「人生の達人」カテゴリーアーカイブ

社員の懲戒、社内公表

1月13日の日経新聞に「社員の懲戒、社内公表は名誉毀損か 再発防止に悩む企業」が載っていました。詳しくは記事をお読みください。

・・・不正やハラスメントなどで下した懲戒処分について、社内でどの程度周知するか悩む企業が増えている。氏名を明らかにすると名誉毀損の恐れがあるとして見直しを検討する動きがある一方、再発防止のために事例の周知が必要という考え方も根強い。プライバシーや名誉への配慮と社内の規律維持の両立に向け各社が模索する。

「今までは懲戒処分の対象者の氏名を社内公表していたが、このままでいいでしょうか」。労務問題を多く手掛ける友野直子弁護士のもとには近年、そんな相談を持ちかける企業があるという。
友野氏は「企業が公表を望む場合には、内容や方法について慎重に検討するよう」助言するという。同時に「これまでは氏名を公表していた企業も、プライバシー意識の高まりなどで注意を払うようになってきている」とみる。2005年に個人情報保護法が全面施行されたこともあり、慎重な姿勢に転じる企業は多い。
「譴責」や「減給」、「降格」など懲戒処分の内容は様々だが、従業員の氏名を含む社内公表をした場合について益原大亮弁護士は「企業側が、名誉毀損などの不法行為責任を問われるリスクが伴う」と指摘する。懲戒処分を巡っては、その処分自体が妥当かどうか従業員側と企業の間で労務トラブルに発展するケースが絶えない。
処分自体に慎重な対応が必要になるだけに「本人を特定するような社内公表も加わると、(本人の感情ももつれて)紛争に発展する可能性が高まりかねない」(益原氏)ためだ。

ただ、氏名も含めた懲戒処分の社内公表が慣例になっている企業も少なくない。懲戒処分を巡る氏名の社内公表の是非についての裁判例は事例ごとに判断が分かれ、明確な線引きが定着しているともいえない。
基準として参考になるのが、懲戒解雇やその理由について記した文書を従業員に配布したり社内に掲示したりした行為が名誉毀損に当たると判断した1977年の東京地裁の判決だ。
裁判所は、解雇の公表が違法かどうかの基準として①公表する(企業)側にとって必要やむをえない事情がある②必要最小限の表現を用いる③解雇された従業員の名誉や信用を可能な限り尊重した公表方法を用い事実をありのままに公表する――などを挙げている・・・・

AI時代の「達人の技」

1月13日の日経新聞経済教室、今井むつみ・慶応義塾大学教授の「AI時代に学ぶ「達人の技」」から。

・・・今の生成AIは、インターネット空間のテキスト情報を教科書として学習する。文法的に間違いない文を流ちょうに生成するという点では、人間を上回るようになったかもしれない。
人間は長い文を生成するときに主語が何かを途中で忘れてしまい、主語と目的語が一致しない文を作ったり、単語の選択をうっかり間違えたりしてしまうことが頻繁にある。
しかし、生成AIは大量の情報を並列に超高速で計算できる。記憶力も人間に比べれば無尽蔵と言ってよい。だから、今の生成AIはまず文法の間違いをしない。他言語への翻訳もたちどころにしてくれる・・・

・・・「カンマの女王『ニューヨーカー』校正係のここだけの話」という本を読んだ。米誌ニューヨーカーは米国の知識人が読む雑誌として名高い。洗練された英語に定評があり、文章は何重にもチェックされる。著者のメアリ・ノリス氏は同誌の最終的な文法チェックをする校正者だ。
ニューヨーカー誌には通常の文法の正しさの許容度より厳しい独自ルールがある。校正者はこのルールブックを頭にたたき込んでいて、ほとんどの場合、それを順守して文章を整える。
しかし一流の校正者の本領は、作家が規範を逸脱したときにどうするかの判断にある。ニューヨーカー誌に寄稿するのは並の作家ではない。もちろん一流の作家もうっかりミスをする。ミスなのか意図的な逸脱なのか。一流の作家がルールを逸脱したとき、校正者はその意味を考え抜く。そして逸脱したほうが作家の表現したい意味が伝わると判断すれば逸脱を許容する。
一流の達人があえてする逸脱を人は独創性と受け止め、その人の味と感じる。しかし逸脱が程度を過ぎれば誤りか理解不能と思われてしまう。独創性は、ギリギリの線での規範からの逸脱なのである。分野を問わず、ギリギリの線がどこかを直観的に見極められるのが本当の達人である。

認知科学では一流の達人と、普通の熟達者の行動や心の働きの違いが研究されてきた。普通の熟達者も仕事を早く正確にそつなくこなすことができる。両者を隔てるのは独自の味(スタイル)を確立しているかどうかである。ギリギリの線での逸脱を可能にするのは柔軟で臨機応変な判断力であり、それを支えるのは優れた直観である。
ここで、一流の達人とは「各分野に単一の基準で全員を比較した時にトップの人」ではないことを言っておきたい。一流の達人たちはそれぞれ異なる軸で規範から逸脱し、独創的である。だから、その分野には多様な達人の集積がある。そこに面白みも味も生まれるし、協同してプロジェクトを行う意味も出てくる・・・

改革には抵抗がある

日経新聞私の履歴書、1月は、岡藤正広・伊藤忠商事会長です。22日の「伏魔殿」から。岡藤さんは長く大阪で仕事していて、社長になってから東京本社に来ます。その前の話です。

・・・副社長だった私は、東京の人事制度委員会の委員長に指名された。全社の人事制度を見直そうと議論百出の末に新制度案がようやくまとまったのが金曜のこと。後は週明けに取締役会で提案するだけ。そのまま大阪に帰った。

ところが月曜朝に東京に来てみると、なぜか従来の制度が併記されていた。何日もかけて議論してきたことがどこへやら……。後で分かったことだが「犯人」は先輩にあたる人事担当役員だった。自分が作った制度を「外様」の私に変えられることが恥だとでも思ったのか、両論併記するよう人事部長に命じたという。これにはカッとなった。

「こんなアホなことがあるか。ええ加減にせえ!」
取締役会で真正面に座る当時社長の小林栄三さんにも「やってられませんわ」とかみついた。こんな調子だから「東京のモンは信用でけへん」という思いが強くなった・・・

中年期の心の危機

12月21日の朝日新聞夕刊、清水研・腫瘍精神科医の「中年期の心の危機、どう向き合う」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・中年期に陥る心理的危機「ミドルエイジ・クライシス」。人生の後半に差しかかるこの時期は肉体的な変化だけでなく、不安や葛藤など心の不調に見舞われることもある。腫瘍精神科医として約4千人のがん患者と対話してきた清水研さん(53)も、40歳を前にクライシスを経験した。清水さんにその向き合い方を聞いた。

なぜ中年期に心理的危機が訪れるのだろうか。ユング心理学では、中年期は人生の正午にあたる。成長を感じられる青年期の午前から、老いや死に向かう午後に向かうときに危機を迎え、その後に価値観が大きく変わるという。
「青年期は体力や気力が充実して成長や発展を実感でき、がんばれば成功して幸せになれると信じている。しかし、中年期に入ると、体力が衰えてきてがんばれない。組織や社会での立ち位置、限界も見え、努力の先に輝かしい未来があるとは限らない現実も知る。がんばれなくなった自分自身への信頼も失う。今までのやり方に行き詰まりを感じるのです」

私たちは普段は意識しないが、心の中に「want(~したい)」と「must(~しなければならない)」の「相反する自分」が存在するという。
wantは「泣きたい」「おなかがすいた」といった感情や感性が優位な自分。mustは親のしつけや学校教育、社会規範などから形作られた「人に迷惑をかけてはいけない」「結婚しなければいけない」といった理性や論理が優位な自分。大事なのはそのバランスだ。
mustが強すぎると、自己肯定感の低さや承認欲求の強さにもつながる。「強いmustに縛られてきた人が、それに従うエネルギーを失い、心が悲鳴を上げたとき、中年の危機が起こります。今までの生き方が苦しくなり、手放す必要に迫られるのです」・・・

ご自身の体験、絶望も書かれています。
・・・「父から認められ、自分を承認したい」。そんな思いから精神科医になり、仕事を最優先に生きていた。だが、自分に自信を持てず、他人の評価が気になり、生きづらさを抱えていたという。そして40歳を前に限界を迎えた。
清水さんは危機にどう向き合ったか。まず自分の中のwantの声に耳を傾けることから始めた。
「小さなことからでいいんです。コンビニで昼食を選ぶときに『短い時間でさっと食べられるものを』や『カロリーが高いものは避ける』で選ぶのではなく、『自分は今、何を食べたいか』に集中した。手に取ったカツ丼を食べて喜んでいる自分を発見しました」
あるときは自分の中のmustに抵抗した。気の進まない仕事の会合を断り、見たかった絵本作家ターシャ・テューダーのドキュメンタリー映画を見に行った。素晴らしい映画だった。その充実感は夜寝るまで続いたという。
清水さんはまず、心の中に同居するmustの声とwantの声を切り分けることを勧める。葛藤がなぜ起こるのかがわかり、気持ちを整理できるからだ。
次に、なぜmustが形成されたのかを人生の歩みやできごとから振り返る。mustの正体がわかると「過去とは状況が異なるから、現在はmustに縛られなくていい」と感じられるからだ。
この二つを経ても、must思考が強い人が、その考え方を手放すのは容易ではないこともある。清水さんもそうだった・・・

・・・腫瘍精神科医として小児科病棟の子どもたちに接する中で、子どものころの自分を思い出す機会があった。精いっぱい居場所を求め、もがいていた当時の自分を慈しむ気持ちがわき起こった。
「自分を許し、愛する」。この三つ目のステップを踏むことでmustから解放され、危機を脱することができた。45歳のころだ。
「カウンセリングを受けるのでも、人に話を聞いてもらうのでも、本を読むのでもいい。自分はダメだと思うのではなく、『厳しい状況や窮屈な生き方でも、よくここまでやってきた』と自分を認め、信じることから始めてみて」・・・

職場内訓練が少ない日本

12月25日の日経新聞「2025年を読む 変革の行方2」は「賃上げ定着へ生産性向上 人材教育投資こそ成長のバネ」でした。

・・・高い賃上げを定着させるには、裏付けとなる生産性向上に企業が正面から向き合う必要がある。

サントリーホールディングスは9月下旬、2025年春に7%の賃上げを目指すと表明した。過去2年と同水準だが、内情は異なる。一つは海外消費が弱くなっている点。もう一つは賃上げ持続への施策を労働組合と対話し始めたことだ。
ベースアップ(ベア)が毎年積み上がる負担に不安を漏らす経営幹部もいる。だが新浪剛史社長は人材獲得と消費喚起へ賃上げが不可欠だと説く。活路とするのは社員が生み出す付加価値の最大化だ。「賃上げと人材育成の両輪を回して生産性向上を目指す」と河本光広執行役員は話す。

「完全なゲームチェンジ。今後は人件費など様々なコストの上昇を前提にした経営が不可欠だ」。食品スーパー大手、ライフコーポレーションの岩崎高治社長は話す。
同社のパート・アルバイトは約4万4千人。24年春に6.6%賃上げしたが、競合他社との人材の取り合いで足元の時給はさらに上昇。20年代に最低賃金1500円という政府目標も「全国では無理でも東京都ではありうる」と身構える。
粗利率の改善や省力化投資を進めるが、カギとなるのはパートの生産性向上だ。本社の指導員の人数を2年で100人増の450人とし、複数の業務ができる多能化を目指す。非正規社員への教育投資は少ないのが一般的だが、「待遇改善と能力開発を一体で進める」と岩崎社長は言う・・・

記事には次のような記述があり、各国(中国、アメリカ、イギリス、スウェーデン、ドイツ、フランス)の職場内訓練を受けた人の割合が図になって載っています。
・・・日本の賃金は上昇し始めたが、人材教育投資は心もとない。リクルートワークス研究所の調査では、23年に職場内訓練(OJT)を受けた人は日本は39.8%。ドイツの半分強の水準で7カ国で最低だ。人を資本と捉え、その価値を最大限に引き出す「人的資本経営」をいくら唱えても、着実に投資しなければ付加価値は増えない・・・