カテゴリー別アーカイブ: 連載「公共を創る」

連載「公共を創る」第193回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第193回「政府の役割の再定義ー日本全体の中長期的な課題と対策の検討を」が、発行されました。前回から、幹部官僚に自らの所管範囲を超えて、広く日本の在り方を考えさせる方策を議論しています。

官邸主導によって、省益や局益優先を排除しなければなりません。ただ、長い間「省」という単位で政治と社会が動いてきたこともあって、この思想と慣習は根強いものがあります。そして、官僚が省益を超えた発想を持とうとしたときに、逆にその担当分野に押し込めてしまう仕組みができています。いわゆる政官財の三角形です。各省と利害を一致させていた官僚以外の集団が、官僚の変化の足を引っ張る役割をしてしまうという構造です。これは、官僚機構側の問題というより、政党側の問題です。

次に、広く日本の在り方を考える組織についてです。各省や各局は、内閣の事務を分担管理するための仕組みです。「分担」や「所管」という観念から、離れることはありません。すると広く日本全体を考えるためには、それら分担管理の上に全体を考える組織と機能が必要になります。
内閣官房には、内政担当と外政担当の2人の内閣官房副長官補が置かれ、内閣の重要政策に関する企画立案や総合調整を行っています。職員は各府省から集められます。そのような場で、職員は所属府省の垣根を越えて課題を与えられ、検討し、その結果に応じて各省を指導します。この経験は、育ってきた府省を超えて、広く日本を考える良い機会になります。ただしこれは、あくまで内閣官房副長官補の下での事務的な調整部局であり、政治家や各省大臣を含めて方針を打ち出す組織ではありません。
内閣官房は、各府省の所管を超えて広く政府の課題を考えますが、その課題は首相から下りてくることが多く、「何が取り組まれていない課題」か「どのような課題を取り上げるべきか」という発案機能は備えていないようです。

会社にあっては、社長の下に企画部門があります。それは、人事・組織管理部門や予算・会計部門と共に戦略を担う重要組織です。組織を動かす基本的要素は、情報、人、資金です。県庁や市役所でも同じで、首長の下に企画、人事、予算があります。ところが中央政府では、予算は大蔵省・財務省があり、組織管理は総務省行政管理局がありましたが、人事についてはかつてはほぼ各省に委ねられていて、近年ようやく内閣人事局がつくられました。しかし企画にあっては、全体を見る部門とそこで働くべき人材は、いまだないのです。

連載「公共を創る」第192回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第192回「政府の役割の再定義ー行政組織のパラドックス」が、発行されました。前回から、幹部官僚に職務を果たさせることを議論しています。まず、自らの所管行政についてです。

制度を所管している、それを運用すればよいという「制度所管思考」から、所管範囲で課題を見つけ取り組むという「課題所管思考」に転換しなければなりませ。その思考を、若いときから植え付ける必要があります。それを指導するのは局長であり課長の役割です。もっとも、それをしたことがない、それに消極的な上司も多いのです。この「社風」を変える必要があります。
もう一つは、外部からの入力です。かつてはほぼ局ごとに審議会があり、有識者を入れて新しい課題と解決方向を議論していました。これは、有用な仕組みです。地域で起きる新しい課題について、研究者、報道機関、非営利団体、そして自治体は官僚より情報を持っていることが多いのです。審議会という形式にこだわらず、彼らの知見を取り入れて新しい課題に取り組むことがよいでしょう。

さて、パラドックスとは、次のようなことです。制度を所管している組織の方が、所管していない人より課題を見つけやすいと考えますが、そうならないことがあるのです。制度を所管していると、それの運用に注力し、課題が発生していても気がつかないことが起きるのです。例えば、その制度に関して補助金を持っていると、補助金配分だけで終わってしまうのです。

連載「公共を創る」第191回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第191回「政府の役割の再定義ー幹部官僚の自覚と教育訓練」が、発行されました。前回から、幹部官僚が役割を果たすべきことを議論しています。経済発展に成功し成熟社会になったのに、その転換に遅れているのです。長引く経済の停滞と社会の不安に対処できていません。

転換に遅れた原因の一つが、行政改革を政策の重点にし続けたことです。第3期の行革(1990年代から2000年代)は、仕組みの改革であり、例えば「官の役割変更」は必要な改革でした。しかし、その後も、「小さな政府」という改革は目標や終期がないままに続けられています。もちろん無駄は省かなければなりませんが、30年もこの運動を続けて、まだそんな大きな無駄があるのでしょうか。単なる「役所批判」になっていないでしょうか。新しい課題が生まれているのに、職員と予算を増やさないことは、政策に十分には取り組んでいないことになります。

職員と予算を増やさないことの弊害は、官僚が新しい政策に取り組むことに消極的にさせ、30年も続くと、新しい政策を考え実現した経験のない官僚を生んでいます。そして、過大な業務量は、職員の働き方にも悪い影響を生んでいます。

後半からは、幹部官僚に仕事をさせる方法を考えます。まず、所管行政について、課題を考え、取り組ませることです。彼らに職務を認識させ、またそのように育てる必要があります。

連載「公共を創る」第190回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第190回「政府の役割の再定義ー復興庁の「社風」と「これまでにない危機」への心構え」が、発行されました。

大規模災害では政府に対策本部がつくられるのですが、東日本大震災の復興に当たっては、政府に復興庁という特別な役所をつくりました。関東大震災での帝都復興院、戦災での戦災復興院の例がありますが、戦後の自然災害では初めてのことです。役所を一つつくる苦労と、職員が仕事をしやすく成果を出せる「社風」をつくることに意を用いたことを説明しました。私一人でできたものではありません。職員たちがそれを理解して、仕事を進めてくれたからできたのです。

第182回から、幹部官僚の役割と育成を議論しています。与えられた所管範囲を超えた広い視野で国民の幸福のための行政を考えることと、そのような幹部官僚を育成する方法についてです。その一つの材料として、私の体験を紹介しました。
私は自治省に入りましたが、その枠にとどまらず国家官僚としてさまざまな経験をさせてもらいました。1978年に自治省に採用され、2016年に復興庁事務次官を退任するまでに38年間、国家公務員と地方公務員として勤務しました。そのうち、自治省と再編後の総務省で約16年、自治体勤務が約11年、内閣、内閣府、復興庁が約11年です。
後半は、省庁改革本部、内閣府大臣官房審議官、内閣官房内閣審議官、総理秘書官、被災者生活支援本部、復興庁と、内閣の近くで仕事をすることが多く、その後の内閣官房参与・福島復興再生総局事務局長の4年余りを入れると、42年のうち15年とさらに長くなります。
振り返って、官僚生活の前半は「自治官僚」であり、後半は「内閣官僚」だったと自称しています

連載「公共を創る」第189回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第189回「政府の役割の再定義ー原発事故への対応と復興庁の発足」が、発行されました。
前回から、東日本大震災での経験のうち、原発事故への対応の難しさについてお話ししています。天災では政府は被災者を支援する立場ですが、原発事故にあっては被災者に対し責任を果たす立場になりました。

事故の責任をどのように果たすのか。しばしば「責任を取ること」が求められますが、被災者にとっては「責任を果たすこと」が重要です。関係者が処分を受けるだけではすみません。
政府と官僚に対する国民の信頼を事故によって失いました。それを、どのようにして取り戻すのか。当時考えたことを整理して書いてみました。官僚がこのようなことを振り返ることは、最近は見ません。それも、問題なのでしょう。