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行政-災害復興

宮城県被災地視察

10日11日と、宮城県の被災地視察に行ってきました。先月の岩手県被災地視察に続き、宮城県です。今回は、産業復興を中心に見てきました。
住宅再建は予想以上に進み、来年には仮設住宅を解消できそうです。最も被害の大きかった石巻市も、いくつかの市町村より早く完成しそうです。市長や副市長と、そんな話をしました。
当初は、一番数の多い仮設住宅の運営や、100か所になる高台移転計画など、どうしたらよいかみんなで頭を抱えました。総務省から派遣された笹野副市長が、大活躍をしてくれました。たくさんの被災者のお世話をしながら、住民の意向を聞き計画を立てるのです。高台移転は約60か所に縮小しましたが、すべて完成しました。これは、当時を振り返ると、奇跡に近いでしょう。

住宅ができ、公共インフラ復旧のめどが立ったら、次は町のにぎわい回復です。そのためには、働く場と、人のつながり回復が必要です。
各市町村長も、自信に満ちた顔です。村井知事とも、そのような話をしました。
各市町で考えたことは、次回書きましょう
火曜日に福島に行き、そのまま水曜木曜と宮城県内を車で移動しました。朝から晩まで車に乗っていると、結構疲れるのです。

コンビニは災害支援インフラ

10月4日の朝日新聞オピニオン欄「災害、想定外への備え」、丸谷智保・セコマ社長の発言から。北海道で最大手のコンビニです。
・・・先月6日の午前3時過ぎに地震は起きました。北海道全域が停電する中、札幌市の本社で各地の状況が分かり始めたのは午前7時ごろです。予想以上に多くの店が早朝まだ暗いうちから営業していました。95%にあたる1050店舗が当日営業しています。
町全体の明かりが消える中、店には水や食べ物を求めるお客さんが殺到しました。「店を開けてくれてありがとう」という感謝の声がたくさん寄せられ、ネットでは「神対応」とも言われました。
事前の備えが功を奏したのだと思います。停電対策として非常用の電源キットを全店に配備済みでした。車のエンジンをかけ、シガーソケットから電源をとる。おかげで停電下でもレジを動かせました。配備したきっかけは2004年に北海道を襲った台風です。あのときにも停電が起きたので、対策が必要だと気づきました。
もう一つ好評だったのは、店内で作った温かいおにぎりでした。11年の東日本大震災をきっかけにガス炊飯器を備えた店を増やしていたため、停電中でも炊けたのです・・・
・・・それでも一定の物資を届けられたのは、やはり3・11の教訓です。道東の釧路市にあった物流センターに自家発電機能を持たせ、トラック用の燃料も備蓄していました。おかげで今回、被害の大きな道央を支援する形で多くのトラックを動かせました。今後も絶えず備えの見直しをしていかねば、と痛感しています。
コンビニは災害時に人々を支えるインフラになっているのだと思います。自らも被災地の住民であるスタッフが今回、自発的に店を開けました。日頃から地域に密着しているから「住民も困っているのでは」という思いやりが働いたのではないでしょうか・・・

東日本大震災の際に、「新しい社会インフラ」に気づきました。携帯電話、コンビニ、宅配便です。地方ではガソリンスタンドも。従来の公共インフラに加え、これらも住民の生活を支える重要な基盤です。
今回の大規模停電のニュースを知ったとき、どのようにしてコンビニが営業しているのか、不思議でした。棚の品物を客が懐中電灯で探しています。「??レジは停電の際にどうしているのだろう」とです。非常用電源を確保してあったのですね。

岩手県被災地視察3

岩手県被災地視察2の続きです。

町が津波で流され、新しく街並みを造っている地域では、いわゆる「コンパクトシティ」ができています。かつては、街並みが広がり(といっても空き家も多かったのです)、集落が点在していました。再開発の際に、住民が減りつつあることや、工事費用を抑えるために、町の中心にそれらを集めたのです。
そして、図書館や公共ホールなども。これらは、平時だと土地の買収のために、郊外に作られることも多いのです。しかし、それは町中の賑わいを寂れさせることになっていました。町の中心、駅近くに寄せることで、人が集まるようになっています。山田町、大槌町、釜石市、陸前高田市がそうです。
便利になっています。大災害からの復興が、町を集約化する機会になりました。

なお、大槌町では、高校生が、町の復興状況を定点観測(同じ場所を写真でとり続ける)しています。たくさんの地点と写真がありますが、お勧めは町の中心である「町方」です。例えば「B10」。

岩手県被災地視察2

岩手県被災地視察」の続きです。
まちの復旧を考える時、住宅や道路などインフラの復旧を想像しますよね。まずは、住むところと施設が必要です。ところが、町が復旧するには、そのような建物や施設だけではなく、生活に関する各種のサービスと働く場が重要なのです。
お店がないと、暮らしていけません。働く場がないと、生活できません。災害で町を離れた人が、新しく作られた町に戻ってくるかどうか。そして、その地域ににぎわいが戻るかどうかは、このサービスと働く場にかかっています。

町の中心部を流されたところと、福島の原発事故で避難した町で、このことを痛感しています。商業サービスも公的サービスも、利用者がいないと、成り立たないのです。しかし、各種のサービスが再開されないと、住民は戻ってきません。需要と供給は、ニワトリと卵の関係です。
他方で、商店や工場を再開しようとしても、働く人がいないと、運営できないのです。すると、徐々に住民が戻り、徐々に商店が再開するという「時間」が必要なのです。

そして、その地域に今後どの程度の人口が定着するか。それは、働く場にかかっています。
三陸沿岸の町は、水産業が主たる産業です。飲食店もガソリンスタンドも運送業も、水産業があってなり立ちます。他方で、水産業もそれらの支えがあって成り立ちます。昨年は、サンマが記録的な不漁でした。今年は、今のところ元に戻りつつあるようです。
また、いくつかの地域では、水産業を含め全体の経済活動が(復興の建設需要を除いても)大震災前の水準まで戻っています。これは、明るい話です。この項続く

なお、9月30日の朝日新聞が、「東北の仮設商店街、迫る退去期限」を大きく解説していました。