最初から完璧を求める社会

7月15日の朝日新聞夕刊、藤田直哉のネット方面見聞録」「マイナ問題、世代分断と完璧主義を越えて」から。

・・・もちろん、個人情報は保護されるべきで、不利益を被る人が少ない方がいい。だが、そのことによってデジタル化(DX)や効率化が進まないことの損失も大きい。ここには、単なるシステムの不備よりも、大きな社会的・政治的ジレンマが横たわっているように思われる・・・

・・・二つ目は、細部にこだわりがちな日本社会の神経症的な性質と、IT業界やシリコンバレーなどの「やってみて、ミスがあったら修正していく」やり方の齟齬である。IT系のサービスは前例がないことも多いので、最初からミスなく提供することは困難である。だから、サービスを始めて、問題があったら修正していくという手法を採ることが多い。それに対し、日本は、企業や行政に最初から完璧であることを求めがちであり、組織も防衛的になりがちである。しかし、もはや日本はバブル崩壊前のように豊かではなく、人材の数にも余裕がない。産業構造も大きく変わった。かつてのように細部にこだわり完璧を求める文化を維持するだけの体力がないのかもしれないし、それに合理性もないのかもしれない。

現状の危機感を、年長世代も理解し、協力する姿勢が、分断や敵対を越えるために必要である。そして、政府が「ミスがあれば必ず補償する」と約束し安心感を醸成することを前提に、最初から完璧を求めるのではなく、多少のミスを織り込んだ上でダイナミックな改革を進めていくことに対する国民的な合意と文化を形成していく必要があるのではないだろうか・・・