カテゴリーアーカイブ:生き様

まだまだ元気な蚊2

2025年9月29日   岡本全勝

まだまだ元気な蚊」の続きです。
宅急便の配達員に、「まだまだ暑いですね」と声をかけたら、「ええ、少し涼しくなりました。それで、昼から蚊に刺されるようになりました」とのこと。

猛暑だと蚊も活動しないので、これまで30度を超える昼間は刺されなかったのです。昼の気温が下がり、といっても25度を超えていて、蚊の活動時間帯になったようです。

夕方、玄関で郵便受けから郵便物を出していたら、その間に3カ所刺されました。2匹は叩きましたが、首筋は気がつかず・・・。玄関で待ち受けているようです。

追悼、伊藤隆敏先生

2025年9月28日   岡本全勝

伊藤隆敏先生がお亡くなりになりました。私が内閣府経済財政部門の審議官時代(2006年~2008年)に、経済財政諮問会議委員として、ご指導をいただきました。

私は地方財政が専門で、日本や世界の経済は門外漢でした。
当時は、規制緩和が一つの主題でした。空港を民間委託や民営化する際の問題点を、議論したことがありました。委託先が外国資本の会社では安全保障上の問題点があるとの指摘に対し、それは会社の属性ではなく、空港運営の規制で担保すべきだとの結論になりました。なるほどと思いました。世界一流の先生に講義を受ける、しかも少人数でのやりとりができるのは、ありがたい経験でした。
ご冥福をお祈りいたします。

経済財政諮問会議委員は、ほかに、御手洗冨士夫・経団連会長(キヤノン会長)、丹羽宇一郎・伊藤忠会長、八代尚宏教授でした。
もう一人の東大経済学部の伊藤先生、伊藤元重先生には復興庁で、復興推進委員会委員長を引き受けていただきました。
いろんな仕事に就いたので、さまざまな方と知り合い、教えをいただいたことは、貴重な財産です。

まだまだ元気な蚊

2025年9月27日   岡本全勝

もう9月も終わりというのに、蚊が元気です。約25~30℃の気温を好むとのことですから、まだ活動するのでしょう。
孫と公園に行く時は、長袖長ズボンで、虫除けスプレーもかけていきます。それでも、孫の額に止まります。そっと叩くのですが、孫はびっくり。若いお父さんたちは半袖半ズボンで、「また刺された」とぼやいておられます。

26日午後、東大駒場第2キャンパスの会議室には、3匹いました。1匹は若い研究者が刺され、彼が叩き潰しました。もう1匹は、私のズボンの上から刺していました。気がついて、叩きました。もう1匹は、みんなの追跡にもかかわらず、逃げました。
家に帰ってこのホームページを加筆していたら、手首にかゆみを感じました。なんと、そんなところに止まって刺しているのです。これも叩くのに成功。血をよく吸っていました。

我が家は網戸にしてあって、蚊が入ってこないはずですが、なぜかいます。ご近所では、玄関で蚊取り線香を焚いているおうちもあります。玄関で、蚊が待ち受けているのでしょうか。
子どもの頃の家は開放的で、蚊取り線香と蚊帳が必需品でした。そういえば、はえ取り紙(天井からつるす粘着剤のついたリボン)と殺虫剤もありましたね。
かつての蚊は、ヒトスジシマカが多かったように記憶しています。今の東京で刺される蚊は、もっと小さくて黒いです。何という種類でしょうか。小さくても、かゆみはきついです。ムヒが効きます。

他省庁の昔の仲間たちと

2025年9月25日   岡本全勝

春に頂いた勲章のお祝い会が、まだ続いています。復興庁初期に勤務した職員たちの会は、6月と7月に開いてくれたのですが。夜の会合が続くのを避けたことや、「急がないし、夏は暑いから秋にしよう」といった理由で、今頃やっています。
かつての職場の同僚や後輩と定期的に集まる会合もあり、それらの会でもこの理由を「上乗せ」してもらっています。ありがたいことです。

23日と24日は、A省とB省の職員たちとの会合でした。多くの人は、元幹部になっています。復興庁時代に一緒に苦労したことを、みんなで思い出しました。それぞれに大変だったのですが、まあまあうまくいったので、このように集まることができます。
復興庁という特殊な課題への対応、これまでにない仕事、各省からの混成部隊でなければ、このような仲間はできなかったでしょう。

少し古本を処分5

2025年9月22日   岡本全勝

少し古本を処分4」の続きです。果てしないような作業で、苦しみつつ続けています。と書きながら、楽しんでいます(苦笑)。先週末も3箱を知人に預け、3箱分を捨てました。
この記事を読んだある人が、厳しい意見を送ってきました。「『明るい公務員講座』には、書類を貯めずに整理せよと書いておきながら、書いた本人は整理が悪いではないか」「言行不一致か」とです。

書類も本も大方は整理はされているのですが、捨てることができないのです。図書館だって、めったに見ない本も保存してあります。私の書斎は、私設図書館なのです。もっとも、床に積み上がった本の山は、何がどこにあるかわからず「図書館」とは言えません。そして、多分二度とみることがない本をなぜ取っておくのか。問われると答えられません。
かつて作った資料や雑誌に寄稿した記事なども、困りものです。例えてみれば、写真とそのアルバムですね。記念に取ってあっても、ほぼ見ることはありません。かといって捨てられず・・・。
我ながら、諦めの悪い奴です。書斎の棚、床、階段脇、寝室の壁沿いという空間が満杯になって、ようようあきらめたということです。

あわせて、職場に置いてある資料や本を、整理しました。原稿を書くためのものと、学者さんたちに経験を話すための過去の資料です。これらも、捨てるものと自宅に送るものに分けました。「自宅に送るもの」が難題です。それを受け入れる空間を作らなければなりません。これまで整理した成果で、本棚がいくつか空きました。これで、収納できそうです。

電子書類は、もっとたちが悪いでしょうね。場所を取らない、他人から見えないのです。紙の書類が貯まると、机が狭くなり、上司から指導が入るでしょう。「山積みされた資料、下の方は化石になっている」と表現していたのですが、電子データはこの例えが使えません。
ところが、職場では異動の際に持っていかないかぎり、電子データは消えます。いくつかの職場では、個人の保存データ総量に限界をつけたり(意図的に少なくする)、2年以上開かないファイルは強制的に削除したりして、保存データが増えないような工夫をしているようです。共有フォルダーは、担当者が定期的に削除しているのでしょうね。
他方で、自宅のパソコンは定期的に整理と削除をしないと、とんでもないことになりますよ。でも、本と違って、肉体労働をしなくても、「削除」のボタン一つで消えてしまいます。