カテゴリーアーカイブ:政治の役割

中国、文化大革命が残したもの

2016年10月25日   岡本全勝

朝日新聞10月20日オピニオン欄、王輝・中国天津社会科学院名誉院長へのインタビュー「体制内で見た文革」から。
・・・中国で文化大革命が発動されて50年。多くの中国人が信じた共産主義の理想は色あせ、社会は大きく変質したが、共産党政権は依然として苛烈な権力闘争のなかにある。中国は何を学び、何を失ったのか。党幹部の立場で文革を経験し、その後も体制内で歴史研究を続ける天津社会科学院の名誉院長、王輝氏に話を聞いた・・・
「秩序は軍の出動によって回復しました」との問いかけに。
・・・もし中国にこのような特殊で強大な軍隊がなければ、どうなっていたか。中国で、軍は戦闘部隊であると同時に、(国内の社会秩序を維持するための)工作部隊でもあるのです。単純に国防を担っているわけではありません・・・
「その特殊な軍の存在が、中国の民主化を困難にしているのではないですか」との問に。
・・・当然のことです。中国共産党は暴力革命によって政権を握った。暴力による政権奪取の必然の結果は専制政治です。それは民主化をもたらすことはないのです・・・
この項続く。(2016年10月25日)

戦後日本の民主主義思想

2016年10月22日   岡本全勝

宇野重規編『リーディングス戦後日本の思想水脈3 民主主義と市民社会』(2016年、岩波書店)を紹介します。このシリーズは、戦後日本の思想を、名著名作のアンソロジー(選集)でたどるものです。集められた論文は、それぞれの時代を切り取り、また後世に与えた影響において、読み直す価値があります。また、宇野先生がどのような考えでこれらを選ばれたか、それも勉強になります。
お勧めは、巻末についている、宇野先生による解説「民主主義と市民社会の模索」(p279~p321)です。実は、私はこの部分しか読んでいない、ここを読むために買ったのですが。
日本人が、戦後改革で受け取った民主主義をどのように考え、育ててきたかがよくわかります。そして、識者が考えた理想的な民主主義や市民社会像と、現実とが違ったことも。見出しは次のようになっています。
Ⅰ敗戦からの再出発、Ⅱ民主主義の諸構想、Ⅲ大衆と市民社会、Ⅳ戦後民主主義の問い直し、Ⅴ新たな民主社会像を求めて、Ⅵ政治空間の行方。(2016年10月22日)

トランプ現象を支えるもの

2016年10月15日   岡本全勝

10月9日の読売新聞、フランシス・フクヤマさんの「トランプ氏”善戦” 中間層根強い不公平感」から。
・・・彼のような大衆扇動型候補の台頭は、英国が国民投票で欧州連合(EU)脱退を決めたのと同様、決して驚くべきことではないからだ。
過去10年以上にわたり、米国でも欧州でも、政治エリートたちは大きな間違いを重ねてきた。米国の場合、イラクとアフガニスタンという二つの不人気な戦争に突入し、大恐慌以来最大の金融危機の下地を作り、庶民を傷つける一方で、自分たちは利益を得た。欧州では、共通通貨ユーロと域内移動を自由化したシェンゲン協定という、課題が多い二つの制度が、米国と似たレベルの大混乱を引き起こしている。
これらの経済的動揺の深刻さを見れば、2008年の金融危機を契機に、もっと早くポピュリズム(大衆迎合)が主要政治勢力となってもおかしくなかった。むしろ驚くべきは、これほど長い時間がかかったことである・・・

10月7日の読売新聞、竹森俊平・慶應大学教授の「米大統領選 自由貿易に影。決められない政治 怒りの矛先」から。
・・・トランプ氏は無知をさらけ出しているのだが、無知を恥じて勉強する代わりに、「知識を持った専門家が米国をダメにしている」という論理を振り回す。
それが彼の一番の問題だ。しかし、「白人、高齢者、低学歴」の国民層にはかえって受けるのだ。これほど米国社会の分裂を深刻にした大統領候補はいない・・・
・・・米国民の不満が今回の選挙を動かしていると言われる。しかし、米国経済は、政治が安定している日本と比べても、はるかに良好で、さらに改善しつつある。不満の原因は「経済」ではなく、何も決められない米国の「政治」だろう・・・(2016年10月15日)

保守とは何か、2

2016年10月14日   岡本全勝

朝日新聞10月7日、佐伯啓思・京大名誉教授の「保守とは何か 奇っ怪、米重視で色分け」の続きです。
・・・ところが話が混沌としてくるのは、アメリカが現代世界の中心に躍り出てきたからである。いうまでもなく、アメリカは王制というイギリスの政治構造や伝統的価値を否定して革命国家を作り出した。「独立宣言」にもあるように、その建国の理念は、個人の自由や平等や幸福の追求の権利をうたっている。
その結果、もしもアメリカの建国の精神という「伝統」に戻るなら、そこには、個人の自由、平等、民主主義など「リベラル」な価値が見いだされることになる。かりに伝統への回帰を「保守」というならば、アメリカの「保守」とは、自律した個人、自由主義、民主主義、立憲主義などへ立ち戻ることである。ここに宗教的・道徳的価値を付け加えればよい。これに対して、「リベラル」は、20世紀の多様な移民社会化のなかで、文化的多様性と少数派の権利を実現するようなひとつの共同社会としてのアメリカを構想する。ここに、イギリスなどとは異なったアメリカ型の「保守」と「リベラル」の対立が生まれたのである。
ということは、本来のヨーロッパの「保守」からすれば、アメリカは自由、民主主義という普遍的理念の実現を目指す「進歩主義」の国というほかない。伝統を破棄して革新的な実験に挑むことが「進歩」だとする意識がアメリカには強い。こうした進歩主義を警戒するのが「保守」だというなら、アメリカには本来の意味での「保守」はきわめて希薄なのである。
さて、それでは日本はどうなのか。われわれは、アメリカとの同盟を重視し価値観を共有する者を「保守派」だという。安倍首相が「保守」なのは、まさしくアメリカとの同盟重視だからだ。するとどうなるか。アメリカと協調して自由や民主主義の世界化を進め、たえざる技術革新によって社会構造を変革することが「保守」ということになる。
これはまったく奇怪な話であろう。構造改革にせよ、第4次産業革命にせよ、急進的改革を説くのが「保守」だというのだ。もともと既成秩序の破壊、習慣や伝統的な価値の破壊を説き、合理的な実験によって社会を進歩させるという革新主義は「リベラル」の側から始まったはずなのである。それが「保守」へと移ってしまい、リベラルは保守に吸収されてしまった。
私は、「保守」の本質は、近代社会が陥りがちな、急激な変革や合理主義への抵抗にある、と思う。それは、社会秩序を、抽象的な普遍的価値に合わせて急激に変革するのではなく、われわれの慣れ親しんだ生活への愛着を大事にし、育ってきた文化や国の在り方を急激には変えない、という精神的態度だと思う。そして、この「本来の保守」の姿が今の日本ではみあたらないのである・・・(2016年10月14日)

保守とは何か

2016年10月13日   岡本全勝

朝日新聞10月7日、佐伯啓思・京大名誉教授の「保守とは何か 奇っ怪、米重視で色分け」から。
・・・そもそも「保守」とは何か。今日の日本では、「保守」が政治的権力を掌握し、これに対して、「リベラル」がその対抗勢力であるかのように語られる。しかし、もともとは、「保守」の側が抵抗勢力であった。
フランス革命が生み出した自由、平等、人権などの普遍性を唱え、それを政治的に実現すべく市民革命によって権力を掌握した革命派がリベラル(左翼)であり、それに抵抗して、伝統的社会秩序や伝統的価値観を重視したのが保守である。
イギリスの政治家であったエドマンド・バークが保守思想の父と呼ばれるのは、彼が、フランス革命が掲げた革命的な社会変革や人権などの抽象的理念の普遍性を批判したからである。改革は漸進的で、その社会の歴史的構造に即したものでなければならない、と彼は述べた。なぜならば、人間は既存の権威を全面的に否定して、白紙の上にまったく新しい秩序をうみだすことなどできないからである。人間の理性的能力には限界がある。それを補うものは、歴史のなかで作り上げられた慣習的秩序や伝統の尊重である、という。これが本来の保守であり、今でもイギリスに強く根を張っている。
ところが、近代社会は、系譜的にいえば、フランス革命の革命派の流れの上に成立した。つまり、自由、平等、民主主義、人権主義などの普遍性こそが近代社会の基本理念になってしまった。これをリベラルというなら、近代社会はリベラルな価値によって組み立てられている。「保守」はいわばリベラルの暴走をいさめる役割を与えられたのだ・・・
この項続く。(2016年10月13日)