カテゴリー別アーカイブ: 報道機関

今年の10大ニュース

先日、ある報道機関に呼ばれて、今年の10大ニュースについて意見を求められました。12月になると、各紙であるいは各分野で、今年の10大ニュースが選ばれます。
記者が用意した候補には、1月1日の能登半島地震、2日の羽田空港での飛行機衝突炎上事故から始まり、パリ・オリンピック、大谷選手の活躍(50・50)、衆議院選挙結果などが並んでいます。

そこで「何を基準に、点をつけようか」と悩み、考えました。
一つは、異なる分野で序列をつけるのは難しいということです。災害とスポーツと政治での出来事を比較するのは不可能です。また、特定分野にばかり偏ることもよくないですよね。経済、文化芸術、科学技術、国民の暮らしなども選びたいです。

もう一つは、何をもって大きな出来事と考えるかです。次の3つに分けることができるでしょう。
・印象に残る出来事(紙面に大きく載るニュース)
・それぞれは載らないけどいくつかの出来事を集めると大きな変化であること(各地の豪雨災害、地球温暖化など)
・出来事ではわからない、社会の変化
これは、ブローデルの唱えた「歴史の3つの時間」にも通じます。その時々では耳目を驚かせる出来事と、それが持つ後世への影響です。1年後や10年後に振り返ってみて、「あれは大きな出来事だったなあ」と思うかどうかです。
それで、記者と「去年の10大ニュースと比べて見よう」「10年前の10大ニュースと並べてみよう」と議論しました。

さて、各紙はどのような10大ニュースを並べるでしょうか。ところで、去年の10大ニュースのいくつかを覚えていますか。

DBSってわかりますか

NHKニュースがテレビとウェッブで「「日本版DBS」法が成立 性犯罪歴を確認へ」を伝えていました。
皆さんは、DBSが何かわかりますか。このニュースでは、「子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないか確認する制度「日本版DBS」」と説明しています。
DBSって、何の略かわかりますか。インターネットで調べると、Disclosure and Barring Serviceの略だそうです。 これだけだと、「開示と禁止のサービス」という意味でしょうか。犯罪証明管理及び発行システムとか、前歴開示及び前歴者就業制限と訳すこともあるようです。

駅前で通行人に「DBSは何かわかりますか」と聞いたら、何人が正しい答えを出すでしょうか。今日はニュースでわかった人でも、数週間後にはわからなくなっているでしょう。この略語では、連想が効かないのです。「データベースだっけ」とか。
多くの報道機関が、このアルファベット略語を使っているようです。普通の日本人にわかる言葉にしてほしいですね。DBSの元の英語 Disclosure and Barring Serviceを見ても、「前歴確認制度」ではダメなのでしょうか。

新聞の役割

5月1日の朝日新聞に、朝日新聞の1面広告が載っていました(ウェッブでは見当たりません)。朝日新聞デジタルの宣伝です。情報量が紙面の5倍だというのが、売りのようです。
しかしこの宣伝では、読者を増やすことは難しいでしょう。もちろんこの宣伝は紙面に載っているので、新聞を読んでいない人には効果がありません。すでに新聞を購読している人向けの宣伝であり、デジタル紙面へ誘導する宣伝なのでしょう。

新聞社が力を入れなければならないことは、新聞を読んでいない人、特に若者を勧誘することでしょう。若い人は、新聞を読んでいません。ニュースは、インターネットで無料のものを見ています。そしてそれで満足しています。この人たちに、デジタル紙面は情報量が多いことを訴えても、金を出して買おうとは思わないでしょう。

私は、インターネットのニュースと、新聞紙面とは異なる報道媒体、目的が異なる情報機関だと考えています。出来事としてニュースを見るなら、インターネットが早くて便利です。NHKのウェッブサイトを見れば十分です。
新聞紙面の機能は、ニュースを伝えることではありません。世の中にある膨大なニュースから重要なものを選択して、並べてくれるのです。新聞の機能は、編集長が選択し、限られた紙面の中に並べてくれることにあります。新聞紙面を読むことは、編集長を雇っていることなのです。新聞は情報量が限られていることが「売り」なのです。インターネットで記事を追いかけると、無限に広がり、時間はかかるし、終わりがありません。
そして世間では、どのような話題が中心になっているのか。それは、紙面での記事の扱い、場所と分量が示してくれるのです。

このことは、かつて日経新聞夕刊1面のコラム(2018年4月12日)にも「新聞の読み方」として書きました。
・・・あるテーマを早く深く知るなら、インターネットの方が効率的だ。しかし、好きな分野だけを深掘りするのではなく、社会の動きを知ることが重要だ。何が大きく扱われているかを知ること。膨大な数のニュースから編集者が切り取って並べてくれている。それを活用しよう・・・

その機能から、もう一つの効果があります。関心のない記事も目に入るということです。インターネットでニュースを見ていると、自分の関心のあることと興味を引くことだけを見るようになります。しかし、紙面では関心のない記事が大きく扱われています。それが社会では、重要事項なのです。その記事を読む必要はありません。そんなことがあることさえ知っていおればよいのです。社会で活躍するには、現在の社会での問題は何か、一通りの知識は必要です。それには、インターネットでなく紙面を見ることが効率的です。

新聞社も若者の新聞離れを嘆く前に、どのように宣伝したら、学生や若い社会人に買ってもらえるかを考えるべきです。まず、学生と新社会人向けに、新聞の読み方、利用の仕方を説明した小冊子を作り、ウェッブ上で公開してください。どこかに載っていたら、教えてください。

新聞の1面記事を非購読者にも

5月17日の朝日新聞オピニオン欄に、藤村厚夫さんが「価値ある1面記事、非購読者にも」を書いておられました。意見に賛成です。

・・・メディアから得る情報は、私たちを取り囲む社会や世界を深く理解する出発点として重要な役割を果たしている。だが、その一方で、ニュースの流通量は増えるばかりだ。膨大な情報の山に囲まれていては、その対処に疲労を覚えることもしばしばだろう。
「これは本当に起きたことか?」「この解説は正しいか?」などと、つねに情報の吟味を繰り返さなければならないのは、時に苦痛でもある。となれば、信頼のおける第三者にこの対処を委ねたくなるのも当然だ。多すぎる情報をその重要性や信頼度から絞り込めるなら、読者の負担は軽減する。信頼に足るメディアが求められるゆえんだ。

筆者が携わるスマートニュース メディア研究所が2023年に実施した「メディア価値観全国調査」(第1回、QRコード参照)では、そんな情報の価値判断をめぐって、人々の期待値が明らかとなった。
調査では、メディアをめぐって多数の問いを設けたが、端的に「新聞の1面に掲載されるニュース」を重要なニュースと見るか否かも尋ねた。「重要だ(かなり重要である+やや重要である)」と回答したのは全体で76%と高い評価を見せた・・・

・・・両調査を通じて見えてくるのは、新聞に求められる役割は、正確で信頼性の高い情報発信だけではなく、情報を重要性で絞り込む(新聞社の)“価値判断そのもの”でもあるということだ。新聞1面への高評価はその最たる例だろうし、「安心できる」の高スコアにも対応する。
どの記事を1面に掲載するかは流動的で、新聞社内ではつねに侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論が戦わされていると、筆者の取材に応じた朝日新聞の春日芳晃・編集局長兼ゼネラルエディターは答えてくれた。掲載の基準には定式があるわけではなく、鮮度や重要性の高さ、あるいは時間をかけて取材してきた企画などの記事が、日々、1面の座を占めるべく競いあっている。

だが、新聞が持つこの重要な価値を、新聞に日常的に触れていない人々が体験できているかといえば、心もとない。インターネットメディアの時代では、朝日新聞ならば、「朝日新聞デジタル(アプリ)」や「朝日新聞紙面ビューアー」に新聞1面に相当する機能を求めることになる。だが、有料購読者限定という壁がある。多くの非購読者は、「厳しい取捨選択を経て絞り込まれた日々の重要な情報の提供」という価値の醍醐味を体験しないままだ。その接し方は、朝日新聞の記事であったとしても、ネットに広がる「多すぎる情報」の一部として体験するにすぎない。
その意味で、紙面ビューアーや、重要なニュースを3本に絞って解説する「ニュースの要点」を(一部機能を制限するなどして)広く無償で提供できないものか。「朝日が考える今日の重要なニュース」という指針を広く示すのだ。あわせて他のメディアの価値ある情報も選別して紹介すれば、朝日新聞の持つ取捨選択力を独立の価値として示せる・・・

報道機関の横並び意識

12月1日の朝日新聞オピニオン欄「記者会見に求めるもの」、林香里・東大教授の「各社横並び、主体性持って」から。

・・・記者クラブという器ではなく、その空間にいる記者のマインドセット(思考の癖)が問題なのです。例えば、安倍政権で官房長官への取材で、各社担当記者が携帯やICレコーダーを事前に回収袋に入れていたと伝えられましたが、横並び意識が表れています。
日頃から他社の記者と団体行動で動いていると、記者一人ひとりの立ち位置がどこにあるのかという、自分の主体性を失って、思考停止になりがちです。

これは、ジャニーズ問題の報道にも表れました。長く沈黙を続けた大手メディアは、英国の公共放送BBCが報じたあと、批判しても安全という空気が作られると一斉に報道を始めました。ですが、ほとぼりが冷めると一気に引いていくという同じ構図が繰り返されるのではないでしょうか。テレビ局は似たような検証報道をしたものの、芸能事務所や広告会社とテレビ局の問題という構造的な問題には踏み込めていません・・・