「災害復興」カテゴリーアーカイブ

行政-災害復興

仮設住宅解消への努力

大震災被災地では、住まいの復興が進むにつれて、仮設住宅が終了しつつあります。仙台市などは、去年の春に終了しました。次の住まいに移ることに悩んでおられる方もおられるので、自治体では各戸に相談に行って、公営住宅の紹介や、社会福祉でのお世話をしています。そのような自治体職員の働きがあって、仮設住宅を終わらせることができています。
福島県でも、その対応を進めています。4月1日の朝日新聞、長谷文記者が書いた、福島県庁職員の家庭訪問の実態「復興へ、はじめの一歩」を、このホームページでも紹介しました(4月1日の記事)。
4月24日では、現時点で対象となる1万2千世帯のうち、未確定は119世帯です。約1%まで減っています。元の住所に戻らず、避難先で定住を決めた方も大勢おられます。子育てや働く場所、病院などの事情で、そのような選択をされる方も多いのです。
その事情について、4月25日の朝日新聞は「原発事故で自主避難、正しかったか葛藤」という記事を載せていました。

「約1割」と書きましたが、「約1%」の間違いでした。訂正します。4月28日追記。

事故を起こした責任と償い

4月24日の日経新聞「発信・被災地から」は「住民を裏切った。東電幹部 復興支援に奔走福島に残り償いの日々」として、東京電力福島復興本社代表の石崎芳行さんを取り上げていました。
・・・東電の福島のトップとして現場を回り、仕事に没頭するのは、重い罪と責任を背負う苦悩を打ち消すためかもしれない。
仮設住宅での生活支援や帰還に向けた草刈り、イベントの手伝いなど、復興本社の業務は幅広い。思うように進まないこともある。特に避難者への賠償問題は互いの利害が絡み合う。「避難にはいろんなケースがあり、一律の基準では償いきれない部分があると東京(の親会社)に伝えることはあるが、賠償のルールを曲げるわけにはいかない」と組織人として複雑な思いをのぞかせる。
自分が直接関与していない事故で、頭を下げ続けることに抵抗を感じる社員も少数いる。東京の役員の発言に、事故の風化を感じることもあるが、「加害者であることは変わらない。それでも我々を復興の仲間にしてほしい」と訴える。少しずつ笑顔で接する住民が増えてきたことが救いだ。小さなことを積み重ね、まず個人として認められる。「その先にいつか会社が許される日がくるかもしれない」と願う・・・

会社としての責任、社員としての償い、難しいものがあります。本文をお読みください。記事にもまた写真にも出ているように、石崎さんは、つらい立場と仕事であるにもかかわらず、いつも穏やかな表情をしておられます。頭が下がります。

ところで、私は大震災の仕事に就いてから、組織としての事故を起こした責任とその償いを、考えてきました。
地震と津波は天災なので、神様を恨むしかありません。しかし、原発事故は、事故を起こした東電と、それを防ぐことのできなかった国(経産省、原子力安全・保安院)がいます。さらに事故が起きた後も、適切な事故収束作業がされたのか、適切な避難指示がなされたのかも問われています。
東京電力は法人として存続しているので、事故を起こした責任と償いを続けています。賠償を支払うだけでなく、石崎さんを先頭にして職員が現地で、被災者支援や復興のために汗をかいています(活動事例)。

他方で、原子力安全・保安院は廃止されました。原子力規制業務は、環境省に原子力規制委員会・原子力規制庁がつくられ、そこに移管されました(別途、内閣府に原子力防災担当(統括官)が平成26年につくられています)。
国においては、原子力保安院が廃止されたことで、事故を起こした責任と償いの「主体」が不明確になったのではないでしょうか。原子力規制庁は、今後起こる事故を防ぐための組織であり、福島原発事故の後始末は所管ではないようです。もし、原子力保安院が存続していたら、被災地での避難者支援や復興には、何らかの形で「責任」をとり続けたと思います。
原子力災害対策本部現地本部の、後藤収・副本部長をはじめとする経産省の職員は、被災地で復興のために汗を流しています(原子力災害対策本部事務局はホームページがないようなので、リンクを張って紹介することができません)。私がここで指摘しているのは、責任ある組織の存続と償いです。

私はこれを、「お取りつぶしのパラドックス」と呼んでいます。比較するのは適当ではないでしょうが、日本陸軍と海軍も廃止されたことで、組織として「責任を取る」「償いをする」ことがなくなりました。国家としては、ポツダム宣言の受諾と占領による政治改革、東京裁判とその刑の執行、関係国への賠償などはあります。
個別の組織が存続していたら、戦争を遂行した組織としての「残されたものとしての責任」を果たすことがあったと思います。それは、記録を残すこと、原因の究明、再発防止策、そして「償い」です。陸海軍は廃止されることで、これらが途絶えてしまったのではないでしょうか。

組織としての「強さ」は、事故を起こさないこと(どんなに使命を果たすか)とともに、事故を起こした後の振る舞いによって示されると思うのです。それは、人も同じです。

被災者の生活支援

復興庁は、被災者を支援するために、いくつもの事業を、自治体やNPOと行っています。今年度の事業について、それらの団体に国費を配りました。
この「被災者支援総合交付金」は、これまで現場の要望を受け新しく作ってきた事業への支援をまとめたものです。そこで名前を「総合交付金」としてあります。

どのような支援をしているか、資料(p4以下)を見てください。生活相談員による見守り、困りごと相談、コミュニティつくりの支援、被災者が活動できる場つくり(心の復興)など、本当に身の回りのことです。
これまで、行政では取り組んでいなかった分野ですが、避難生活が長引くこと、また帰還しても新しくコミュニティをつくらなければならないことから、このような支援に乗り出しました。
国には担当する省庁がないので、復興庁が行っています。

災害からの産業復旧、グループ補助金

4月17日の日経新聞に熊本地震1年として「グループ補助金、復興に光」が解説されていました。熊本地震でも、国のグループ補助金制度を生かして、工場や店舗を再建する動きが本格化しているとのことです。

この補助金は、東日本大震災の際に、経産省中小企業庁が創ってくれました。それまでは、災害からの復旧は事業主の自己責任でした。国は低利融資くらいしか支援をしませんでした。日本は自由主義経済・資本主義の国ですから、当然と言えば当然です。しかし、この被災地では、商店がなければ買い物もできず、工場が再開されないと働く場もないのです。経産省と財務省の大英断だったと私は評価しています。

記事では、東日本大震災での実績も載っています。その後順調に経営している企業がある一方で、経営破綻した企業もあります。そこで指摘されていることは、災害に遭う前から経営が苦しかった企業が設備を復旧しても、経営が良くなるわけではないことです。
ここは、難しいところです。売り上げを伸ばすために、復興庁では「結いの場」など、大手企業の協力を得て新商品開発や取引先拡大の支援をしています。「政府が取り組んでいる産業復興策

人材マッチング

河北新報連載「トモノミクス 被災地と企業」、4月7日は「現場に頼れる右腕 人材マッチング」でした。
・・・東日本大震災の被災地に送り込まれた228人が、復興をけん引する地域経済人の参謀についた。「右腕プログラム」。NPO法人「ETIC.」(エティック、東京)が構築した人材マッチングの進化形だ・・・
・・・プログラムは16年10月に募集を終了した。精神は新たな仕組み「ローカルベンチャー構想」に引き継がれた。エティックが釜石や石巻など8市町村と連携。「右腕」のノウハウを生かし、首都圏から人材を送り、民間投資を呼び込む。
「右腕」参加者のうち約100人が被災地で起業したり、派遣先地域に定着したりして地域経済に貢献する。人材マッチングのイノベーション(革新)が、新たな復興CSR(企業の社会的責任)を覚醒させる・・・
記事で紹介された事例は、復興現場で初めて挑戦した事例です。河北新報の記事の全文をお読みください。

人を求めている現場と、行きたいという人を紹介する「マッチング」。これは、難しい「お見合い」です。市場なら、価格という指標によって、売り手と買い手が結びつきます。しかし、この場合は、どこでどのような人を求めているのか、誰が行きたいのか、それを調べて結びつけなければなりません。拙著『復興が日本を変える』で、このお見合いの重要性を指摘しました。
事業を引き継ぎ、産業を振興するには、「人」が重要です。後継者であり従業員です。補助金などの支援も、それを使って事業に取り組む人がいてこそ、効果が現れます。何事も、人が基本なのです。
復興庁でも、「WORK FOR 東北」に取り組みました。「2月24日の記事