カテゴリー別アーカイブ: 災害復興

行政-災害復興

原発被災地、帰還へのさまざまな悩み

福島県の原発事故被災地では、順次、避難指示が解除されています。商店や病院など、生活を支える各種のサービスが必要なのはもちろんですが、ほかにもさまざまな悩みがあります。

現地では、廃炉作業や除染作業のために、多くの作業員が働いています。廃炉作業だけでも、5千人程度おられます。と言っても、そのような宿泊施設はないので、作業員用のホテルや仮設の宿泊施設(昔風だと、飯場と言ったら良いのでしょうか)が建てられています。
すると、地元の住民でないよ、そから来た作業員がたくさん住むことになります。いかつい、知らない方言をしゃべるおじさんもいます。それが、住民にとっては不安になったのです。

広野町では、住民の不安を取り除くべく、努力してきました。それを知らせる記事が、町の広報誌に載ったので、紹介します。
2018年第5回広野町国際フォーラム「地域共生のまちづくり~復興従事者との共生~」を終えて

放射線量の安全基準

1月20日の読売新聞サイエンス欄に、増満浩志・編集委員の「被曝線量 数字に惑わずに」が1面を使って載っていました。
・・・放射線防護の枠組みは分かりにくい。特に原発事故後の対応は、平常時と大きく変わるだけに理解されづらく、「安全基準を緩めた」と批判されることもある。
リスクは「あるかないか」でなく、「どのくらい高いか低いか」が重要で、その判断には数字の意味を正しく理解することが欠かせない。科学的な根拠を飛び越えて「放射線量が年20ミリ・シーベルトでは危険」「いや心配ない」などと議論するのは不毛だ・・・

そして、具体的な事例が書かれています。
例えば、食品の基準値の100倍の肉を食べたらどのくらい被爆するか。全く心配ありません。なぜなら、この基準は食品の半分が基準値すれすれという想定で作られたからです。
日本の食糧自給率、そして原発事故被災地産の食品の市場占有率を考えると、そんなことはあり得ないでしょう。これは、チェルノブイリ事故の際に、被災地住民が「地産地消」で暮らしていたことを例にして作ったのではないでしょうか。そして、日本では、この基準値を上回るものは、出荷していません。
飲酒やたばこの発がんリスクとも比較してあります。

もちろん、安心については個人差があります。なるべく安全な方を選ぶのは当然ですが、その程度を誤ると、暮らしが不自由になり、余計なリスクを増やします。
わかりやすい解説です。ぜひお読みください。インターネットで読めると良いのですが。

被災地企業と大手企業支援とをつなぐお見合いの場「結の場」

1月11日の読売新聞「大震災 再生の歩み」は、「結の場」(ゆいのば)でした。
・・・東日本大震災の被災地の企業と、首都圏などの大手企業が手を組み、新たなビジネスが生まれている。出会いのきっかけを作ったのは、復興庁主催の相談会「結の場」。経営課題を抱える被災地企業と、課題解決のノウハウを持つ大手をつなぐ、いわば”お見合い”の場だ・・・
という書き出しで、岩手県大船渡市の木工品・職員製造会社「バンザイ・ファクトリー」が富士通の助言で作った「香るiPhonケース」などの実例が紹介されています。

結の場については、復興庁ホームページ「結の場」をご覧ください。仕組みとともに、これまでの実績も載っています。

復興の3要素、その3

復興の3要素、その2」の続きです。
復興に携わって、これらの施策をどのように整理するのがよいか、どのように説明すると皆さんに分かってもらえるかを、職員と考えました。そして作ったのが、この表です。この3分類は、復興庁の施策体系でも採用しています。

「1インフラ・住宅の再建」がモノの復旧であり、お金と工事技術があればできるのに対し、あとの2つは、様相が違いました。それを、どのように表現したらよいかを、考えたのです。
施設設備が復旧しても、それだけでは、産業やなりわいが復旧したことにならないのです。小売りやサービスが再開されないと、また働く場所が戻らないと、復旧したことになりません。これまで政府も自治体も長年にわたり地域振興施策を続けてきました。しかし、施設設備への補助金だけでは成功しなかったのは、それが理由です。モノでなく機能が再建されなければなりません。そして、継続、持続する必要があるのです。その点で、施設設備は「容易」です。お金と技術があれば作ることができます。
コミュニティの再建は、もっと難しいです。モノでも機能でもなく、住民のつながりであり、それが持続しなければなりません。補助金でできるものではありません。産業なりわいの「機能」の再建は、お金や技術で支援することができますが、住民のつながり維持は、お金と技術では限界があります。

要約すると、次の通りです。
インフラ再建は、モノの復旧であり、お金でできました。そして、公共施設は国や自治体のものでした。技術も経験もありました。
産業・なりわいの再生は、機能の再生であり、主体は事業主でした。これまでは、事業主に任せていました。施設設備への補助金だけでは、機能は復旧しませんでした。
コミュニティの再建は、つながりの再建であり、主体は住民でした。これまでは、住民任せでした。再建支援は、手探りで行いました。

歴史的には、つい最近まで、私有財産の災害復旧には、公費を投入しませんでした。個人の住宅再建に公費を出す「生活再建支援金」の法律ができたのは、2008年です。産業・なりわいの再生とコミュニティの再建に国が乗り出したのは、東日本大震災からです。それは「まちのにぎわいの復興に必要な3要素」図の右端に書いておきました。

このように図にすると、個別の施策の位置づけが明確になります。目的、主体、手法なども、明確です。この表で、各施策を管理すると、何ができていて、何が不足しているかも分かります。
なかなか良くできた整理だと、自負しています。大学での公共政策論の講義でも、これを活用しています。もちろん、わかりやすくするために大胆な分類にしてありますから、すべてをきれいに整理できるわけではありません。
私はこのように、簡単な表にするのが好きです。というか、それも幹部の役割でしょう。例えば、麻生内閣でも、主な政策体系を図にしました。

復興の3要素、その2

復興の3要素、その1」の続きです。
その後、「1インフラ・住宅の再建」は順調に進みました。国土交通省、自治体などの管理の下で、建設業者が住宅再建や道路・堤防の復旧を進めてくれました。

3コミュニティの再建」は、仮設住宅での見守りから、住宅再建が進むと、恒久住宅での孤立防止に課題が変わりました。新しい町や集合住宅では、町内会がないのです。そこで、「コミュニティの形成」(町内会の形成)を、支援内容に加えました。図の左下の枠内。これは、既存の省庁で担当する役所はありませんでした。現在も、復興庁が担っています。

2産業・なりわいの再生」は、水産加工場では施設設備が復旧したのに、売り上げが回復しませんでした。商店の棚を別の産地に奪われていたのです。売り上げを伸ばすにはどうしたらよいか。より品質の良いものをつくり、売り込まなければなりません。それは、補助金でできるものではありません。大企業などのノウハウを借りることにしました。図の右側。これは、民間から来てくれた復興庁職員が考えてくれました。

このように、地域の暮らしやにぎわいを取り戻すには、「1インフラ・住宅の再建」だけではダメで、「2産業・なりわいの再生」や「3コミュニティの再建」が必要だったのです。住民、地域共同体、事業主に任せず、国や自治体が支援することに手を広げました。さらにいま述べたように、あとの2つは時間とともに課題が変化し、対応を追加しました。
この項続く