スポーツ選手への中傷と批判

12月9日の朝日新聞スポーツ面「W杯を語ろう」「中傷と批判、選手守るには」から。

田中ウルヴェ京さんの発言
誹謗中傷のわかりやすい例は、人格、人種など「選手」としてではなく「人」として変えられないものについて悪く言い、その人を傷つけることでしょう。
批判とは、根拠をもとに、良いところと悪いところを分けて評価したり、検証して論じたりすることです。そして、批判にも「やり方」があります。目的が何なのか。目立ちたい、怒りをぶつけたいなど自己主張が目的だとすれば、それは“悪質な”批判、あるいは誹謗中傷でしょう。選手らと同じ立場で一緒に戦っていない人は、批判の前提である根拠がありません。

スポーツ選手が負けると、テレビなどを通じて表面的に見える部分だけで安易に判断し、中傷する人がいます。しかし、負けたからといって誰しもが中傷したくなるわけではありません。中傷をSNSに書く人は、その書き手自身に勝手な目的がある。書き手の心理背景が中傷の目的にある限り、そして、書き手が自身の課題に向き合うことから逃げる限り、中傷はなくなりません。

荒木香織さんの発言
五輪やサッカーW杯などのメジャーな大会であればあるほど、批判や誹謗中傷は多くなってきます。ファンが期待するものと、現実の結果との落差に腹が立ち、それをはき出したくなるのでしょう。
選手側から対策を考えていきます。
私が選手に伝えているのは「大会前後、レース前後は絶対にSNSは見ない」「自分の名前を検索しない」ということ。これが大前提です。書かれていたコメントをどう受け止めるかという以前に、一番必要なことです。
2015年のラグビーW杯のとき、私がメンタルコーチを務めた日本代表は「見ない」ということを決めていました。

大会に向けては、メディアコントロールが重要です。いい準備をするために必要なもの以外は、全てシャットダウンしていきます。一般の人が書き込むSNSもそうですが、新聞やテレビも例外ではありません。
記者との接触一つでも気を使います。たとえば、記者から「こういう風に思うのですが、どうですか」という質問があっただけでも、選手は不安になったり、動揺したり、いらだったりする可能性があります。
そのくらい選手も私たちと同じ「人間」です。中傷にさらされれば、心理的なダメージを受けます。

大会が終わってからも、ネット上に書き込まれたものは残ります。大会後も見ないと自分で決めるか、「反応しない」と決意して見るか、だと思います。
見たくて見るのであれば、選手も相応の覚悟をしないといけないと思います。そのくらい深刻に捉える必要があります。