ニコラス・ウェイド著『宗教を生みだす本能―進化論からみたヒトと信仰』(邦訳2011年、NTT出版)が、興味深くまた勉強になりました。注を入れて350ページの本なので、少々時間がかかりました。著者は、宗教は人類の本能に根ざしたもので、進化の過程で重要な役割を果たしたと考えます。なぜ、自分の命を投げ出してまで、信仰の名の下に集団のために戦うのか。個人の生存戦略とは矛盾するこの宗教的行為が続くのは、集団の生存戦略にかなっているからだと説明します。
宗教には、個人の信仰・神とのつながりという内面的機能と、信者が団結する・他方で異教徒を迫害するという外面的機能があります。個人を安心させる機能と信者同士をつなぐ機能は、社会を安定させる機能として大きな役割を果たしてきました。道徳もまた、人類が育ててきたものですが、道徳や法律とともに、宗教も人類が集団生活をする上で、必須だったのかもしれません。
飢餓や病気など、生きていくことが困難だった昔には、神に祈るしかなかったのでしょう。また、他部族と争うには、神の下での団結が有用だったのでしょう。それらのリスクが大きく減少した近代では、宗教の役割は変わってきています。しかし、文明が進歩した西洋でも日本でも、宗教は根強い力を持っています。さらに、新興宗教・あるいは宗教まがいのものが、若者を引きつけます。
近代文明は、道徳や法律は研究しますが、宗教はアヘンと呼ばれたり、いかがわしいものとされたり、科学や学問が関与しない分野におかれています。歴史の教科書では出てくるのですが、現代の記述になると消えてしまいます。国家は宗教とは関わらないとするのが、近代憲法の建前ですが、社会の安定を考える際には、宗教を無視してはいけないのでしょう。
この本は、宗教が社会にとってどのような役割を果たしてきたか、果たしているのか。広範な知識で、解説してくれます。3大一神教(ユダヤ、キリスト、イスラム)とその聖典の起源や成り立ちの解説は、勉強になりました。残念ながら、仏教や儒教、ヒンズー教は、取り上げられていません。
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長期間の比較、日本の変化
総務省統計局が、面白い比較をしています。まずは、第1回の国勢調査(1920年)と現在(2010年)との比較です。
人口は、5,600万人から1億2,800万人まで、2.3倍になっています(現在の国土の範囲で比較しています。昨日「いわゆる本土」と書きましたが、誤解を招くので修正します)。世帯数は4.6倍になり、1世帯当たり人員は4.9人から2.5人に半減しています。合計特殊出生率は、5.1から1.4にと、4分の1になっています。平均寿命は男が42歳、女が43歳だったのが、80歳と86歳になっています。倍になっているのですね。子どもの体格も良くなっています。
米の収穫量が950万トンから、850万トンに減っています。人口が倍になったのに、米が減っても余っています。日本人が米を食べなくなったということです。
年平均気温が、14.2度から16.9度に上がっているのも、驚きです。
このほか、東京オリンピックの頃(1964年)と、現在を比べた表もあります。世帯の1か月の収入は、5万8千円から52万円に9倍にもなっています。消費者物価指数が4倍になっているのに、バナナやテレビ(白黒からカラーに変わっても)の値段がほぼ同じ、正確にはやや安くなっているのは、驚きです。他の数字もご覧ください。
私の父は1921年生まれ、私は1955年生まれなので、この2つの比較はいろいろと思い出すこと、考えることがあります。
私は『新地方自治入門』で、50年前(戦後)と現在の富山県の数値を比較して、いかに地方行政が成功したかを論じました。毎年の変化は小さくても、長期で比較するとその間の変化や、努力が見えます。
明治維新と戦後改革の違い
粕谷一希著『粕谷一希随想集2 歴史散策』(2014年、藤原書店)、「思いつくこと 着想の面白さ」(p107~)から。
・・明治の歴史記述はずば抜けて面白い。それは維新という近代革命があって、日本の社会がガラリと変わったこと、幕末のころに日本の儒学、蘭学、英語が絶頂に達していたことによるのだろう。
米欧を政府使節について廻った久米邦武の『米欧回覧実記』は生々しく面白い・・
・・総じて敗戦後の日本よりも、維新直後の文章の方がはるかに面白い・・
・・要するに明治国家の当事者たちも、近代国民国家として欧米”列強”に対抗して独立を維持できるかどうか不安だったのだろう・・
私は、明治維新と戦後改革はともに大きな変革ですが、二つの間には緊張感の違いがあると思います。それは、政治指導者たちの危機感の違い(植民地になるかもしれないという不安vsアメリカの指導の下に独立を回復すれば良い)、構想力の違い(これまでのお手本である中華体制を離れ、何をお手本にするかを自ら選ぶ必要があったvsアメリカの指導に従っておれば良かった)だと思います。
坂の上の雲をもじる
講談社のPR誌『本』2014年9月号、平田オリザさんの「下り坂をそろそろと下る」の冒頭は、次のような書き出しで始まります。
・・まことに小さな国が、衰退期を迎えようとしている。その列島のなかの一つの島が四国であり、四国は、讃岐、阿波、土佐、伊予にわかれている。讃岐の首邑は高松・・
お気づきになりましたか。平田さんは続けて、次のように白状しておられます。
・・と、これは、読者諸兄がよくご存じの『坂の上の雲』の冒頭の、できの悪い贋作である・・
う~ん、平田さんにやられましたね。国民的小説とも評され人口に膾炙した『坂の上の雲』をもじった本は、いくつかあります。『坂の下の・・』とか。でも、書き出しをもじるとは。
もっとも、原文は「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている」で、小さな国がその後発展して大きな国を破るので、この文章が成り立ちます。今この文章をもじるなら、「まことに大きく発展した国が、衰退期を迎えようとしている」でないといけません。「まことに小さな国が衰退」しても、小説にはなりません。
そして、もっと楽しい小説にするためにも、「まことに衰退期に入る国が、復興期を迎えようとしている」にしなければなりません。
社会はどのようにして進歩するか、させるか
近藤和彦先生の「グローバル化の世界史」を読んで、ロードレース史観の見直しについて考えました。社会や国家は、進歩します。しかし、諸国が同じ路線を順番に進んでいるのではありません。単純な、後先はないのです。
明治以降の日本は、「進んだ西欧、遅れた日本と東洋」という図式で社会を理解し、産業や技術だけでなく、社会制度を輸入し、西欧を追いかけました。技術や産業なら、先進と後進があるのでしょう。しかし、「社会」については、各国がそれぞれの置かれた条件(地理的条件、資源、気候、歴史、文化)の中で、それに適合した社会をつくりあげてきました。社会について、進んだとか遅れたという評価はあるのでしょうか、あるとしたらその物差しは何でしょうか。
一人当たりのGDPは、一つの物差しでしょう。また、物をたくさん持っている方が進歩していると、通常は評価されます。私もそう考えて、生きてきました。「豊臣秀吉でも飲んでいないおいしい酒を飲んで、徳川家康が食べたこともないアイスクリームを食べている」とか「クレオパトラが見たことのないロンドンを見て、始皇帝が乗ったこともない飛行機に乗った」と自慢しています。しかし、それは豊かさの比較です。それをもって、社会の進歩とみて良いのでしょうか。時代と地理的条件が違う社会で、単純にどちらが進歩しているか、比較はできるのでしょうか。
例えば、このホームページでは、労働慣行をしばしば取り上げています(2013年12月26日、2014年4月20日)。日本型の内部労働市場と、欧米型の外部労働市場とで、先進と後発はあるのでしょうか。それぞれに、長所と短所のある慣行だとおもいます。どちらが進歩しているとは言いにくいです。
さて、社会の進歩に話を戻すと、それぞれの社会に「進歩」はあるが、それぞれの社会の間で「優劣の比較」はない、ということでしょうか。
また、国民の努力によって、社会は変えることができます。しかし、ご先祖さまから相続した歴史を白紙にして、新しい社会を作ることは困難です。文化の移植は、難しいでしょう。特に、国民の末端まで意識を変えることができるか(ここでは、社会の単位を、国家として考えています。もちろん、国家の中に、いくつもの社会が存在します)。
そうしてみると、フランス革命、ロシア革命、中国革命(1949年)は、どこまでそれぞれの社会を変えたのでしょうか。また、変えなかったのでしょうか。家族のあり方、親子の関係、宗教、習俗、教育への考え方、隣近所との付き合い方などなど。英雄や革命では、変えることは難しいです。
ところが、戦後日本の経済成長は、家族の暮らしや、村の生活を大きく変えました。現在もなお、過疎化、少子化、都市への集中、若者の非正規雇用の増加などは、社会と個人の暮らしを大きく変えています。インターネットやスマートフォンの普及もそうです。革命以上の変化をもたらしています。
そうしてみると、社会を変えるエンジンは何なのでしょうか。そして、私たちは、何をどのように変えれば良いのでしょうか。生煮えな議論で、すみません。