私の履歴書の限界

日経新聞朝刊の最後のページに、連載「私の履歴書」があります。毎月、お一人の人生を取り上げています。経済界だけでなく、文化・芸術・スポーツ関係の方、政治家、官僚もあります。
先達がどのようにして生きてきたか、仕事をしてきたかの教科書として、若いときから読んでいます。

若いときは、登場される方すべてが、勉強になりました。私の知らない世界ばかりでしたから。その後に経験を積んだことで、より客観的に読むことができるようになりました。時に感じるのは、「そんな、うまくいったことばかりだったのですか」という疑問です。
自叙伝ですから、都合の悪いことは書かないのでしょうね。忘れているのか、覚えていても書かないのか。私もこのホームページに、笑い話ですむことは書きますが、不都合なこと(特にほかの人に迷惑がかかるような話)は書きませんから同じです。

その人の評価は、本人ではなく、別の人が行うことなのでしょう。聞き書き(オーラルヒストリー)もありますが、都合の悪いことは質問しにくいし、本人も話さないでしょう。これも限界があります。
本人が話さない「都合の悪いこと」のほかに、その人が周囲からどのような評価を受けていたかも、本人はわかりません。特に悪い評判です。
そして、本人が社会や組織でどのような役割を果たしたのか、果たさなかったのかもです。
この項続く。