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行政-社会

日本型信頼社会の低下

7月31日の朝日新聞オピニオン欄「孤独は病か」を紹介しました。「孤独という社会問題」(8月9日)。すみません、古くなって。書きかけで、放ってあったのです。

他人との信頼関係、近年では「ソーシャルキャピタル」が、良い社会をつくるためにも、経済活動にも重要だと主張されています。その点で、日本は、隣近所での助け合いや、職場内での団結など、他人との信頼関係が強い社会だと言われてきました。
しかし、どうもそうではないようです。そこには、2つの要素があります。

1つは、日本社会は本当に、信頼の高い社会なのかということです。
かつては地縁、血縁、社縁で助け合っていました。しかしそれは、「身内」には親切ですが、「ソトの人」には冷たい社会でした(山岸俊男著『信頼の構造』1998年、東大出版会)。社会一般に、信頼関係が強いものではなかったのです。ソトの人との接触が増えると、この弱点が見えてきます。

2つは、その信頼関係も、急速に弱くなっているのです。
「身内に親切」も、機能が低下しました。田舎では農村の共同体が縮小し、都会でも地元の商店で働くのでなく通勤する勤め人が増えることで、地縁社会が弱くなりました。親族による助け合いも、減りました。企業は、生活を丸抱えしてくれなくなりました。ムラ社会が小さくなったのです。
他方で、一人暮らし、あるいは孤立した家族が増えているのです。

先日、アメリカが契約社会であるのに対して、日本は帰属社会だと説明しました「契約社会と帰属社会2」。しかし、この帰属社会の欠点と衰退が見えてきたのです。
この項続く

契約社会と帰属社会2

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』を読みながら考えた、アメリカ社会と日本社会のなり立ちの違い「契約社会と帰属社会」の続きです。

アメリカを契約社会とするならば、日本は帰属社会と呼びましょう。
吉見先生が指摘しておられる、大学においての学生と教授と(大学と)の契約は、アメリカの会社や社会一般に及びます。社員は会社に属しますが、会社を給料を稼ぐ場、そして自らの技能の上げる場と考えます。すると、技能が上がれば、そして自分の給料を上げるため、次の職場に移ります。会社も、契約相手です。労働を提供する代わりに給料をもらう、授業料を払う代わりに講義を受ける・・・。

他方、日本では、大学も会社も帰属する共同体です。その組織に属することで、各人は安心し忠誠を誓います。組織は、構成員に給料や講義を提供するだけでなく、安心を提供します。組織は、契約相手でなく、共同体です。給料や授業料は対価とは考えません。
かつて、村落での生活がムラ社会と呼ばれました。生活のすべてを包み込むのです。その延長で、会社もムラ社会と見なされました。社員だけでなく、家族の面倒まで見てくれるのです。

契約相手の場合は、相手とは対等です。相手が会社という大きな組織であってもです。その代わり、その契約を選び、結んだ本人に責任が生じます。
帰属の場合は、会社や組織の一員となって、組織とは対等ではなく、組織の構成要素であり、部品です。職務内容は契約書に記述されず、会社の方針に委ねられます。他方で組織は、構成員に生活の安定を提供しなければなりません。丸抱えになり、構成員は組織が面倒を見てくれると期待しています。ここに、甘えの構造が発生します。本人の責任であっても、組織を恨むことがあります。
また、契約は取引であり、割り切りことができます。それに対し、帰属は心情的で、割り切ることは難しいです。
この項続く

契約社会と帰属社会

吉見俊哉著『トランプのアメリカに住む』p92「シラバスは学生との契約書」の下りを読みながら、アメリカ社会と日本社会のなり立ちの違いを考えました。

・・・渡米の数か月前、最初に苦労したのはシラバス(授業計画)の作成だった。今回の授業のために、私は英文で10頁に及ぶ詳細なシラバスを作成しなければならなかった。毎週、それぞれ何を目的にどんな素材を扱うかを明示し、三本程度の英語の課題文献を詳細に指定するのである・・・日本の大学のシラバスはせいぜい1頁、15週分のテーマを並べて終わりだから、この日本の差は歴然としている・・・

・・・授業が始まってからも、シラバスは決定的な意味を持ち続ける。授業は最初にに書いたシラバス通りに進み、大幅な方針変更はNGである。教師だけでなくTA(ティーチング・アシスタント)も学生も、シラバスに従って準備を進め、毎週の授業が進められる・・・だが、ハーバードの同僚に聞くと、皆口を揃えて「シラバスは学生との契約書」だと言う。教師はシラバスで提供する授業の内容を詳細に示し、学生はそのシラバスを見て授業の受講を決めるのだから、その時点で両者は契約を結んだことになる。教師も学生も契約違反はできない。教師が契約内容を変えて別のことを教えるのはご法度だし、学生も契約通りにレポートを出さなかったら落第となる・・・

・・・アメリカ生活が長い人々には、おそらくこのメタファーがぴったり来るのだろう。とにかくアメリカは社会契約によって成り立っている社会である。しかし、「学生との契約」という観念がそもそもない日本の大学教師にとって、この解釈は今ひとつピンとこない。正直、教師と学生の関係は社会契約的なものではなく、もっと共同体的なものではないかと思いたくもなってしまう・・・

なるほどと思いました。この項続く

若い女性が元気

9月30日の日経新聞に「アクティブ女子、インスタで急増? 」という記事が載っていました。
・・・過去3年で最も「活動的」になったのは20~30代の女性――。NTTドコモの携帯電話を用いたビッグデータを使って分析したところ、肌感覚を裏付ける結果が得られた・・・
・・・自宅外で活動する「アクティブ人口」は日本全国で平日に約72万人、休日に約24万人増えた。中でも増加が目立つのが20~30代の女性だ。20代女性のアクティブ人口は3年前に比べ、平日で約12万人強(3.2%)、休日で11万人強(2.7%)増えた。12万人は東京都国分寺市の人口にも匹敵する人数。「有意な変化があったと言える」と専門家は語る。一方、男性の伸びは鈍く、20~30代男性のアクティブ人口の伸び率は1%未満だ・・・

この記事は、その原因をインスタグラムだと推測しているのですが。
私にとっては、近年の日本では、男性が元気なく、女性が元気というのを裏付ける調査として読みました。
残念ながら、ここで取り上げられている数字は、過去3カ年の変化です。絶対数がどれくらいなのかはわかりません。知りたいところですね。
もっとも、「近年の日本の男子」と書きましたが、かなり昔から女性の方が元気です。お茶やお花の会、演奏会に行っても、女性が圧倒的に多いです。女子会と称する食事会も、その名の通りです。男性は、職場帰りに居酒屋で盛り上がっているくらいでしょうか。
「持っている服装の数が、生活の場面を表す」と、『明るい公務員講座』や日経新聞夕刊コラム「仕事人間の反省」で書きました。
女性がたくさん服装を持って、着ていく服を悩むのに対して、男性は極端に言えば、紺のスーツの他は、ゴルフウエアとジャージです。とほほ・・・。

最も多いのは、単身・無職世帯

9月24日の日経新聞に「単身・無職が最多 しぼむ4人家族」が解説されていました。
・・・ 日本の「世帯」の姿が大きく変化している。夫婦と子ども2人の家族構成は今や少数派で、もっとも多いのは単身世帯だ。さらに仕事の状況も合わせて分析すると、直近では「単身で無職」の世帯が2017年に最多になったとの調査もある・・・

・・・大和総研の是枝俊悟研究員は、世帯と仕事との関係を時系列で分析した。世帯を人数だけでなく、働いている人がいるかどうかによって分類した。すると17年は「単身・無職」が最多になっているという結果が出た。30年前には全体の7%にすぎなかったが、17年には17%まで上昇した。5世帯のうち1世帯は「働いていない人の一人暮らし」になったという・・・

記事には、人数別、有業者別の世帯数割合が、グラフになって示されています。もう一つ衝撃なのは、1974年、1988年、2017年の変化です。この40年間の急速な変化に驚きます。
例えば、単身・無職世帯は、1974年には4%でした、それが2017年には17%になっています。4人世帯で1人が働いているのは、1974年は15%あったものが、5%に減っています。2人でともに無職という世帯も、14%に急増しています。
このような変化は、日本の社会を大きく変えることになります。それは、税収や財政支出という財政への影響や消費行動だけでなく、社会の活力、地域の力をです。
詳しくはグラフをご覧ください。