子ども医療費の無償化の効果

8月11日の日経新聞オピニオン欄、渡辺安虎・東京大教授の「データが語る子育て支援のワナ」から。

・・・子育て支援策のうち、この25年ほどで一気に広がったのが子ども医療費の無償化だ。一定年齢までの子どもについて、健康保険でカバーされない2割や3割の自己負担分を市区町村や都道府県が負担し、実質無償で医療や薬を受け取れる政策である。
子ども医療費の無償化は国ではなく自治体レベルで行われてきた。当初はごく一部の市区町村で就学前までの医療費が無償化されていたが、この20年ほどで多くの自治体に広がった。2021年時点で半数弱の自治体が高校生まで、残りの半数弱も中学生まで無償化されている。就学前までのみ無償化の自治体は非常に少なく、助成対象の年齢の引き上げが続いている。

この政策はどのような効果をもたらしたのだろうか。実は無償化政策のデータに基づく効果検証を、政府はこれまで実施していない。
東大の飯塚敏晃教授と重岡仁教授は、市区町村レベルでの無償化の状況の推移データを作成した上で、患者レベルの治療の経過がわかるレセプト(診療報酬明細書)データと結合して政策効果を推計する論文を発表している。
結果は予想される通り、子どもにかかる医療費が増加していた。さらに健康な子供の受診回数が増え、不要な抗生物質の処方や、緊急性が低いのに救急外来を利用する「コンビニ受診」も増えていた。他方、無償化の効果については、死亡率や入院確率に変化はなく、成長後の健康状態にも影響がなかった。

つまり医療費の無償化は子どもの健康状態を特段改善しないにもかかわらず、過剰な医療費支出を生み出しているわけだ。将来的な財政負担を増やす非効率な政策はどのように広がったのだろうか。
重岡氏と筆者との共同研究からは、この政策が自治体の選挙を通じて広がってきたことが判明した。さらに単に選挙のタイミングで広がるのではなく、周囲の市区町村より無償化の対象年齢が低い選挙の場合に広がっていた。
首長が選挙への影響を恐れて周囲の市区町村に追いつこうとし、非効率な政策が地理的にどんどん広がる構図が読み取れる。前回選挙で対抗馬がいたり、首長が多選であったりする場合に特にその傾向が強い。

より大きな問題は、このような分析を政府が行っていないことだ。異次元の少子化対策は新たな挑戦であり、間違いや失敗が生ずることは避けられない。であれば、事業費の0.1%でよいのでデータに基づく政策改善のための予算を確保するなど、政府が改善を進められる体制を整えることが重要だろう・・・