カテゴリー別アーカイブ: 社会と政治

社会と政治

社会の転換に取り残された者が支えるポピュリズム

10月31日の朝日新聞オピニオン欄「トランプ慣れする世界」、吉田徹・北海道大学教授の発言から。

・・・ トランプ氏個人より、それを生み出した原因こそが重要です。人民の代表を自称し、既存の政治をエリート主義として揺さぶる。典型的なポピュリストのトランプ氏は、権力の中枢であるホワイトハウスの住人になっても「敵」と闘い続けた。敵はイスラム過激派、中国、国内の「極左勢力」など、状況に応じて移り変わりました。
生み出したのは産業構造の転換に取り残された、象徴的な意味での「白人男性労働者」でした。ポピュリズムは米国固有の問題ではありません。歴史的に見ると、19世紀後半、第2次世界大戦後の20世紀半ば、そして現代の三つの波がある。それぞれ農業から工業へ、サービス業の都市部集中、そしてIT産業と金融の発展という構造転換と呼応する政治です。

いずれのポピュリズムも、転換に取り残されたことへの反動から生まれた感情に根ざしたものです。ただ、現代の3番目の波には、感情の源泉にアイデンティティーが強く作用しているという特徴がある。トランプ支持者たちだけではありません。#MeToo運動やBLM運動の加速の背景にも、「私は何者か」という問い、つまり他の人と人種やジェンダー、ナショナリティーがどう違うか、があります。社会の構造的差別の原因はこの「違い」にあると捉えられ、怒りが、政治的な力に転換されています。
こうした感情の力は、従来の政治の回路でくみ取れなくなった民意の存在を教えてくれます。一方で、生み出された怒りや憎悪が大きくなりすぎて収拾できなくなっています。アイデンティティーの問題は、政策的課題と異なって妥協や合意を導くことができないからです・・・

カリフォルニア州の住民投票、ウーバー運転手は個人事業主

昨日5日書いた「住民投票で決める労働者の身分」、投票結果が出たようです。11月6日付け朝日新聞「米ウーバー運転手は「個人事業主」 カリフォルニア州で住民投票」。詳しくは、記事をお読みください。

・・・米カリフォルニア州で3日行われた住民投票の結果、ウーバー・テクノロジーズなどのライドシェアサービスの運転手が、州の「待遇改善法」の適用対象外となり、個人事業主にとどまることになった。同法は、仕事をネットで請け負う「ギグ・エコノミー」の担い手保護の先進事例とみられていたが、これに反対する企業側の大キャンペーンが奏功し、「従業員化」は実現しない見通しだ。

同州では大統領選に合わせ、こうしたサービスの運転手を個人事業主にとどめることを求める住民投票が行われた。ウーバーや同業のリフトなどの企業が計2億ドル(約208億円)超を投じて大量の広告などを出し、賛成を訴えていた・・・

住民投票で決める労働者の身分

10月27日の日経新聞オピニオン欄、村山恵一コメンテーター「グーグルは民主的なのか」に、次のような記述がありました。
・・・米大統領選の日、2社の地元カリフォルニア州では、ギグワーカーは個人事業主か従業員か、処遇のあり方を問う住民投票がある。安心して働けることは民主主義の土台だ。投票の結果がどうであれ、運転手が納得できる仕事の環境を整えるための知恵を出し続ける責任がウーバーなどにはある・・・

このようなことが、住民投票にかけられるのですね。
かつて、イギリスの町を視察した際に、町議会で、町のパブに音楽などを許可するかどうかを、審議していたことを思い出しました(2002年欧州探検記 セント・アルバン市)。

共通体験なき現代、蔓延する無関心

10月24日の朝日新聞オピニオン欄、真山仁さんによる、西田亮介・東京工業大学准教授へのインタビューから。

“今の世の中には、民主主義という言葉がはんらんしている。民主主義ということばならば、だれもが知っている。しかし、民主主義のほんとうの意味を知っている人がどれだけあるだろうか。その点になると、はなはだ心もとないと言わなければならない”
この一文は、1948(昭和23)年から53(同28)年まで、中学・高校の社会科の教科書として用いられていた『民主主義』(文部省著)を、読みやすくまとめて復刻した新書(2016年刊行)の序章にある。

会ってまず聞いたのは、同書に注目した理由だ。
「民主主義というのは、それぞれの国によって誕生の経緯も認識も違います。必要なのは、民主主義を実感できる固有の共通体験です。『民主主義』が刊行された当時、日本では、敗戦と新憲法公布という共通体験があり、民主主義とは何なのかということに、真剣に向き合わなければならない時期でした。だからこそ、教科書として意味があったのではないでしょうか」と、西田は考える。
同書は5年間で、教科書としての配布を終える。民主主義が、日本人に浸透したからではないだろう。高度経済成長に向かう中で、もはやそんな「きれい事に関わっている余裕がなくなった」からなのかも知れない。
「同書には執筆陣の主観や強い思いがにじんでいます。それが中立的ではないという批判もあったようです」

では、現代の若者が民主主義を学ぶ教科書として、同書は役立つのだろうか。
そう問うと、西田は「難しい気がします。授業で利用したことはありますが、学生からの反響があった記憶はありません」と答えた。さらに「現代の学生に、敗戦の共通体験はありません。それどころか、社会がどんどん分断されていて同世代であっても、共通体験をした実感がないのでは」と分析した。

アメリカ社会の分断

10月23日の朝日新聞オピニオン欄、フランシス・フクヤマさんのインタビュー「米国、分断克服の道は」から。

――それでも多くの国民がトランプ氏を熱烈に支持しているのはなぜでしょう。
「米国政治の変容を理解する必要があります。党派の対立軸が(成長重視の)右か(分配重視の)左か、という経済政策によるものだったのが、21世紀はアイデンティティー(帰属意識)に取って代わられました。自身の尊厳や価値観を認められたいという欲求の受け皿になるかどうかが重視される時代になったのです」
「端的に言えば、共和党は社会で徐々に存在感が薄れゆく白人層の政党。民主党は女性、人種などをめぐる様々なマイノリティー(少数者)、高度専門職に従事する白人が支持層に混在する政党になりました」

 ――その中でトランプ氏が果たした役割は何でしょうか。
「多くの白人労働者層や低学歴の有権者は、トランプ氏を自分たちの価値観や尊厳を大事にしてくれる英雄だと見なすからこそ忠誠を誓うのです。トランプ氏の政治的な本能が、自分たちのアイデンティティーの承認を求める彼らを見事に結集させたと言えます」

――米国は社会の分断を克服できますか。
「大統領が交代すればすぐに分断が解消されるわけではありません。克服には長い時間がかかります。優れたリーダーシップも必要です。バイデン氏でうまくいく確証はありません。まずは地道に『良い統治』に専念することが肝要です。たとえばパンデミックを抑制する策を講じること。『リーダーが問題解決に機能している』と国民が実感できるかどうかが鍵なのです」

 ――分断の根っこにあるアイデンティティーをめぐる対立は続くのではないでしょうか。
「長い目で見れば社会は常に変化しています。たとえばポピュリズムの背景にある白人労働者層の不満には、グローバル化の受益者である大都市に対し、取り残された地方からの怒りの表明という面があります。しかし、地方の縮小を押しとどめるのは現実には難しい。今の対立構図は過渡的といえるかもしれません」

 ――未来に希望をつなぐことはできるでしょうか。
「歴史に後戻りはありません。多くの国々がいま起きている変化に対応しようとしています。なかでも民主主義がレジリエント(強靱)だと私が信じる理由は『抑制と均衡』で過ちを自己修正する機能にあります。米国はこの選挙を通じて、民主主義の強靱さを世界に示してほしいと願っています」