「ちゃんと勉強しないとこういう鉄工所で働かなあかんようになりますよ」

朝日新聞ウエッブニュース「「3K」鉄工所を変えた引率教諭の一言 「ちゃんと勉強しないと…」」(2022年6月21日)から。

大阪府南部、岸和田市の「廣野鐵工所」。1945年創業の農機具部品メーカーで、社員は約150人。クボタのトラクターの部品などを製造している。
3年前、民間団体が選ぶ「日本で一番大切にしたい会社」の審査委員会特別賞を受賞。その翌年には中小企業庁の「はばたく中小企業300社」に選ばれた。
企業理念の最初に掲げるのは「社員の成長と幸せづくり」。決して大げさには聞こえない。

社長の廣野幸誠(ゆきせい)さん(65)に尋ねた。「なぜ、社員のためにそこまでできるのでしょう」
2006年に社長に就いた廣野さん。「実はですね……」。決して忘れることのない約40年前の出来事を語った。
当時の廣野鐵工所は大阪府泉大津市にあった。ある日、近くの小学生が工場見学に訪れた。入社間もない廣野さんが出迎えた。地元の子どもたちに会社のことを知ってもらうチャンス。作業工程をわかりやすく説明し、お土産にノートやペンを手渡した。
工場見学の最後に、引率していた若い女性教諭が言った。「さあ、お礼を言いましょう」
「ありがとうございました!」
子どもたちの元気な声に廣野さんはホッとした。だが、教諭の次の一言に耳を疑った。
「みなさん、いいですか。ちゃんと勉強しないとこういう鉄工所で働かなあかんようになりますよ」
驚きと怒りに全身が震えた。でも、言い返すのは子どもたちの手前、我慢した。教育委員会には「二度と工場見学は受けない」と伝えた。
ただ一方で、「たしかにそうかもな」と教諭の言葉を受け入れる感情が、徐々に芽生えた。

会社の工場は当時、「きつい」「汚い」「危険」と、3Kそのものだった。
溶接の油のにおいが充満し、あちこちから立ち上る油煙で工場の向こう半分は見えなかった。小さな扇風機しかなく、夏は作業服を脱いでランニングシャツ1枚で働く作業員が多かった。
このままではあかん、会社を変えなくては――。当時社長だった廣野さんの父元吉さんと改革を始めた。
最新の機械を導入し、若手社員でも短期間で戦力になれるようにした。若手社員はどうすれば定着してくれるのか、社員の満足度はどうやったら上がるのかを考え続けてきた。たどり着いたのは、会社に社員の居場所を作る、社員のがんばりを会社が認めることだった。

40年前の女性教諭の一言が、会社を変えるきっかけになった。「今ではあの先生に感謝しています」。心からそう思っている。