カテゴリーアーカイブ:政治の役割

膨大な赤字財政の責任

2018年11月21日   岡本全勝

11月21日の日経新聞、坂口幸裕記者の「財制審、消費増税の必要性訴え」から。

・・・財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は20日にまとめた2019年度予算への提言で、19年10月に確実に消費税率を10%に引き上げるべきだと訴えた。増税対策に万全を期す必要性を訴えつつ、将来の財政膨張にクギを刺した。一方、財政が悪化した平成の30年間を「受益の拡大と負担の軽減・先送りを求める圧力にあらがえなかった時代」と総括。財制審には悔悟と無力感が漂う。
「税財政運営にかかわったもの全てに責任がある」。財制審の榊原定征会長(前経団連会長)は20日、提言した後の記者会見で、財政再建が遠のく現状に無念さをにじませた。「警鐘を鳴らし続けながらも、このような財政状態に至ってしまったことは反省しなければならない」とも語った・・・

・・・借金以外に財源の裏付けがないのに歳出が積み上がる財政構造になって久しい。1989年に始まった平成は国の借金が膨れあがった30年間だった。90年度に大蔵省(現財務省)の悲願だった「赤字国債発行からの脱却」をいったん実現したが、わずか4年で終わった。国の借金はいま900兆円の目前だ・・・

財政制度等審議会の提言はこちら

「財政再建より経済再生」と財政規律

2018年11月7日   岡本全勝

11月4日の朝日新聞連載「平成経済」は「「リーマン」免罪符、歳出膨張」でした。

「2008年9月のリーマン・ショック後の日本経済は大きく落ち込んだ。「財政再建より経済再生」という大合唱のもと、政府は過去最大の経済対策を打ち出し、財政は一気に悪化した。危機対応だったはずの経済対策や増税延期は、「経済最優先」という名のもとで10年後のいまも続き、財政規律は緩んだままだ」という書き出しです。中に。次のような記述があります。

・・・2009年5月に成立した補正予算に盛り込まれた経済対策の規模は、過去最大の15兆円超。財源のうち10兆8千億円は借金で賄う計画で、当初予算と合わせた09年度の予算額は初めて100兆円の大台に達した・・・
・・・リーマン・ショック直後の09年当時は、衆院解散・総選挙が迫っていた時期だった。それをにらんだ与党内からは、「奇策」も飛び出した。・・・しかし、麻生氏や与謝野氏はこうした案を退け、当面は経済再生を優先させつつ、3年後には消費増税にめどをつけ、財政再建を進めると訴えた。当時の最大野党・民主党が消費増税を封印し、子ども手当や高速道路無料化などをアピールしていたことに対し、あえて財政規律を重視する姿勢を示し、「責任政党」をアピールする狙いもあった・・・

当時、麻生総理、与謝野経済財政担当大臣の最も気を遣われたところが、この点です。

定住外国人政策

2018年11月3日   岡本全勝

10月30日の朝日新聞オピニオン欄「多民社会、ニッポン」、鈴木康友・浜松市長の「ロボット扱いしない制度を」から。
・・・国は90年当時から、ずっとダブルスタンダードです。経済産業省は「労働力として必要」という。けれども法務省や文部科学省、厚生労働省は腰が引けています。外国人の支援に乗り出すと、事実上、移民を受け入れることになってしまうからです。本音と建前が相反したままではよくありません。国に欠けているのは、外国人を受け入れる覚悟ですね。
労働力と考えてすませようとするからダメなんです。入ってくるのはロボットではありません。血の通った人間の集団です。どうやって社会に統合するかということを考えなければなりません。
今回、外国人労働者の受け入れを本格的に進めることにした国の方針は一歩前進だと思います。ただ滞在を原則5年にし、家族帯同も認めないといった規定はどうでしょうか。それは人をロボット扱いしていることになります。
「入国管理庁」を設置し、入国審査をしっかりするという方針にも賛成です。ただ残念ながら、社会統合に取り組む部署ではなさそうです。日本に入れたら現場まかせで、問題が起きたら犯罪者として捕まえるくらいのことしか考えていないように見えます・・・

10月28日の朝日新聞には、遠藤乾・北海道大学教授の「外国人政策 国が地方に丸投げ」も載っていました。

原発事故、個人の責任と仕組みの責任2

2018年11月2日   岡本全勝

原発事故、個人の責任と仕組みの責任」の続きです。次のような指摘もあります。

・・・「予見できなかった」「規則を守っていた」状態で大きな被害を生じたなら、そしてそれが会社幹部の責任でないなら。それは、そのような危険な装置を許した社会の仕組みに、責任があると思います。
すなわち、
・より安全な基準を作らなかった会社の責任
・より安全な基準を作らなかった政府の責任
・事故防止をできない施設を動かした、会社と政府の責任
です。
しかし、それを規制する(国民に安全を保障する)政府(経済産業省)が、この点については、何も答えていないようです。
今回の原因と対応策を明らかにしない限り、事故を起こすような装置は動かしてはいけないのでしょう・・・

この点も、なるほどと思います。
再稼働を納得してもらうためには、原因をはっきりさせて、「それについては、きちんと対応策をとりました。だらか安心してください」というべきでしょう。その際に、失敗したことについて「ごめんなさい」と言うのは、現在の日本では常識となっています。
もちろん、仕組みはそれ自体に主体性があるのではなく、責任を負うことはできません。仕組みが「ごめんなさい」と発言することはありません。仕組みは、人間が作るものです。この点については、別途書きましょう。
なお、関連して「お取りつぶしのパラドックス」を書いたことがあります。

原発事故、個人の責任と仕組みの責任

2018年11月1日   岡本全勝

東電福島第一原発事故について、会社幹部の責任を問う裁判が続いています。起訴された幹部たちは、「防ぐことは不可能だった」との発言をしているようです。裁判でどのような判決が出るかは、わかりません。
防止策をとっても防ぐことができなかったとして、またそれは幹部たちの責任でなかったとして、無罪になることもあり得ます。防ぐことができた、幹部に責任があったとしても、証拠が不十分で無罪になることもあります。
では、それで、国民は「そうだよな」と納得するか。ある人が、次のような趣旨のことを述べていました。

・・・「十分な措置を講じても、大災害を引き起こす原発事故を防げない」と判断されるなら、今後、原発を動かすことは難しいでしょう。多くの人が、「そんな危険なものを、動かして良いのか」と思うでしょう。
人間が作った道具や機械は、取り扱い方によって、人を傷つけます。包丁も自動車もそうです。しかし、「通常の注意をしていたら、大きな被害は生じない」との前提で、それら「危険物」を日常生活で使っています。通常の注意では大きな災害を起こす可能性がある装置は、このような判断の外にあります。原発は火力発電所に比べ、事故が起きた際の被害が桁外れに大きいのです。
関係者が「防ぐことはできなかった」と発言するなら、今後も同じようなことが起きる可能性があるので、再度動かしてはいけないことになります・・・

これに関して思い出すのが、日航機御巣鷹山墜落事故(1985年)です。ジャンボジェット機が制御不能となり、墜落しました。製造元であるボーイング社は、圧力隔壁の修理不十分が原因だと認めました。原因を究明して、他のジャンボ機は安全であると宣言したのです。もし原因が不明のままだと、世界中のジャンボ機が飛行禁止になる恐れもあります。これはこれで、一つの経営戦略だと思いました(もっとも、ボーイング社の職員は起訴されていないとのこと。事故の原因究明を優先するためだそうです)。

原因と責任が明らかになれば、次への防止策をとることができます。しかし、「防ぐことができなかった」あるいは「原因はわからない」となると、「じゃあ、そんな危ないものは動かしてはいけない」となります。

なお、今回おきた原発事故が、全く防ぐことができなかったわけではありません。東北電力女川原発は、震源により近かったのですが、津波による事故を起こさず停止しました。
この項続く