高齢者雇用、必要な働き方改革

10月1日の日経新聞経済教室、八代尚宏・昭和女子大学副学長の「高齢者雇用どう進めるか 40歳代からの働き方改革を」から。

・・・日本の20~64歳人口は、2000年のピーク時からの20年間で約1千万人減少した。一方、この間に65~74歳人口は約450万人増えている。この年齢層が労働市場で活用されれば、人手不足の改善だけでなく、年金給付の節約や高齢者の健康維持など幅広い効果がある。これを妨げている大きな要因が他の先進国では原則禁止の定年退職制だ。
定年制の本質は、個人の仕事能力に大きなばらつきがある高齢労働者を一律に解雇する「年齢による差別」だ。雇用契約で個人の仕事の範囲が明確に定められる欧米方式では、その契約条件を満たす社員を、年齢だけを理由に解雇できない。
これが日本で容認されるのは、雇用と年功賃金が保障される下で、どのような業務でも無限定に担う正規社員という「身分」が、定年年齢で失効するためだ。未熟練の新卒者に多様な仕事を経験させて育てる日本の働き方では、個々の仕事能力についての評価が乏しい。代わりに年齢という客観的基準で、包括的な雇用契約を打ち切る「形式的平等性」が尊重されてきた。

政府は、定年制は維持したままで、65歳までの雇用を企業に義務付ける高年齢者雇用安定法を改正し、さらに70歳まで努力義務として延長した。だが定年後の再雇用は1年間の雇用契約を更新することが多く、能力が高くても企業内で責任あるポストに就くことは困難だ。その半面、賃金が抑制されても雇用は守られるため、定年を契機に企業外で活躍する機会費用を高める「飼い殺し効果」もある。
日本企業にとって現行の仕組みのままでの定年制廃止は困難だ。定年制をなくすには、40歳代から社員の多様な能力を自発的に生かすキャリアを形成し、高齢者の雇用がコスト高にならない仕組みに変える必要がある。それを支援する政府の役割が同一労働同一賃金原則と解雇の金銭解決ルールの制定だ。この働き方改革は安倍政権では腰砕けになり、旧来の雇用慣行を正当化するだけに終わった・・・

・・・日本企業は新規一括採用などの雇用慣行の下で、若年労働者のスキル形成のために長期間の訓練投資を行ってきた。だが今後の低成長期に、60歳まで訓練を続けるのは過剰投資だ。少なくとも40歳代からは一般の社員は自ら選んだ専門的職種に専念する。その生産性と賃金が見合う限り、企業にとって定年退職を求める理由はなくなる。
他方、今後の管理職を含むタレント社員には、より無限定な働き方が要求される。一般社員の仕事範囲が限定されれば、緊急な仕事への対応を誰かに押し付けられない。管理職が自ら対応せざるを得ないため、それに見合った高い仕事能力が必要だ。将来、経営を担うタレント社員には、年齢にかかわらず昇進か退職かの二者択一が迫られる。

大卒社員なら、誰でも職種や地域を問わず無限定に働く代わりに、定年までの雇用と年功賃金が保障される。この働き方は、過去の高い経済成長と人口構造の下で適した慣行だった。
それが維持できなくなった以上、単に定年後の雇用対策でなく、少なくとも40歳代からの現役の働き方改革が求められる。タレント社員を目指すか、専門職にとどまるか、どの職種の技能蓄積か、などの企業内でのキャリア形成は人事部任せでなく、自ら選択できる。
そうなれば日本の雇用慣行を維持しつつ定年制を廃止し、高齢者をその多様な能力に応じて活用できる。企業による強制ではなく、自ら望む時期に退職することが、高齢化社会での望ましい働き方になる・・・