にパソコンが壊れ、データが失われました。ほぼ復旧できましたが、まだおかしいところがあります。「2 地方財政」「5 下宿人のページ」のリンクは、まだ混乱しています。ページの表題は「××002002」とさらに数字がついたページがあります。

三位一体改革64

NHKニュースによると、「全国知事会は、いわゆる三位一体の改革をめぐって、24日、幹部が緊急の会議を開き、焦点となっている生活保護の取り扱いについて、厚生労働省が国の負担割合を減らすという今の案を撤回しなければ、町や村が都道府県を通じて行っている生活保護を受ける人数や世帯数などの国への報告を取り止めることなどを決めました」。
24日の日経新聞1面「改革もう一押し、05年体制への試金石2」は、三位一体改革を取り上げていました。論点として「族議員を根絶するため、補助金削減は徹底的に」「中央省庁だけでなく、地方自治体もリストラ」「国と地方の役割分担の見直しも必要」を掲げています。
「国のお仕着せでなく、自治体が自身の判断で予算を使えるようになれば、創意工夫の余地が広がる。補助金配分に口を出すことで利権を得てきた族議員の息の根を止めるためにも欠かせない改革だ」「生活保護費の補助削減に反対する地方側は、新規の受給者に関する事務を国に返上する構えだ。5年前に中途半端に終わった国と地方の関係を見直す絶好の機会だが、目先のつじつま合わせで手いっぱいの政府・与党内にそういう声はほとんどない」。
読売新聞は、23日には「生活保護費調整大詰め。地方側、強硬姿勢崩さず」を、24日には「埋まらぬ地方との溝。今週末に最終調整」を書いていました。その中で、生活保護費国庫負担率引き下げ、施設整備費の地方移譲、中学校教職員給与分の地方移譲、の3点の対立を表にして解説していました。
毎日新聞23日は「生活保護費削減で対立。厚労省、官邸からノルマ。自治体、分権効果は乏しく」「国・地方の役割論議、不在」を、24日には「三位一体改革、調整大詰め。生活保護費対象除外も」を書いていました。東京新聞は24日に「月内決着へ調整加速。生活保護、義務教育深い溝」を書いていました。(11月24日)
生活保護費を巡る議論が続いています。25日の朝日新聞は「安倍氏、試練の調整役。期限目前、閣内も対立」を解説していました。補助金廃止がどれだけ日本の政治に深く関わっているかが、よくわかります。
それだけに、よくここまで進んだと思います。これまでの日本の政治と行政なら、ちっとも進まなかったでしょう。総理・官房長官・関係大臣の政治主導を期待しましょう。政治家が「日本の政治と社会を変えるのだ」という気概を持つのか、官僚に丸め込まれるのかの分岐点です。(11月25日)
28日の日経新聞「義務教育費国庫負担、私の考え4」は、苅谷剛彦東大教授でした。教授は、国庫負担制度維持を主張されています。そして、負担金制度を廃止した場合の問題を指摘した後に、次のように述べておられます。
「それ以上に心配なのは、文科省の役割変化の可能性だ、財源保障の役割が縮小すれば、残る国の仕事は、『評価』になる。・・評価を通じて教育をコントロールする仕組みへと変ぼうを遂げる可能性である・・」。
うーん、私は、国庫負担金という「投入量」による評価・担保より、教育の成果という「成果」による評価の方が重要だし、必要だと思うのですが。
また、この主張では、文科省は「お金を配る省」ということになりますよね。
何人もの記者さんが、三位一体改革の決着を心配して、話しに来てくださいます。本当に、どうなるのでしょうかねえ。小泉改革政権の真価が問われている、と思うのですが。(11月28日)
(評価の基準)
何人かの記者さんが来て、結末の予想と評価を議論しました。どのような結果になるかは、現時点ではわからないので、それを前提にした評価です。
彼らの主張は、「一番の分かれ道は、生活保護が補助金削減の対象となるかどうかである」とのことです。地方団体は、「生活保護は絶対に認められない」と主張しています。それを含めるようでは、地方団体は三位一体の結論を評価できず、いえ受け入れることも拒否するでしょう。
分権の視点からは、全体像について「多分、良い評価はできないでしょう」とのことです。すなわち、4兆円の補助金廃止がなされたとしても、地方の自由度を高めたものは非常に少ない。公立保育園補助金くらいであり、あとの義務教育関係(共済長期など)は地方の自由度は高まらない。ただし、「3兆円の税源移譲が行われれば、歴史的には画期的なこと。対象補助金について問題があるとしても、進んだことを評価しよう」「第二期につなげることができれば。次があるから」。
次に、政治過程としての評価です。
「総理や官房長官の指導力が、どう発揮されるか」。これが、国と地方との綱引き以上に、今回の焦点だと、何人かは指摘しています。党や霞が関で議論していると、補助金廃止は進まない。官邸から視界1キロメートルの望遠鏡では、判断を誤る。政治家には、日本国・社会を見渡す望遠鏡が必要である。また、5年や10年後を見通す望遠鏡が必要である。その望遠鏡で見れば、自ずと結論が出るはずだ。
国と地方のせめぎ合いとか、政治家の争い(政局)としてみると、この問題の大きさ、意義深さを見誤る。自民党の支持団体を切り捨ててでも、改革を進めることを示したのが、9月11日の総選挙であった。族議員と官僚に任せていては、補助金廃止・分権改革は進まない。総理の政治主導が不可欠である。去年は、総理はみすみす、それを示すチャンスを見逃された。今回の結論(その際の政治判断)は、日本の政治が大きく変わる分かれ道である。というのが、多くの記者さんの見立てです。
変な結論が出て、地方が三位一体議論そのものを「蹴飛ばしたら」どうなるか。これについては、「喜ぶのは、各省と財務省である。補助金を守ることができ、分権改革を止めることができるのだから」とのことです。(11月29日)

日本青年館清渓セミナー

今日は、日本青年館清渓セミナーに行ってきました。講演とパネルとに出演しました。パネルは、福岡政行立命館大学客員教授と穂坂邦夫前志木市長とでした。観客は主に市町村議員で、150人ほどの方が熱心に聞いてくださいました。数字や事実を基に、私の日頃の考えを主張してきました。皆さん熱心なので、ついつい調子に乗って、厳しいことをしゃべりました。申し訳ありません。でも、これが事実なのです。

三位一体改革63

13日の読売新聞に、全面広告が載っていました。「日本の教育改革を進めるためにも、義務教育費国庫負担制度は絶対必要です」という内容で、全国の教育長・小中高学校長と日教組などがスポンサーです。
去年もこんな広告がありました(10月27日31日)。私の知る限りでは、読売新聞だけに載っています。何か意図があるのでしょうか。でも、この広告って、理解者を増やしているのでしょうか。
文部科学省・教育委員会・学校長と、日教組が「同盟軍」であることは、去年も指摘しました。労働組合もまた、税金(補助金)配分に連なる「業界」でした。文科省と日教組って、何を対立していたんですかね。
学校長や教育委員会も、「私たちに任せてくれれば、良い教育をして見せます」と主張してほしいですね。「私たちは文科省の決めたことを実行する方が良いです」ですという主張は、情けないです。でも、ここまで言わせるようにした文科省の管理「教育」は、成功したと言うことですね。
「国庫負担金を一般財源化したら、各県ごとにこれだけも財源に差がつきますよ」という表がついていました。でも、現在だって負担金は、必要額の2分の1しか交付されていません。正確には3分の1以下になっています。でも、各県ごとに差がついていないんですよね。それは、交付税制度があるからです。ずるいですよね。この主張を貫くなら、「現在でも2分の1は一般財源化されていて、その分は各県ごとに差がついています」「2分の1の負担金をなくすと、現在の格差が2倍に広がります」と証明すべきでしょう。こんな主張では、算数の先生としては失格ですね。お金の話もいいですが、教育の荒廃についても広告を出してほしいです。その際には要求だけでなく、「私たちの責任」という視点もお願いします。(11月15日)
16日の読売新聞「論点」では、小西砂千夫関西学院大学教授が「交付税制度の再生、地方税での負担増も必要」を書いておられました。
朝日新聞社説は「三位一体改革、いま生活保護は無理だ」でした。「安倍官房長官から7省で6300億円の補助負担金の削減を求められたのに、合計で約300億円の答えを返したのだ。自分たちの所管分は削れないという相も変わらぬ霞が関流である。全国知事会など地方6団体が『官房長官の指示が守られないことは誠に驚くべきこと』と反発するのも当然である」
「しかし、私たちは、この段階で生活保護の負担金削減を『残り6千億円』の中に押し込むべきではないと考える。 理由の一つは、自治体が『生活保護は国の責任だ』として、そろって負担金削減に反対していることである。削減が強行されれば、政府への信頼が揺らぎ、福祉の現場で混乱が起きかねない。もう一つは、生活保護の場合、税源を自治体に移しても、自治体の裁量の余地が少ないことである。自治体側が厚労省に税源移譲を求めている在宅福祉や子育て支援などの方が裁量は広がる。
厚労省はまず、自治体の裁量が広がるものから、税源や権限を自治体に渡すべきだ。そうすることで、自治体が地域にあわせた工夫を重ね、行政を効率化することができるからだ」
「今回の厚労省の動きには無理がある。ほかの負担金や権限を手放したくないために、生活保護を持ち出したといわれても仕方があるまい」(11月16日)
厚生労働省が生活保護費の国庫負担率引き下げを提案していることに対し、地方団体が反発を強めています。まず、抗議の意味を込めて、基礎データを国に報告しない自治体が増えています(17日付け朝日新聞、毎日新聞、日経新聞他)。(11月17日)
地方6団体は、18日に厚生労働大臣に、生活保護費国庫負担率を引き下げた場合、生活保護の事務を国に返上することを申し入れたとのことです。返上するのは新規の受給者分で、来年4月からとのことです。この事務は、法律上は「法定受託事務」であり、地方が事務を拒否した場合、国が直接執行するになると考えられます。
小泉総理は、18日の記者懇談で、生活保護費について「地方の意見を尊重してやっていく」と述べたそうです(19日各紙)。
その総理の意向や、官房長官の金額割り当て指示が、実行されないのです。繰り返しになりますが、三位一体改革は、補助金改革を通して、日本政治の問題を浮き彫りにしてくれます。
問題の第一は、官僚が抵抗勢力であること。その二は、その官僚と各省大臣が、首相の指示を守らないことです。(11月19日)
18日の日経新聞は、「三位一体改革、補助金交渉が難航」「削減優先、分権骨抜き」を大きく解説していました。
「三位一体改革は・・・地方の効率化と、国の権限縮小を一挙に実現し、官のリストラを加速させるというのが本来の改革の狙いだ」「しかし、各省は補助金を通じた地方の監督権限を手放そうとせず、補助金を配る仕事が減りリストラされることに抵抗する。だがこのまま地方の反発を放置すれば、地方公務員の給与カットや交付税削減にも踏み込めず、小さな政府をめざす国と地方双方のスリム化に黄信号がともる」。
読売新聞の社説は「三位一体改革、地方に規律促す生活保護の移譲」でした。しかし、国庫負担率を4分の3から2分の1に引き下げることは、負担の押しつけであって、税源移譲とは言わないのです。このような主張をする人は、国庫負担率をもっと下げて例えば10分の1にしたら、地方の規律が増すと考えておられるのでしょうか。さらにはゼロにして、すべてを地方に任せるという主張をなさるのでしょうか。(11月18日)
21日の朝日新聞では、松田京平記者が「義務教育費と生活保護費、国負担でも異なる制度設計」を解説していました。同じ国庫負担金でありながら、なぜ地方は違った主張をするのか。二つの事務の違いは、案外知られていません。よく整理された解説です。ご一読ください。もっとも、一部異論があります。地方団体は将来負担が増えても、筋が通るものなら一般財源化を受け入れると思います。
また、石井記者らが「生活保護費、自治体負担増えると、地域で支給額に差?」「基準の引き下げを懸念」を大きく取り上げていました。
日経新聞では「義務教育費国庫負担、私の考え」第3回で、石井岡山県知事が「財源なくして自律なし」「真の分権、なお道遠く」を語っておられます。毎日新聞「経済サプリ」は、「三位一体改革って何?」を解説していました。産経新聞は「生活保護費国庫負担引き下げ、地方が反旗」「データ報告の停止相次ぐ」を解説していました。
20日の毎日新聞「発言席」では、西尾出雲市長が「地方教育自治の実現を」を書いておられました。
「・・依然として県も市も文科省の考え方に拘束され、ご意見伺いに終始している。・・その意味で、今や地方の教育行政当局の意識改革が迫られている。今後、地方の教育現場は文科省に気兼ねすることなく地域のニーズ、特色を生かす創造的な教員配置を断行すべきだ。同省はそれこそ地方の主体性を、お題目ではなく真に尊重すべきである」
「国庫負担金の予算要求は、毎年度財政当局の厳しい査定を受け、目標財源が十分認められない歴史が繰り返されてきた。財源確保は決して安定的ではない。むしろ、三位一体改革の流れからすれば、地方交付税や地方への税源移譲による財源確保の方が安定的と考える」
「・・文科省は知事や市長をもっと信頼し、教育行政への責任・参画を認めるべき歴史的転換期を迎えている。・・勇断をもって名実ともに教育分権確立に大きく舵を切ることにより、国民が真に信頼し期待する政策官庁として飛躍できることとなる」。
読売新聞「一筆経上」では、丸山淳一記者が「理念なきそろばん勘定」と題して、「双方の言い分の真ん中をとって、二つの補助金(義務教育と生活保護)の補助率を変えるなどの帳尻合わせをすれば、補助金削減額は目標には届く。しかし、地方分権の推進という改革の理念にはほど遠い」と書いていました。(11月21日)
政府与党の協議や4大臣協議が、続いています。(11月22日)

中高年の楽器入門

20日の日経新聞「セカンドステージ」に、「あこがれの音色、挑む50代」「売れる楽器、教室も盛況」が載っていました。「ピアノ、サックス、バイオリンなど誰もがあこがれる楽器の演奏や弾き語り。・・挑戦する中高年が増えてきた。50代からの楽器入門を・・」。
へっへへ、小生は11年前、39歳でフルートを始めました(表紙の似顔絵)。最初はヤマハ音楽教室に通って、ごくごく基礎を教えてもらいました。しかしその後、記事の中にあるように、やはり独学では上達しませんでした。富山でグループに入れてもらって、少しはましになりました(本人にとっては長足の進歩です)。その後、東京に戻ってまた一人になり、時間もとれなくて退歩の一途をたどっています。
記事の中に、「楽器別人間学」が表になっていました。フルートは、クールでどことなくクリスタルなイメージ。トロンボーンは、飲んべえ多し、のんきなタイプで誰からも愛される、などなど。うーん、当たっているような、そうでないような。他の楽器も載っているので、ご覧下さい。