カテゴリー別アーカイブ: 再チャレンジ

行政-再チャレンジ

外国人への生活保護適用

1月26日の朝日新聞生活面に「生活保護、外国人は受けられる?」が、載っていました。
・・・「外国人に生活保護は出ない」「国に帰ればいい」。愛知県で昨年11月、日系ブラジル人の女性が生活保護を申請しようとしたところ、市役所職員からそう言われ、一時、申請を断られる事態が起きました。在留資格を持ち、日本で暮らす外国人は約296万人(昨年6月末)で、中にはコロナ禍で困窮している人もいます。外国人と生活保護の関係はどうなっているのでしょうか・・・

Q 外国人は生活保護を受けられるの?
A 外国人は「事実上、保護の対象」とされているよ。
Q 「事実上」というのはどういう意味?
A 生活保護法では保護の対象を「すべての国民」としている。ただ、1954年の旧厚生省の局長通知で、「生活に困窮する外国人に対しては一般国民に対する生活保護の決定実施の取り扱いに準じて必要と認める保護を行うこと」とした。
つまり生活保護法の対象ではないけれど、人道的な観点から保護する必要があるので、事実上は生活保護の対象になっている。
2014年の最高裁判決でも「外国人は行政庁の通達等に基づく行政措置により事実上の保護の対象となり得る」とされた。

このような人権を守る制度が法律でなく、通達で行われていることは、疑問です。

不登校、公的支援充実を

1月27日の日経新聞「教育岩盤・迫る学校崩壊」、今村久美・認定NPO法人カタリバ代表の「不登校、公的支援充実を」から。

不登校の小中学生が急増し2021年度に過去最多の24万人に達した。インターネット上の仮想空間を使った不登校児の支援などを進める認定NPO法人カタリバの今村久美代表は「公的支援が足りない」と訴える。

――不登校が増え続ける状況や背景についてどう考えていますか。
「きっかけは多様で一概に増加の理由は語れない。ただ、一律に同じ内容を同じスピードで学習することに合わない子どもはたくさんいる。学校がこれまでそこに目をつぶってきたことは一因だろう」
「子どもが自ら学校に行かないことを選ぶ『積極的不登校』の考え方もあるが、現実には学校に行きたいけれど行けない子どもが多いと感じる。同じ学区の子が楽しそうに登校する姿を見て苦しい思いをしている親子は多い」

――不登校の子への支援の現状をどう思いますか。
「全く足りていない。ケアは家庭が背負ってしまっている。国の調査で学校や民間など誰の支援も受けていない不登校の子は全体の36%に上る。行政が手掛ける教育支援センターを利用したケースも1割と少ない」
「フリースクールのような民間団体の運営には公的補助がない。月会費などの経済的負担も大きい。全ての子どもが利用できる公的支援を強化する必要がある」

――どんな取り組みが必要ですか。
「まずは公的な支援につながっていない子を把握する責任者を置くことから始めるべきだ。教員だけで家庭訪問を続けるのは難しい。登校支援コーディネーターのような役割を置き、きちんと追いかけられる仕組みが必要だ」
「もう一つは子どもたちの居場所をつくる事業者や地域の団体を行政が認定し、連携することだ。自治体の壁を越えてデジタルなどの支援に生かせるツールを共有することも大事だ」

――学校に求められる役割は。
「学校は全国各地で子どもが歩いて行ける場所にある重要な教育福祉機関だ。親から離れても安心安全で、公的な第三者として自分のことを見守ってくれるような大人がいれば、孤立を防ぐ有効な手立てになる」
「不登校でも学校に相当する場所に通ううちに人とつながって楽しいと感じたり、新しい考え方を発見したりする。教員と合わないと感じた場合には他の選択肢を選べる公的なオルタナティブ(代替)を充実させる必要がある」

55歳の精神予防的休職

1月29日の朝日新聞から、浜田陽太郎・編集委員の「55歳の「逃げ恥」体験」が始まりました。第1回は「俺って役に立ってないよな」です。

・・・55歳を超え、「自分は会社で役立っていないのでは」と悩み始めた記者。選択したのは、病む前に転地療養する「予防的休職」でした。会社を離れ、九州・大分で1年間、働きながら考えた定年後の生き方を、7回にわたり伝えます・・・

・・・私は現在56歳。アラ還の一記者だ。管理職のポジションとはほぼ縁が無く、出世とはほど遠い生活を送ってきた。そんな私が2021年春から会社を休職し、大分県にある社会医療法人で1年、無給の「研修生」として過ごした。
「長年取材してきた医療・介護の専門性を深めるため」。これが世間体のいい説明だ。だが、もっと差し迫った理由があった。新型コロナを引き金にメンタルがまずくなっていた。

当時の所属部署では中高年が居場所を探すのに苦労した。自らに「有用感」を持てず、心に疲れがたまっていった。ステイホームが続き、リアルに人に会う機会がなく、悩みや愚痴を吐き出すこともできない。
「俺ってあんまり役に立ってないよな」と落ち込んだ。以前、精神医療の取材をして、予兆があれば早めの対処が肝要と学んでいた。思い出したのが、会社の「自己充実休職」という制度だった。
「恵まれた正社員だからできることで、世間はぜいたくと思うだろうな」という内なる声も聞こえた。だが正直、このまま仕事を続けるのは無理だった。人間、思わぬ病で仕事を長期に休むことはある。病む前の転地療養は「予防的休職」と呼べるのではないか・・・

浜田さんは有能な記者で、福祉関係の専門家です。たくさん記事を書いておられます。「「高齢ニッポン」をどう捉えるか: 予防医療・介護・福祉・年金」(2020年、勁草書房)という著書もあります。このホームページに登場してもらったこともあります。
仕事ができる人で50歳前後に精神的に苦しくなった人を、何人か知っています。浜田さんの「予防的休職」が世間に認知されると、予防になるかもしれません。

阪神・淡路大震災をきっかけに多文化共生

今朝1月17日の朝日新聞特集「阪神大震災28年 多文化共生の種 咲いた」に、田村太郎さんが「違い受け入れ自分を変える」を書いています。

・・・震災の2日後、ボランティア団体の仲間数人と、外国人向けの多言語電話相談を立ちあげました。
私自身は兵庫県伊丹市の自宅で被災しました。翌日、働いていた大阪のフィリピン人向けビデオ店へ行くと、お客さんから「どうしたらいい?」と、次々に電話がくる。何か動いた方がいいと思い、始めたのが通訳の対応するホットラインです。

FMラジオの英語放送で紹介してもらうと、ひっきりなしに電話があった。他団体にも呼びかけ、7言語に対応できる「外国人地震情報センター」を発足させました。大阪の事務所に電話6回線を引き、外国人も含め約400人のボランティアが集まりました。
当初は安否や住宅、仕事に関する相談が多く、その後も仮設住宅や失業給付の案内を多言語で提供しました。相談は半年で約1千件に上りましたが、日が経つほど複雑な事情を抱えた人が残されました。在留資格が切れた人は健康保険証がなく、高額の治療費が払えない。国や自治体と交渉し、復興基金から医療機関へ補填する仕組みができました・・・

より詳しくは、「はじまりは地震2日後の電話相談 外国人被災者から1千件のSOS」。若い太郎さんの写真もあります。
その後、田村さんは、多文化共生を非営利団体として拡大してきました。「ダイバーシティ研究所

男もつらい

12月4日の朝日新聞オピニオン欄「男も生きづらい?」、多賀太・関西大学教授の「「つらさ」の根っこは同じ」から。

男性の「生きづらさ」が近年語られるようになったのは、ジェンダー問題を「自分ごと」として考え始めたことが背景にあると思います。
女性がジェンダーの不平等に異議を申し立て、以前に比べると、政府も社会も、職場などでの女性の地位向上をより進めてきました。従来の性別役割分業かつ男性優位の社会から、徐々に男女平等の社会へ変わる過渡期だからこそ、価値観の板挟みになっている男性も多い。
たとえば、自分もパートナーも共働きしながら家事や育児を一緒に、という考えなのに、職場では旧態依然とした「稼ぎ手」の役割を求められ、期待されているような例もある。古いジェンダーの規範と新しい価値観の間で揺れています。

男性の生きづらさが語られる中で、「今では男性の方が弱者」という主張をネット上でみかけます。
しかし、これは極論です。
男性の生きづらさは、無理やり男性優位を維持しようとしてきた社会の力から来ている。常に男性が優越し、男性中心で物事を動かしていく女性差別的な社会の仕組みとそのゆがみが、一定の割合の男性たちも苦しめているのだと理解すべきです。

男性にとって、等身大でジェンダーについて語れる場がこれまで少なかったと思います。自然体で自分の気持ちや弱音を吐きだしたり、モヤモヤを言葉にしたりする場を持つことで、ジェンダーの問題を自分ごとにする。社内会議とも飲み屋でのやりとりとも違う、男性同士の語り合いの場です。他方で、たとえ耳の痛い話でも、女性たちの声にしっかり耳を傾け、女性の立場に立って考えてみる。その両方の機会を作ることが大事です。
「つらい」という声、その根っこが女性を苦しめているものと実は同じところにあるんだよ、と理解したうえで、性別を問わず、ともにジェンダー平等へと社会を推し進める。弱さを受け止めながら、自分が変わり、社会が変わる。男性の「生きづらさ」も解消していくと思います。