「災害復興」カテゴリーアーカイブ

行政-災害復興

3.11、各紙の報道

3月11日、各紙が特集を組んでくれました。
読売新聞社説は「大震災6年 きめ細かな復興支援が大切だ」でした。
・・・暮らしの基盤再生は、ようやくヤマ場を越したと言えよう。
復興・創生への道筋を具体的に示し、被災地のこれからの歩みを後押しする。復興庁を始めとする政府の責務である。JR仙台駅から南に約4キロの街中に、2万4000平方メートルの更地が広がる。仙台市内最大の仮設団地だったが、昨年10月に解体作業が始まり、今年2月には地権者に土地が返還された・・・
・・・移転先の復興住宅などでは、コミュニティーの構築が、必ずしも順調には進んでいない。
仮設住宅では、行政とNPOなどの民間団体が手を組み、住民同士の交流を促す活動を展開してきた。高齢者らの買い物をサポートする団体もあった。仮設から移り、こうした取り組みが減った、と岩手県内の被災者の一人は語る。
NPOなどとの連携は、復興庁が重点的に手がけてきた手法だ。引き続き積極的に活用して、住民の孤立を防いでもらいたい・・・

紹介されている仙台市の長町駅前仮設住宅団地は、新幹線の窓からもよく見えました。すっかり更地になっています。
読売新聞は、特別面「復興事業一歩ずつ」で、かさ上げ工事がいかに膨大な作業であるかを、絵入りで解説していました。なぜ、6年経っても新しい町ができないか、仮設住宅が解消されないかが、よくわかる記事でした。ありがとうございます。

被災企業再建補助金の成果

3月10日の日経新聞が、「被災企業 一括支援が効果」を書いていました。東日本大震災で新設した、「中小企業グループ化補助金制度」です。
・・・東日本大震災で、国が被災企業に資金を支援する補助金が復興を後押ししている。日本経済新聞社の調査では受給した9000以上の事業者で破綻したのは一部にとどまったことがわかった。被災企業がグループを組んで再建する場合に補助する震災後に新設された制度で、地域経済の再建を下支えしている・・・

延べ9,419事業者に、4,650億円の補助をしました。そのうち破産・廃業は61事業者、0.6%です。他方、3県には10万社弱の事業者があり、この間の倒産は1,099県で、1.1%が倒産しています。「グループ化補助金は被災企業の破綻を大幅に抑えた」と記事は評価してます。原文をお読みください。

しっかりした分析の良い記事を書いてくださって、ありがとうございます。
とかく役所は「これをします」とは発表するのですが、「その結果、これだけの効果がありました」と分析するのを怠るのです。

3.11、あれから6年

2011年3月11日から、6年が経ちました。早いようにも思いますし、長かったとも思えます。避難者にとっては、とても長い6年だったでしょう。復興に携わっている、特に働きづめだった市町村長や職員にとっては、あっという間の6だったでしょう。私もそうです。

この1週間、マスコミが特集を組んでくれています。この時期には、もはやニュースになるような政策はなく、現場の復興状況の報告と、政策の検証が中心になっています。断片的なニュースでなく、大きく紙面を取った進捗状況や課題の報告は、全体像を把握しやすく、ありがたいです。
このホームページでも取り上げたように、被災市町村長はかなり復興が進んでいると考え、復興のめどがつきつつあります。
岩手、宮城の津波被災地域では、住宅再建にめどがつきました。福島の原発被災地では、帰還可能な地域は避難指示が解除されます。帰還困難区域では、復興拠点を作ることとしました。福島でも、新しい段階に入ります。

当初は確たる当てもなく、10年を復興期間とし、その半分を集中復興期間としました。各地の具体的な計画はまだできていなかったのですが、区切りは必要ですから。結果として、津波被災地域は、この期間設定は適切でした。福島は、当初は、いつになったら帰ることができるか、皆目見当がつきませんでした。ここは、5年が区切りでなく、6年が一つの区切りになりました。

しばしば「6年前は、6年後をどう想像していましたか」と質問を受けます。私の感想は、「6年でここまで復興するとは、想像もできなかった。津波のがれきを見て、いつがれきが片付くのだろうと、計画も立たなかった。福島では、いつになったら人が住めるようになるのだろう。何十年かかるのだろうと思った」です。それを思い返すと、6年でよくここまで復興したものです。多分、多くの市町村長は同じ思いだと思います。
しかし、まだまだ道半ば、福島は緒に就いたばかりです。引き続き、力を入れていきます。

自治体間の職員応援、制度化を

3月10日の朝日新聞社説は「被災地支援 全自治体で相互協定を」でした。
・・・東日本大震災の復旧・復興の現場で、全国の自治体職員が活躍している。この6年で延べ9万人以上が駆けつけた。
阪神大震災がボランティアの活動領域を広げたように、東日本大震災は自治体職員の出番を増やした。津波で流された市街地の再建などで、行政の知識と経験が求められたからだ。
その結果、自治体同士の支援連携が劇的に拡大、深化した。
関西広域連合のカウンターパート方式が一例だ。大阪府と和歌山県が岩手県を、兵庫、鳥取、徳島県が宮城県を、京都府と滋賀県が福島県を担当した。支援内容の重複を避けつつ、継続的に対応してきている・・・
・・・全国1700余のすべての自治体に、災害時に援助しあう相互支援協定を網の目のように張り巡らそう。すでに一部の自治体同士で締結されているが、それを日本中に広げるのだ。
まずは、都道府県や政令指定市、人口20万以上の中核市から始めてはどうか・・・全国知事会や全国市長会などが、マッチングを主導できるのではないか。むろん政府も資金面を含めて協力すべきだ。
自治体が互いに連携を深め、支援態勢を準備しあう仕組みを、全国規模でつくる。
そんな「人間による国土強靱化」こそが、東日本大震災から学ぶべき対策だと考える・・・

自治体間の職員応援も、東日本大震災で初めて本格的に取り組んだことです。原文をお読みください。