投稿者アーカイブ:岡本全勝

政治家、表と裏の使い分け。許された時代

2014年10月2日   岡本全勝

読売新聞連載「時代の証言者」西尾勝先生、9月30日の「市町村合併推進に反論」から。
1996年12月に第1次勧告(機関委任事務制度の廃止)を出す直前、自民党の行政改革本部で説明した際に、議員が次々と発言します。
・・市町村への権限移譲、市町村合併の推進、首長の多選制限。この3つが党の総意だというのです。
私は市町村合併論に、生意気にも反論しました。「我々は地方6団体の改革要望を基に進めているのに、合併推進を勧告したら地方の結束が乱れます。まずは分権改革の推進を優先し、分権社会が進んでから市町村に考えてもらうのでも遅くありません」
「市町村合併が先生方の信念なら、選挙区でそれを明言して、町村の首長や議員を説得してください」
これに対し、ある議員が「政治がわかっていないなあ。そんなことを我々が言って再選できると思っているのかね」と言いました。
私も負けずに「表と裏を使い分けるから政治はわかりにくい。市町村合併が党の総意なら選挙綱領で明言すべきで、我々に押しつけるのは理解できません」と返したのですが、押し問答になってしまいました・・
このようなことが、許されました。まだ20年前のことです。詳しくは、原文をお読みください。

被災地での事業の挑戦

2014年10月1日   岡本全勝

9月30日10月1日と、復興推進委員会の視察に同行して、岩手県沿岸部に行ってきました。宮古市、大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市です。
高台移転やかさ上げの工事は、順調に進んでいます。公営住宅も順次できつつあり、引き渡しも進んでいます。もちろん、全てが完成するまでには、まだまだ時間がかかります。計画ができ工事が進んでいるので、その進行を見守ります。
別途、産業振興や、避難者の見守り、町の活性化などについて、たくさん事例をみてきました。水産加工や農業でよりよい商品を開発したり、消費者を見据えた取引を試みることに、若者が頑張っています。被災前に比べ、売り上げや従業員を増やしています。それぞれはそんな大きな事業ではありませんが、この地域では、大きな役割を果たしています。
中小企業グループ化補助金や「新しい東北先導モデル事業」が活用されています。もちろん、当事者の意欲と挑戦が鍵です。

災害公営住宅でコミュニティを作る

2014年9月29日   岡本全勝

仙台市の災害公営住宅で、町内会が設立されました。NHKニュースが伝えています。この住宅では、地元や石巻などさまざまな地域から、166もの世帯が入居しました。顔見知りでない人も多く、住民のつながりや協力をどのように作るかが、課題です。
暮らしの復興のためには、住宅を造ったら終わり、ではないのです。とはいえ、住宅はお金があれば(建設業者がいれば)建ちますが、コミュニティはお金で作ることはできません。国には、「コミュニティ建設指導課」といった部署もありません。そこが難しいところです。
・・住民同士の交流会を定期的に開いたり、クリスマス会や新年会を行ったりするほか、お年寄り世帯の見守りや除雪などを協力して行っていくことも決めました。
住民は「知らない人が多く不安な思いで入居しましたが、町内会ができたので近所と積極的に交流していきたい」と話していました・・

被災地で働く医療・介護職員の募集

2014年9月29日   岡本全勝

被災地では、医者や看護師が不足しています。また、介護職員も不足しています。
こんなポスターを、ご覧になりましたか。いろんな方法で、医療や福祉の人材を募集しています。ポスターを貼る際にも、交通機関などが協力してくださっています。ありがとうございます。

「委員会勧告を首相は尊重しなければならない」規定の意味の逆転

2014年9月28日   岡本全勝

読売新聞連載「時代の証言者」西尾勝先生、9月27日の「霞が関反発、ルール違反」から。
・・「霞が関のルールを破っている」。地方分権推進委員会が1996年3月に出した中間報告に対して、各省がこう抗議してきました。
委員会としては、連立与党のプロジェクトチームからの要請を受けて中間報告を出したまでです。しかし、霞が関の各省の常識では、政府の審議会が文書を出す時には、関係各省に事前に説明し、各省の意見を聞いて手直しするのがルールだというのです・・
(村山内閣から橋本内閣に代わっています)・・その橋本首相は、国会答弁などで「地方分権推進委員会には現実的で実行可能な勧告を期待する」と何度も発言していました。
この発言はどういう意味か。私は考えました。
地方分権推進法には、委員会の勧告を首相は尊重しなければならないという異例の規定があるけれど、首相の本意は「閣議決定できるような勧告を持ってきてくれ」「各省が合意して事務次官会議でも異論が出ない内容でなければ困る」という意味だと思いました。
戦後自民党政治の慣習では、法案の場合の手順は、各省間の折衝と政府与党間の折衝が済んで初めて事務次官会議の議題になり、そこで合意を経た後に閣議にかけて国会に提出する―という流れです・・
・・「首相は勧告を尊重しなければならないのだから大胆な勧告をすべきだ」メディアの記者の多くは、当時、そう言いました。しかし、現実をみるとそうはいきませんでした。
委員会の力を強めると思われていた「首相の勧告尊重義務」の意味が逆転し、委員会を制約する力になってしまいました・・
各省合意、与党合意を経る手続き下で、改革を進めることの困難さが、象徴的に現れています。