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行政-災害復興

大震災、市町村長のご苦労

大災害時の緊急対応、そして大規模で長期間にわたる復興。これを通じて、改めて、市町村長の苦労を思いました。

住民たちは、行政からの支援を市町村長に要望するとともに、やり場のない怒りを市町村長にぶつけます。首長は、住民からのよろず要望と苦情の窓口・対象になります。住民も、すべてのことが直ちに解決するとは思っていないのですが、思いを誰かにぶつけたいのです。
国に要求、要望すれば片付くものもありますが、そうでないことも多いです。首長自身が被災者であることも多いのです。

あわせて、地方自治の効能も再認識しました。
住民の要求と不満をひとまず、自治体で受け止めてもらう。すべてが国に持ち込まれると、国はパンクしてしまいます。また、相手が国だと、要求と不満は際限がないでしょう。
地域のことは地域で判断する。地方自治が生かされる場面でもあります。特に、どのような町に復旧・復興するかです。国が案を提示しても、住民の満足度は低いです。住民、自治体が考え、最も良い案を作る。ここに、自治の機能が発揮されます。

もちろん、大災害の場合は、財政、技術、職員など、自治体だけではまかなえないことが多く、それは国が支援しなければなりません。
補完性の原則です。自治体が住民の第一次支援者であって、自治体の支援者は国です。
なお、原発事故は、東電とともに政府(経産省)も加害者ですから、自然災害とは状況は違います。

被災地視察、4月の雪

昨日今日と、国会議員と一緒に、原発事故被災地を視察してきました。
今回は、避難指示解除が困難な場所と、産業再開を中心に見てきました。
事業者の方の話を聞くと、いろいろと勉強になります。施設設備の整備に対しては補助金で支援できるのですが、従業員確保、販路拡大など、お金では解決できない課題も多いです。農業再開も、担い手の確保や、農地の規模拡大などの課題があります。

ふたば未来学園は、今年から中学生を迎えます。新しい校舎ができあがり、引っ越しの最中でした。
生徒たちが地元の人たちと地域の課題などについて考える部屋「双葉みらいラボ」も、ちょうど企画をやっているところでした。学校って、意外と地域とはつながりが少ないのですよね。運動会に父兄が来ることを除くと。日本財団の支援です。
特色ある教育について説明を受け、また高校生の発表を聞いてきました。しっかりした発表で、びっくりしました。

ところで、この時期に、阿武隈高地は雪が降り、積もっているところもありました。木々は、白い花を咲かせているようできれいでしたが、気温は零下で寒かったです。
桜の名所である富岡町の夜の森の桜並木も、まだつぼみでした。去年は、4月3日に満開だったそうです。今年は、6日と7日に桜祭りを予定しています。今年は、ふだん立ち入りを制限している桜並木も、バスで通ってもらいます。

福島復興再生協議会

今日3月30日は、福島市で開かれた福島復興再生協議会に行ってきました。NHKニュース
県の代表と国の責任者たちが一堂に会して、原発事故からの復興の進捗を確認し、今後の課題を議論する場です。大臣たちが福島に出かけて、会議を開くことにしています。今日も、復興大臣、経産大臣、環境大臣の他、総務省、農水省からも政務職が出席しました。

着実に復興は進んでいますが、まだまだ先は長いです。
今日も、具体的個別の課題と、広域的中長期的な課題が提起されました。今後、それらの課題を解決していきます。
会議に出した資料は、週明けには復興庁のホームページに載せます。

大熊町の避難指示一部解除

原発事故被災地の大熊町で、避難指示が一部解除されることになりました。
避難指示が出た市町村では、放射線量の低下、除染、生活環境の再開によって、順次避難指示が解除されています。全町避難が続いているのは、原発に最も近い双葉町と大熊町です。そのうち、大熊町の一部で、避難指示が解除されます。

町の中心部は放射線量が高く、今回解除するのは、そこから外れた地域です。町長が、町の中心部は放射線量が低下し復興するには時間がかかると判断され、早い段階で大川原地区での復興を先行することを決断されました。そこで、田んぼであった地域に、町役場や住宅をつくることにしました。役場や住宅も、ほぼ完成しています。来月には、役場も開所します。
現在は、約100キロ離れた、会津若松市に避難しているのです。
8年前を思い出すと、こんなに早く一部解除ができるとは、思いもできませんでした。

もっとも、今回の避難指示解除は、ごく一部地域でしかありません。町の中心部の復興には、まだ時間がかかります。また、意向調査では、住民の6割が「戻らない」と答えています。
お隣の双葉町は、まだ全町避難が続いています。来年の今頃には、JR常磐線が開通します。それに合わせて、双葉駅を再開させ、駅前の道路も開通させる予定です。そして、その周辺を復興させる計画です。
放射線の残る地域では、一気に復興とはいかず、順次の進捗になります。

大震災から引き継ぐもの

今年も3.11の前後は、様々な行事や報道がされました。
ある記者によると「去年より多かったのではないですか」とのこと。指摘されると、そのような気もします。
8年という区切りに、例年と違う要素はないのでしょうが。一つには、平成という時代がまもなく終わることについて、平成を振り返る企画が多いことも、関係しているのかもしれません。

さて、復興状況は紹介したので、少し長い視野で考えてみます。
この大震災の経験から、後世に引き継ぐものは何か。次の3つがあると思います。

1 大震災へ対応する「機能」
阪神・淡路大震災では、政府の初動対応のまずさが、批判されました。その経験から、官邸の危機管理体制、自衛隊をはじめとする緊急出動などが強化されました。東日本大震災では、その訓練が生かされました。
そして今回は、広域の支援、プッシュ型の支援などのほか、借り上げ仮設住宅の活用、全国に避難した人たちへの支援、孤立防止、新しいまちづくり、産業再開支援など、これまでにない暮らしの再建に向けた対応が取られました。NPOや企業による支援もです。
この「機能」を、次の災害に活用するべきです。すでに、熊本地震などでは、活用されています。

2 防災・減災「意識」
国民の防災、減災意識も、重要です。
まずは、逃げる。防潮堤は、すべての津波を防いでくれるわけではありません。
どこに逃げるか、事前考え、訓練しておくこと。数日は生き延びることができるように、生活物資を備蓄しておくことです。
我が身は、自分で守らなければなりません。
この意識を、伝えなければなりません。

3 大震災の「記憶」
災害遺構や、アーカイブ、書物などによって、この災害を語り継いでいかなければなりません。
この地域は、かつて大きな津波災害に遭っています。しかし、時代が経つとともに、忘れ去られていたのです。

災害遺構を残し、この災害を後世に語り継ぐことも重要ですが、私は、上の1と2が重要だと考えています。