カテゴリーアーカイブ:政治の役割

日本の中国援助

2019年2月21日   岡本全勝

2月15日の日経新聞夕刊に「40年の対中ODAに幕 友好象徴 発展の礎築く」が解説されていました。
・・・中国への政府開発援助(ODA)が40年の歴史に幕を下ろす。安倍晋三首相は新規を停止すると表明し、進行中の6事業が最後だ。かつては中国の発展を後押しし日中友好の象徴と位置づけられたが、中国が国力をつけるとともに日中の火種が増え、事情が変わった・・・

1979年から始まった、中国への政府援助。北京空港や鉄道などの建設を支援しました。
このような援助以外にも、パナソニックによるテレビ製造、新日鉄による製鉄所、新幹線技術など、技術支援も行いました。
経済開発に後れを取った中国を支援することとともに、戦争で被害を与えた中国への支援という意味も合ったと思います。
問題は、記事でも指摘されているように、中国の国民がこの事実を知らないこと、日本との友好につながらなかったことです。

平成時代、改革の時代

2019年2月8日   岡本全勝

東京財団政策研究所「平成を読み解く――政治・外交検証 連載第1回「平成デモクラシーと財政・社会保障改革」、清水 真人・日本経済新聞編集委員の発言から。

・・・第一に、「平成デモクラシー」とは何か、です・・・しかし、それら以上に、平成という時代の政治、つまり「平成デモクラシー」は、この時代に行われたさまざまな統治構造改革こそが実は主役であって、それによって初めて強い首相が出現したことが最大のポイントといえます。そこで、制度改革という眼鏡をかけて、平成の政治を振り返ってみます。
1月7日に平成に改元された1989年を思い起こすと、対外的には冷戦終結とグローバリゼーションのスタートという激変がありました。少し遅れて国内的にはバブル崩壊や少子高齢化の進展という今日の人口減少、財政赤字をもたらす事態に直面します。これらにより、従来の政策や資源配分を大胆に変えなければ駄目ではないかという危機感が強くありました。個々の政策を大きく変えるためには、まず政策の決め方そのもの、政治や行政の仕組みから抜本的に変えなければ駄目だという気分に支配されていたのです。1990年代には政治改革と橋本行革の2つの大きな改革が行われました。さらに司法制度改革にまで進みます・・・

・・・政策を大胆に変えようとして平成の統治構造改革は進められた。結果、強い首相が出現した。考えどころなのは、それによって政策決定の質は向上したのかどうかです。「政治は劣化した」「改革は失敗だった」という議論もあります。私はそこまでいいきる自信はありません。平成の諸改革には政治的な妥協の産物となった中途半端な部分もあれば、段階的に実施されて整合性を欠く部分も併存しますが、現状は「改革の失敗」なのか、それとも「改革の不足」なのか。両論がありうるでしょう。政策決定の質は向上したのかどうかも難しい問いです・・・

・・・最後に、もう一度総論に戻ります。この30年でわかったことは何か、これからどうするか。
ここはメディアにも大きな責任があると自覚していますが、2大政党とか政権交代とかを論じるときに、「対立軸」といいすぎたのではないか。この30年、そういう議論をしている間に外交・安全保障も、財政・社会保障も日本の採りうる選択肢が狭まってしまった。むしろ、政権交代を超えた「共通の基盤」は何か、をもっと重視して議論しなければいけなかった。そのことが、3党合意とその崩壊をみてようやくわかったように思います。

政権交代すれば、何でも自分たちの思いどおりに政策を変えられる、というものではありません。政権交代は野党の勝利ではない、与党が負けただけだ、と冷めて考える必要があります。与党ガバナンスの崩壊や権力者のスキャンダルで時の政権が信頼性を失ったときが受け皿、野党の出番なのです。その政策は前政権と8割方変わらないかもしれない。それでも「絶対的権力は絶対に腐敗する」以上は政権の選択肢が複数あり、期間限定で責任を取らせて代えうること、有権者が一票を投じて政権を選べること自体に意味があると考えています・・・

政府専用機

2019年2月7日   岡本全勝

NHKのネットニュースで、政府専用機を紹介しています。一般の方はご覧になることが少ないと思います。ご関心ある方は、ご覧ください。
陛下や総理が乗られるお部屋(先頭の部分)以外は、紹介されています。
総理秘書官が乗るのは、その後ろの部屋です。1年間の総理秘書官務めの間に、10回ほど乗りました。

「乗り心地はどうですか(きっとすばらしいのでしょうね)」と聞かれますが、そんな気持ちにはなりませんでした。皆さんは、飛行機は旅行の際に乗るもの、わくわくするのでしょうが。これは「空飛ぶ官邸」と呼ばれるように、秘書官にとっては仕事の場です。
日経新聞のコラム(2018年2月22日)に書いたように、機中でも仕事をしているので、残念ながら「旅行した」という感想はありません。0泊3日のような出張がある、優雅とはほど遠い場所です。

中国改革開放の40年、異質論

2019年1月9日   岡本全勝

中国改革開放の40年」の続きです。同じく12月13日の日経新聞経済教室、梶谷懐・神戸大学教授の「異質論超え独自性議論を」から。
・・・中国国内で改革開放40周年のお祝いムードが広がる中、米中間の対立が単なる貿易戦争を超えて、より深刻化、長期化するのではないかという悲観的な見方が広がっている。その根拠となっているのが、米国のペンス副大統領が10月4日、保守系シンクタンクで行った演説だ。
演説が衝撃をもって受け止められたのは、貿易問題のほか、政治、軍事、人権問題まで、トランプ政権の中国への厳しい見方が包括的に含まれていたからだけではない。それらの指摘がいわゆる「中国異質論」のトーン一色に染められていたからである。
中国の改革開放政策が始まってから、米国の歴代政権は、中国の経済発展がいずれ中間層を育て、法の支配の確立や民主化につながると考え、「関与(エンゲージメント)政策」を推進してきた。しかし民主党オバマ政権の後半のころから、中国の政治経済体制の変革に関する悲観的な見方が広がってきていた。
そして2018年3月の全国人民代表大会(全人代)で習近平氏が国家主席の任期を撤廃し、政権の長期化が明らかになったことが、米国の対中政策が「抑止」に転換する上で決定的な役割を果たしたようだ。その対中政策の変化の根幹にあるのが、中国異質論の台頭であるのは間違いない。

関与から抑止へと百八十度の転換を遂げたかにみえる米国の対中政策だが、実はこの2つの立場は、ある認識においては奇妙な一致を見せている。すなわち、現在欧米に存在する政治経済体制が唯一の普遍的なあり方であり、それ以外の体制はそこに向かって「収れん」している限りは存在が認められるが、そうではない「異質な体制」は存在してはならない、という二項対立的な認識である・・・

・・・もう一つの資本主義経済の特徴として忘れてはならないのが、権威主義的な政治体制と極めて相性がよい点にある。その理由の一つは、端的にいえば、短期的かつ不安定な取引関係をベースにした経済活動が、政治権力から独立した労働組合や業界団体などの中間団体の形成を妨げていることである。このような団体の不在は、市場経済への零細業者の旺盛な参入などある種の「自由さ」をもたらすと同時に、市場への政治介入を跳ね返すだけの「自治」の弱さと裏返しになっている。

短期的な取引について回る「囚人のジレンマ」的な相互不信の状況を、法と裁判制度で規制するのではなく、有力な仲介業者が間に入ることで解消するという中国の伝統的な商慣習も、権威主義体制との相性の良さをもたらす理由の一つである。伝統的な中国社会では、高い信頼性と独自の情報ネットワークを持つ有力な「仲介者」が、公権力との間に常に深い関係を維持し、経済秩序を支えていた。
有力な仲介者が零細な取引を仲介して束ねることで、公権力の側からの効率的な管理が可能になるという構図は、アリババ集団や騰訊控股(テンセント)など、現代中国のインターネットを通じた「仲介」のシステムにも受け継がれている。しかし、法制度に頼らなくても、仲介によって取引に伴うトラブルが回避される手法が高度に発達したことは、逆に社会における法制度への信頼度が低いままとどまり、「法の支配」がなかなか確立されないことと表裏一体であると考えられる。

総じて言えば権力が定めたルールの「裏をかく」ようにして生じてきた、極めて分散的かつ自由闊達な民間経済の活動と、法の支配が及ばない権威主義的な政治体制が微妙なバランスの上に共存しているのが現在の中国の政治経済体制の最大の特徴であり、この両者の組み合わせは今後も簡単には揺らがないだろう・・・

中国改革開放の40年、一貫性欠いた統治モデル

2019年1月5日   岡本全勝

中国改革開放の40年」の続きです。2018年12月12日の日経新聞経済教室「中国・改革開放の40年」、加茂具樹・慶応義塾大学教授の「一貫性欠いた統治モデル」から。副題に、「国際秩序 関与の姿示せず」とあります。

・・・中国共産党が「改革開放」政策を選択してから、およそ40年が経過した。日本を含む国際社会はこの間、2つの異なる見方の間を揺れ動きながら中国に向き合ってきた。一つは期待であり、いま一つは懸念である。
国際社会は、世界の経済成長のけん引役を担う中国経済に一貫して期待を寄せてきた。経済成長を通じて国力が拡大した中国は、国際社会の力(パワー)の分布に影響を与える存在となり、次第にグローバル・ガバナンス(統治)の改革に積極的に加わり、けん引する意欲を示してきた。懸念は、その先にある。

すなわち、中国がどのようなグローバル・ガバナンスの姿を描いているのか、判然としないことである。国際社会は東シナ海や南シナ海などの空海域における、力による現状変更の試みとも見られる中国の行動を、潜在的な中国の秩序観が映し出されたものと考え、問題視している。
中国はこれから一体どこへ向かうのか。国際社会の中国を巡る問いは、この一点に集約されている。この問いを解く手掛かりは、過去40年間の中国の歩みの検討にある・・・

・・・習政権は過去40年間の成果として、そして発展途上国が社会の安定と経済発展を同時に実現するための手本として、「中国モデル(中国方案)」を内外に宣伝している。安定と成長を同時に実現するための保障が、集権的なトップダウン型の統治だという。そこには共産党の無びゅう性と中国がグローバル・ガバナンス改革をけん引する正当性の主張が織り込まれている。しかし、それは実態を正確に説明していない。そもそも共産党には一貫したモデルはなく、試行錯誤的であった。
そして、安定と成長を実現できたのは、集権的なトップダウン型の統治ではなく、共産党が支配を維持するために、必要に迫られるように導入した、公聴会や問責制といったボトムアップ型のメカニズムが機能したからである。
中国モデルは存在するのだろうか。明らかなことは、統治のかたちの模索は、これからも続くということである・・・

・・・中国は改革開放の40年を経て、世界で中心的な役割を果たすようになったと、高揚感をもって総括し、人類の問題解決のために中国モデルを提示するという。そしてポスト改革開放の道を歩み始めたと宣言するだろう。
だが、共産党はいまだ統治のかたちの模索を続けており、中国は依然、改革開放の40年史のなかにいる。このことは、中国がグローバル・ガバナンスの姿を、まだ描き切れていないことを意味する。国際社会が、グローバル・ガバナンスに関わる規範の改善に努めながら、中国を既存の国際秩序の中で誘導する余地は、まだ十分にある・・・
参考「社会はブラウン運動4 指導者の意図も行き当たりばったり
この項続く