先日、「我が家の椿は終わりました」と書きましたが(4月3日)、まだまだ、いくつかの花を咲かせています。「桜も終わったのに、うちの椿は遅くて」と、お向かいの奥さんに言ったら、「いえ、椿は今頃咲くのですよ」と、教えてもらいました。
鉢植えの八重桜は、今年は長く楽しませてくれました。チューリップは、満開です。お向かいの庭の花海棠は終わり、柿の木の若葉が目にも鮮やかな色で輝いています。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
人材は作るもの。買えばいいものではない
古くなって恐縮です(いつものことですが)。3月24日の読売新聞特集「NIPPON蘇れ」から。
パート、派遣、契約社員など非正社員が雇用者に占める割合が、1990年の20%から、2012年には35%に増加したこと。非正社員の年収が、正社員に対して3割にとどまるほか、教育訓練を受ける機会が乏しく、結婚もできないこと。非正社員から正社員に転職した割合は27%にとどまることを指摘しています。
清家篤慶應義塾長の発言から。
・・国際競争の激化や少子高齢化で労働力が不足する中、日本が活力を向上させるには、一にも二にも、付加価値の高い商品やサービスを生み出せる人材を育てることが欠かせない。
だが、現状では課題も多い。若者の間では、新卒での就職に失敗し、身分が不安定で十分な職業能力を身につけにくい非正社員として働く人も増えている・・
経済成長戦略の観点から、正社員雇用規制を緩和して労働市場の流動化を進めようという議論が、最近強まりつつある。産業構造を転換することに加え、安定した正社員と不安定な非正社員、といった二極化している現状の打開策につながるとの期待感もあるのだろう。
確かに、流動化が進めば、既に能力を身につけている人にとっては、より能力を活かせる職場に転職できるプラスの面もある。だが、能力は安定した雇用のもとで蓄積される。若者などまだ能力を身につけていない人には、マイナスになることを忘れてはいけない・・
流動化の議論の底流には、人材は「作る」のではなく、「買えばいい」という考え方があるのかもしれない・・
人材は買えばいいとの風潮が蔓延すれば、企業は自社で育てるのは損と考え、付加価値の高いモノやサービスの生産に貢献できる人材を育てる環境が失われてしまう。人の育成こそが、活力向上のカギを握ることを忘れてはならない・・
復興、企業の貢献
今回の大震災では、企業が大きな貢献をしています。復興庁のホームページでそれを紹介していましたが、今回、応急復旧時と、復旧復興時に分けて再整理しました。現地での状況の進展に従って、企業に期待される内容が変わってきているからです。
官僚OBによる政策の検証
柳澤協二著『検証官邸のイラク戦争―元防衛官僚による批判と自省』(2013年、岩波書店)から。著者は、防衛官僚で、2004年から2009年まで、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務め、自衛隊イラク派遣の実務責任者を務めました。この本では、イラク戦争に際し自衛隊を派遣した政策について、政府も国会も検証をしていないことを指摘し、個人でその総括を試みています。
・・防衛官僚としての半生を振り返るとき、与えられた状況の中で最善を尽くしたという意味で、職業人としての良心に恥じるところはない。・・だが、そのことと、私が関わってきた政策に誤りがなかったかどうかを問うこととは、別の問題だ。
イラク戦争は、世界の価値観を揺るがす大きな出来事だった。それをめぐって何度も議論し、考えた。疑問も残っていた。だが、官僚としての仕事はそれを所与の前提として受け入れたうえで、日米同盟を強化し、自衛隊を国際的に活用するための政策を立案、実行することだった。加えて、日々多くの課題を抱えた官僚の立場では、自分の仕事の根本的な意義や価値観を問い直す余裕はなかった。
それゆえ、退職した私がなすべきことは、自分自身が関わった政策(多くの場合それらは、疑いもなく正しいと信じていたわけだが)について、問い直すことだと考えた。それが、官僚としての職業的良心を貫く所以でもある・・
行政学教科書、曽我謙悟先生
曽我謙悟・神戸大学教授が『行政学』(2013年1月、有斐閣)を出版されました。これからの、代表的な行政学教科書になるでしょう。
これまでの標準(スタンダード)は、西尾勝先生の『行政学』(新版、2001年、有斐閣)でした。私たちは、これで育ちました。もっとも、私が学生の時は、まだ出版されていませんでしたが。もう一つの代表的教科書は、村松岐夫先生の『行政学教科書』(2001年、有斐閣)です。
曽我先生の本は、これまでにない新たな切り口で書かれています。まず、第1部は「政治と行政の関係」です。これまでの行政学は、官僚制を分析することが重点でした。政治と独立して、行政機構があるかのような扱いでした。政治との関係という、重要な視点が抜けていたのです。
第2部は「行政機構」です。これは従来の教科書の範囲です。第3部が「マルチレベルの行政」、すなわち地方行政と国際行政です。これまでの教科書は、地方行政は取り上げていました。第4部は「ガバナンスと行政」です。そこでは評価だけでなく、市場やNPOとの関係も書かれています。
こうしてみると、これまでの行政学教科書が、行政組織と官僚制に焦点を当て、狭かったことがわかります。
欲を言えば、政策についての記述が欲しいです。行政は、国民や住民が求める課題について、それぞれ政策を講じることで、求めに応じます。教科書ということで、抽象化は仕方がないことですが。行政が何のためにあるかを考えると、透明な空気の中で無色透明な蒸留水をはき出しているわけではありません。安全、福祉、産業政策、教育など、何を「産出」しているのか。それが問われるべきです。
この点に関しては、飯尾潤先生の『現代日本の政策体系―政策の模倣から想像へ』(2013年3月、ちくま新書)を挙げておきます。現在あるいは現代日本の行政(中央政府、地方政府)が行っている「政策」を網羅した本は、見当たらないようです。
まだ2冊とも読み終えていないのですが、忘れないうちに書いておきます。これらの本を読むことで、行政官として、改めて自分のしている仕事を、広い座標軸の中に位置づけることができます。早く読み終えなければ、いけませんね。