「社会の見方」カテゴリーアーカイブ

変化によって形と関係はつくられる

生物も生態系も、神様が設計されたのではなく、変化の中でできあがったもののようです。
私たちは、今の生物と生態系を見て学ぶので、それが最初からあったものだと思ってしまいます。しかし、そうではありません。単細胞生物から複雑なものへと進化しました。その過程で、生き残りをかけた競争があって、それぞれの生物の形ができ、その棲み分けで生態系ができました(エドワード.O.ウィルソン著『生命の多様性』(1995年、岩波書店)を読んで生態系・生物多様性を知ったときは目からうろこでした)。この本も、本棚から出てきました。

物は単独で進化するのではなく、周囲の環境、他の生物との競争の中で進化を遂げてきました。他の動物との競争がなければ、チーターの足は速くならず、キリンの首は伸びなかったでしょう。
そして、現状でひとまず安定していますが、競争と変化は続いています。仮の安定と言えばよいのでしょうか。人とウイルスとの戦いは、新型コロナ感染症で体験したばかりです。

人間と社会も、同様です。人は社会環境の中で育ち、人が社会の変化を作ります。やっかいなのは、生物や自然の変化に比べ、社会の変化が激しいことです。狩猟採集生活ではほぼ自然環境の一員として、自然の原理の中で生きていたのでしょうが。農耕生活に入って集団による競争が始まり、近代になって「進歩」が通念になってしまいました。
科学技術や経済において、終わりのない競争の中に放り込まれ、私たちは止まることを許されないのです。親と同じ人生を送ることができません。それどころか、大人になったときには、子どもの時にはなかった機械や環境に置かれます。それを学ばないと、置いて行かれます。考えてみれば、しんどい話です。

科学技術の形態、学問の分類

9月20日の日経新聞「リーダーの本棚」は、石川正俊・東京理科大学長の「「学問とは」修め産学連携論」でした。次のような話が書かれています。モードとは様式や形態と訳すとよいでしょうか。
・・・科学技術にはいくつかのモードがある。あるテーマをどんどん掘り下げ心理を解明するのが「モード1」。社会が抱える課題を解きながら社会との関係の中で科学技術の発展を見るのが「モード2」だそうです。私流に解釈するなら、科学者としてわかったという喜びがモード1、できて使ってもらうという喜びがモード2です・・・

出典は、マイケル・ギボンズ著『現代社会と知の創造 モード論とは何か』(1997年、丸善ライブラリ)です。専門家の世界で完結しているのが、モード1。外部である社会と関係を持つのが、モード2です。

この観点からは、社会学において、現実問題と取り組む学問を「実用の学」とするなら、分析だけにとどまる学問を「説明の学」と言ってはどうかと、「実用の学と説明の学」に書いたことがあります。
よく似た切り口からは「過去を見る学、未来を見る学」という分類もあります。
明治以来、日本で成り立った「輸入の学問」=海外の学問を日本に紹介することは、学問の分類には入らないのでしょうね。

「為替は操作可能」誤った認識

9月25日の朝日新聞「プラザ合意40年」、渡辺博史・元財務省財務官の「「為替は操作可能」誤った認識植え付けた」から。このような論考は、当時の当事者で、その後の動きを観察していないと、できないことでしょう。

・・・米国経済を救済するために、主要国で協調してドル高を是正しようとしたのがプラザ合意だ。当時は主要5カ国の経済規模が大きく、為替市場での存在感も強かった。
だからこそ協調してドル安に誘導することに強いメッセージ性があり、実際に為替レートも動いた。ただ、仮にプラザ合意がなくても、当時の米国経済の悪さを考えれば、いずれ市場の力でドル高は修正されていただろう。

だが、もう同じことはできない。欧州でユーロという複雑な構成の通貨が誕生し、さらに中国やインド、新興国の台頭で、当時のG5や現在のG7の世界経済に占める規模は相対的に小さくなった。自国第一主義が広がり、各国が協調して物事を決めることも難しい。仮に協調できたとしても、規模が格段に大きくなった為替市場を操作することは無理だろう。
だからこそ現在のトランプ政権は、為替政策ではなく、関税政策で各国に注文を付けている。当時と異なり米国経済は景気が良い。大手テック企業の誕生など、イノベーションも起きた。だが、国内の富の再分配で失敗し、国民の不満が高まっている。米国内の問題だが、これを関税により、外国との問題に転嫁している。

為替を動かすことに成功したプラザ合意だが、日本にとっては、為替市場は誰かが手を出せばコントロールできるという誤った認識を植え付けた。その後の国民や政治家の為替市場に対する認識をゆがめ、日本の産業界のイノベーションに対するモチベーションが下がった面がある。
日本は為替市場への認識をあらため、産業のイノベーションを促す政策を進めるべきだ・・・

河野龍太郎著『日本経済の死角』

知人に勧められて、河野龍太郎著『日本経済の死角』(2025年、ちくま新書)を読みました。新聞の書評でも取り上げられています。知人に勧められていたのですが、遅くなりました。この30年間の日本経済の停滞を、主に雇用と賃金の観点から分析します。特徴的な点を列記しましょう。
・日本の長期停滞は、大企業が儲かっているのに、ため込んで賃上げや人的投資をおろそかにしてきたこと、社会の変化で家計のリスクが変わったのに、それに応じた社会保障制度が整えられなかったことによる。だから少子化も加速している。
・1998年を100とすると、2023年までの間で生産性は30%上昇したのに、実質賃金は横ばい。この間に労働生産性は、アメリカは50%増加、ドイツは25%、フランスは20%増加。実質賃金は、アメリカは25%増加、ドイツ15%、フランス20%増加です。
・企業が賃金を抑えたので、個人消費が低迷した。
・ベースアップがゼロだったが、正規労働者は定期昇給があり、毎年2%程度、25年間で1.7倍になります。この人たちを見ていると、「給料は上がっている」と見えるのです。他方で、非正規労働者は2割から4割近くに増えています。
・定年の65歳への延長、女性の労働参加拡大、外国人労働者増加が、労働市場の逼迫を遅らせた。それが、賃上げを遅らせた。
・1990年代の週48時間労働から40時間労働への変更は、賃金上昇を伴わず、生産性の低下になった。しかし、バブル経済で問題は隠され、バブル経済崩壊後に悪影響が表れた。
・ジョブ型雇用は、一発屋とゴマすりを増やす。必要なのは長期雇用制の維持と早期選抜の導入。

ここでは、ほんの一部だけを紹介しました。鋭い、説得力ある説明だと思います。へえと驚くことと、私の主張と重なることがあります。一読をお勧めします。
経済学者の論文はしばしば算式が多く難解ですが、現在日本経済への切り込みは少ないように思います。この本は、新書で薄いですが、それ故にわかりやすいです。学者の本に比べ数倍の価値があると思うのですが。いかがでしょうか。
日本の政治家や経営者は、この本を読んでいるのでしょうか。「利益を貯め込んで、賃上げや人的投資をおろそかにしてきた」という不都合な真実について、意見を聞きたいものです。

働きたくない国?日本

9月22日の朝日新聞「働きたくない国、嫌だから 中高生が改革案競う」から。

・・・8月中旬、一風変わったコンテストが開かれた。その名も「労働の未来会議」。働き方改革のアイデアを競う大会だ。
4日間で実態を学び、独自案を示す。全国からオンラインで参加した中高生14人を前に、発案した私立かえつ有明高校(東京都)3年の赤松慶亮(けいすけ)さん(18)が呼びかけた。
「英語を話せる友人は海外で働くそうです。働き方改革の進まない日本企業で働くことが僕たちの世代にとって『最後の選択肢』とならないよう、自分たちの社会を考えるきっかけにしましょう」
商社に勤める父の転勤で6歳から8年間、アメリカで過ごした。仕事を終えた父が宿題をみてくれ、週末は家族で出かけた。帰国した後は、帰宅時間が遅くなり、家でもパソコンに向かっている。「進路などを相談したいけど、なかなか顔を合わせる機会がないですね」

まず日本企業の印象を話し合った。
「同調圧力が強そう」「親は休みの日も呼び出されている」。「日本の企業文化と合わなそうだから、国外で働きたい」という意見も出た。
では、就職先を選ぶ際に重視することは?
「フレックスタイム制と在宅勤務を導入していること」「仕事とプライベートを両立できること」「評価が明確か」

日本は、週49時間以上の就業者比率が米国や英国など主要7カ国中で最も高いのに、労働生産性は最下位だ。「最も時間をかけて仕事をし、生み出す付加価値が低い国。だから改革が求められているんです」

私立洗足学園高校(神奈川県)1年の永田結愛(ゆあ)さん(15)は、コンテストの期間中、学んだことを元に両親に尋ねた。
「なぜ仕事の帰りが遅いの?」「どうして休みの日も仕事があるの?」
ヘルスケア関連会社に勤める母親は、午後4時までの時短勤務のはずだが、毎日のように時間を超えて働き午後6、7時に帰宅する。営業で管理職の父親には、休日も電話がかかってくる。
母の職場のチームメンバーも多くの仕事を抱えて割り振ることができなかったり、父は取引先の都合だったり。「一人の意識ではどうにもならない。だから、会社や社会が変わらないといけないんだ」
制度を作るだけではダメだと気づいた。では、意識や環境を変えるには――。理想だけを押しつけては反感を買うかもしれない・・・