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行政-社会

方言、平成の変化

4月9日の読売新聞解説欄に、「方言 楽しみ、敬語 平等化…日本語 平成時代の変化」が載っていました。井上史雄・東京外大名誉教授へのインタビューです。詳しくは原文をお読みいただくとして。

「方言はどう変わったか」という問に。
・・・社会的地位が上昇した。方言を楽しみ、大切にしようという意識が高まった。明治期以降、国語の統一を目指す動きの中、方言は「撲滅」すべき対象だった。戦後も、方言コンプレックスは続いたが、方言を記録する研究や方言を記した土産物などが目立つ「記述」の時代だった。そして平成は「娯楽」の時代と言える。「おいでませ山口へ」のような標語が定着、テレビドラマからの「じぇじぇじぇ」といった流行語、街角の広告も目立った。地方文化の再評価も背景にある・・・
記事には、その変化が表になっています。わかりやすいです。

他方で、地方でも共通語を話す人が増えています。
私が特に感じるのは、テレビでのインタビューです。鹿児島や沖縄で多くの人が、共通語で答えます。私が若い頃に行った鹿児島や沖縄では、皆さんが単語は共通語であっても、はっきりと共通語とは違うイントネーションとアクセントで話していました。

この点について先生は、次のように話しておられます。
・・・全体としては平成の間、方言は衰退した。方言に誇りを持っていた関西でも、若い人は共通語を使うようになった。共通語の使用者数は、終戦後は1割程度、昭和後期で5割程度、平成期は9割程度とみられる。国民の大半が共通語を使うようになる大転換があったのだ。テレビなどメディアの影響が大きい・・・

私は、物心がついて以来、関西標準語を話しています。
NHKのアナウンサーが「変なアクセント」を使う度に、テレビに向かって指導しています。良く出てくるのは、天気予報の「雨」です。関西の「雨」とNHKアナウンサーの「雨」は、別の言葉です。
最近5歳になった孫が、時に「きれいな関西弁」を使ってくれます。「じいちゃん、××やで~」。文字ではうまく表示できないのが残念です。
母親やおばあちゃんであるキョーコさんとは、共通語を使っているようですから、子供の言葉の能力は素晴らしいものがあります。小学校に行ったら、忘れるでしょうね。
4月12日の読売新聞夕刊に載ったインタビューも、関西弁で話していると指摘を受けましたが、私はどの部分がそうなのかよくわかりません。たぶん「・・・安心なんや」とか「・・いかんな」の部分でしょうか。

平成は悪い時代だったか。

NHKの世論調査です。4月8日掲載。
「平成」という時代に、日本の社会は、よい方向に向かったと思うか聞いたところ、「よい方向に向かった」が19%、「悪い方向に向かった」が18%、「どちらともいえない」が60%でした。

平成という時代がどのような時代であったかは、もう少し時間が経つ必要があるのでしょう。
識者やマスコミが平成時代を振り返る企画をたくさんやっていますが、「停滞の時代」「混乱の時代」出会ったという評価が多いようです。
それは、昭和(特に後期)の経済成長に比べての認識だと思います。たしかに、ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれた時代に比べると、経済成長が低下し、中国に抜かれるなど、停滞の時代に入ったことは間違いありません。
他方で、治安が良く、安全安心できる社会は、健在です。そして、大震災の際の助け合いや、ボランティア・NPOの貢献など新しい共助も大きくなっています。格差が広がっていますが、諸外国に比べるとまだましなようです。すると、まだまだ日本は捨てたものではありません。
世論調査の「良いと悪いが拮抗している」結果は、国民の多くが、「悪かった」という判断をしていないことだと思います。

もっとも、平成が良い時代であったかどうかは、今後の日本の状態によります。
すなわち、とてもひどい状態になったら、「あのころは、まだましだったなあ」と思われるでしょう。もっとも、「平成の時代に、改革に遅れたからこんな状態になったんだ」と批判されることもあり得ます。
良い状態になって、その基礎を平成時代が準備したなら、「平成の苦労が良かった」と評価されるでしょう。

昭和は遠くなりにけり

「降る雪や 明治は遠くなりにけり」

俳人、中村草田男の有名な句です。
草田男がこの句を詠んだのは、昭和6年(1931年)のことです。明治は45年(1912年)までですから、それから約20年後です。というか、20年しか経っていないのです。
そこで、「遠くなりにけり」と詠んだのです。20年間のうちに、明治、大正、昭和と元号と時代が変わったことの、感慨があったのでしょう。

彼は、明治34年(1901年)の生まれ。明治45年には11歳、尋常小学校でした。そしてこの句は、母校を訪ねて詠んだようです。その時には、30歳です。
私は、この事実を教えてもらったときに、びっくりしました。
もっと時代が経ってから、そして老人が詠んだ句だと思っていたのです。草田男の表現力の素晴らしさとともに、その早熟なことにも驚きました。
江戸から明治。日本は特に東京は、大きく変貌しました。草田男は、江戸時代を直接知りません。江戸時代を知っていた人は、もっと大きな変化を見ています。

来月には、平成が終わり、令和になります。
明治時代の変化、また敗戦と高度成長時代の変化に比べれば、平成の30年間の変化は大きくないかもしれません。さはさりながら、昭和30年(1955年)生まれ、高度成長以前の村の暮らしを知っている私にとっては、この半世紀の変化はびっくりするものがあります。

そこで、草田男の句を借りて、一句。
「散る桜 昭和は遠くなりにけり」

芭蕉の句に「さまざまのこと思い出す桜かな」があります。
桜は、日本人に様々なことを思い浮かべさせます。その中でも、散る桜は、特に深い思いを引き出させてくれます。
東京は、いま桜が満開です。

現代の宗教事情3、日本は宗教に寛容か

現代の宗教事情2」の続きです。

「日本人は他宗教に寛容なのか」(P203~)に、興味深い指摘があります。「日本人は多神教なので、排他的な一神教に比べ寛容、平和である」という通説が、覆されています。世界価値観調査によると、次のようになっています。

他宗教の信者も道徳的であるは、アメリカ80%、ブラジル79%、インド61%、中国14%、日本13%です。
他宗教の信者と隣人になりたくないは、アメリカ3%、ブラジル3%、インド28%、中国9%、日本33%。
移民・外国人労働者と隣人になりたくないは、アメリカ14%、ブラジル3%、インド47%、中国12%、日本36%です。

日本は、他宗教にとても不寛容です。そして、他宗教や移民に対しても、嫌悪度が高いのです。
日本は信頼の高い社会と言われていましたが、それは「身内」には親切ですが、「ソトの人」には冷たい社会でした(山岸俊男著『信頼の構造』1998年、東大出版会)。

現代の宗教事情2、傾聴

現代の宗教事情」の続きです。『現代日本の宗教事情 国内編I』には、「第7章 現代日本社会での傾聴のにない手たち」という項目があります。
キリスト教社会では、チャプレンという人たちがいます。軍隊、病院、刑務所などで、傾聴し、心の安らぎを与えてくれます。日本の刑務所でも、教誨師がいます。
私が、傾聴という言葉を知ったのは、大震災の時でした。

終末期医療、ホスピスでも、傾聴、スピリチュアルケアが取り入れられています。
アメリカの格付け機関が、身体医療の質に加えて、宗教的な相談を受けられる専門家の存在も求めていて、日本国内でも既に25か所の医療機関が認定を受けています。病院という世俗の場所に、宗教が求められています。

ところで、これらは、精神科医とどのように違うのか。宗教は、死やあの世について、語ってくれます。この項続く