カテゴリーアーカイブ:再チャレンジ

「希望格差社会」の20年、その2

2026年9月27日   岡本全勝

「「希望格差社会」の20年」の続きです。希望がなくなり、現状に満足し(あきらめ)、仮想(ヴァーチャル)の世界に逃げ込む。悲しい世界になったのでしょうか。さらにそれが進むのでしょうか。抜粋ですので、詳しくは原文をお読みください。

―「希望格差社会」の副題は「『負け組』の絶望感が日本を引き裂く」でした。希望を失った人たちの不満が深刻な分断を生み出すのでは、と。しかし、今の日本には懸念されたほどの分断は生じていませんね。
「それどころかNHK放送文化研究所の意識調査によれば、衣食住、生きがい、地域の生活環境、人間関係のいずれにも満足している人は、88年の36%から18年には55%へ増えました。特に若年・中年層で高い」

―なぜこのような現象が。
「多くの若者が、現実世界での希望そのものを回避・放棄しているからだと私は見ています。いまの日本が『一度落ちたら二度とはい上がれない社会』であることを、彼らは見抜いています。いずれ豊かになれるという希望が実現不能なら、最初から高い望みを持たず、競争から降りてしまったほうが傷つかない。冷酷な社会に対する合理的な生存戦略とも言えます」
「ただ、日本における格差の固定化と満足度の高まりという矛盾の秘密は、別のところにもあると思っています」

―と言いますと?
「人々が、バーチャルな世界で満足を得る方法を見いだすようになったことです」
「社会全体が少しずつ貧しくなるなか、覆せない格差や不平等を受け入れ、リアルな世界での希望を諦め、バーチャルな世界に自足してプチ幸せに浸る。リスクを取って社会改革を求めれば、今の生活水準すら維持できなくなるかもしれない。それなら現状の停滞に身を任せ、静かに沈んでゆきたい――これこそ現在の日本の姿です」

―それが「幸福に衰退する」の意味ですか。
「鎖国下にあり自足経済だった江戸期とは異なり、現代日本は食料もエネルギーも海外に依存しています。国力が落ち円安がさらに進めば、バーチャル文化がどれほど豊かでも、リアルな生活基盤を維持できません」

―私たちは、皆で一緒にゆでガエルになる未来を受け入れるしかないのでしょうか。
「処方箋は明白です。昭和の亡霊である日本的雇用慣行と性別役割分業型家族を見直すことです。一度非正規になった人、育児や介護で退職した人が、再び安定した仕事へ移れるようにする。社会保障も個人単位に改める。つまり、家族や企業という依存先がなくても生きられる社会を設計し直すのです」
「今の日本社会が持続可能でないのは、家族のあり方が持続可能ではないから。出生数が減ったのは、女性が働くようになったからではない。働きながら安心して子どもを育てられる環境をつくらなかったからです」

「希望とは、成功が保証されることではない。一度の失敗で人生を『詰む』ことなく、やり直せると感じられることです。どの道を選んでも、致命的な貧困や孤立に陥らない社会であれば、人は諦念から脱してリスクを取ることができます」
「このまま緩慢に衰退する道を選ぶのかは、これからの世代が決めることです。ただ、リアルな世界でも希望を取り戻すためには、何度でもやり直せる社会に変えていかねばならない。その可能性まで諦める必要は決してない。これが、定年退職間近の私の、学者としての『遺言』です」

「希望格差社会」の20年

2026年9月26日   岡本全勝

9月10日の朝日新聞オピニオン欄、山田昌弘・中央大学教授へのインタビュー「「希望格差社会」の20年」から。
20年前の先生の指摘は、慧眼でした。私の連載「公共を創る」も、このような分析に多くを負っています。男女共同参画、働き方改革などは進んだのですが、非正規雇用という大問題は改善されず、対策も進んでいません。求められているのは、食品の消費税を2年間軽減するような政策ではありません。政治家も国民も根本的問題から目を背け、目先のパンに飛びつくようです。

・・・新自由主義が根を張った小泉政権下、山田昌弘さんは当時の世情を「希望格差社会」と名付け、きたる分断を強く危惧した。それから20年余。絶望が社会を引き裂くには至っていない。人々は怒らず、むしろ満足を深めているようだ。「このまま日本は幸福に衰退する」。ニヒリズムに満ちた警句の真意とは。

―「希望格差社会」を出版した2004年当時、どのような分断を憂慮していましたか。
「希望は『努力が報われる』と感じた時に生じ、絶望は『努力がむなしい』と感じた時に生じます。平成時代とは、将来への展望において国民が勝ち組と負け組とに分裂し、さらに社会全体からも徐々に希望が失われていく過程でした」
「戦後の高度成長期からバブル経済期までの若者は、頑張れば豊かな生活を築けるという安心感と将来への期待を持てました。『一億総中流』とは、全員が同じ生活水準という意味ではなく、努力すれば誰もが人並みの生活を実現できるという希望を表す言葉でした」
「しかしバブルが崩壊し、ほぼ同時に、グローバル化と脱工業化、情報化の波が押し寄せます。それに十分適応できなかった日本企業は正社員の雇用を守る一方、新卒採用を抑え、非正規雇用を増やしました。若い世代を調整弁にしたのです。就職氷河期世代の若者は、収入が保障され家族を養う見通しを持てる者と、将来設計を描けない者とに二極化しました」

―それが「希望」の格差につながったと?
「平成期には『経済停滞』『男女共同参画の停滞』『少子高齢化』『格差の進行』という負のトレンドが生じました。これらは相互に関連しており、その根本原因は昭和のシステム、すなわち『日本的労働慣行』と『性別役割分業型家族』から脱却できなかったことです」
「新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金、手厚い福利厚生が特徴のメンバーシップ型雇用は、一度その枠に入りさえすれば、定年までの安定と右肩上がりの昇給を約束するものでした。そして家庭では、一家の大黒柱たる夫と、家事・育児を一手に担う専業主婦の妻がペアになる。政府は、この労働と家族のシステムを前提に、税や社会保障の制度を設計しました。そこから外れると様々な不利益を被る。独身者、非正規雇用者、フリーランスなどは制度の恩恵からほぼ閉め出されました」

―「昭和のシステム」の内側にいる人と、そこから排除された人の分断が、より深刻化したということですね。
「新卒時に正社員になれなかった人が年齢を重ねてから正規採用される道は極めて細くなります。平成が始まった89年には非正規の割合は19%でしたが、19年には38%に上昇します」
「そして雇用における格差は、家族を持てるかの格差にも直結しました。日本では、男性が家族を養う結婚モデルが根強く残っています。共働き世帯でもなお『夫が正規雇用、妻はパート』の組み合わせが圧倒的に多く、低収入で結婚できない男性が増えれば、結婚できない女性も増える。50歳時の未婚率は20年には男性28・3%、女性17・8%に達しています」
「かつて氷河期に不安定なレールに乗せられたロスジェネ世代の多くが、一度レールを外れたら戻れない日本型雇用のなかで家族形成の機会も阻まれ、そのまま中高年独身者という巨大な固定層を形成しているのです。格差は単に広がっただけでなく固定化し、経済も社会も完全に行き詰まった状態です」・・・この項続く

病児保育、増える利用、苦しい現場

2026年9月7日   岡本全勝

8月21日の朝日新聞に「病児保育、増える利用、苦しい現場」が載っていました。

・・・少子化が進むなかでも、利用者が増加傾向にある病児保育。「予約がとれない」という切実な声も少なくありません。背景には、コロナ禍を経て感染症への向き合い方が変化したこともあるといいます。現状や課題について、全国病児保育協議会の杉野茂人会長(70)に聞きました。

―病児保育の利用者が増加傾向なのはなぜですか。

一つは、社会構造の変化です。共働き家庭がさらに増え、核家族化も進みました。
もう一つは、コロナ禍を経て感染症への考え方が変わったことです。以前は多少の風邪症状があっても保育園などで預かってもらえることもありました。しかし現在は、熱がなくても、感染防止の観点から「念のため」と受診やお迎えを求められるケースが増えています。
単なる「かぜ」ではなく、アデノウイルスや溶連菌などの診断がつくと、保育園では一定期間預かれません。そうした時に、病児保育が必要とされる場面が増えています。

―こども家庭庁の調査では、病児保育が「足りている」「余裕がある」とする自治体が8割にのぼります。それなのに「予約が取りにくい」のはなぜですか。

利用者数と定員数を比べると足りているように見えます。しかし、病児保育が足りているかどうかは、充足率だけでは判断できません。
病児保育で預かる子どもの多くは、急性期の感染症です。施設内で感染が広がらないようにしなければなりません。発熱などの原因が分からない子どももいます。この子とこの子は別の部屋で預かろう、担当する保育士も分けよう、といった、病児保育特有の判断が必要になります。
定員に達していなくても「今日はこれ以上、受け入れない方がいい」と判断することもあります。単に充足率で見るのではなく、一人ひとりが必要な時に、安心して使えたかが大切です。

―同じ調査で、赤字の施設は6割を超えます。運営面の課題は。

まず、季節によってニーズに波があることです。夏や冬の感染症流行期には予約が集中しますが、そうでない時期は1週間以上利用者がゼロということもあります。一方で、人員は確保しておかなければなりません。
さらに、当日キャンセルが相次ぐという問題があります。子どもの体調が回復したのならいいのですが、保護者のなかには「どうしても仕事を休めない。どこかには預けたい」と、複数の施設を予約する人もいます。
病児保育では人数だけでなく、利用する子どもの病状なども踏まえて受け入れを調整します。そのため、利用の可否が決まるのは当日朝になることも少なくありません。キャンセルが出た時点でほかの利用希望者に空きを案内しても、すでに仕事を休んでいるなど、利用につながらないことがあります。一方、施設側は人員を確保しているため、人件費は発生します。
全国調査でも、キャンセル率は5割近くにのぼり、施設運営の面で大きな課題です・・・

消費者庁、フードバンクに認証

2026年8月20日   岡本全勝

8月3日の日経新聞に「フードバンク4団体に初認証、消費者庁 2030年度に寄付倍増へ」が載っていました。

・・・企業などから余った食品を引き取り、生活困窮者らの支援団体に無償で提供する「フードバンク」の認証制度を巡り、消費者庁は28日、4団体を初めて認証した。食品を適切に管理する団体を認証し、安心して寄付できる環境を整える。
政府は2030年度までに食品の寄付を倍増させる目標を掲げており、受け入れる団体側の体制整備も課題になる・・・

賞味期限前に廃棄される食品は、1年で24万トンに上ります。全国に300団体あるフードバンクの取扱量は1.5万トンです。企業は、寄付した食品の横流しや、適切に管理されず食中毒などの事故が起きることを懸念しています。そこで、政府がフードバンクの審査をして、お墨付きを与えるのです。

女性再就職 正規雇用の壁

2026年8月7日   岡本全勝

7月19日の読売新聞「あすへの考」は、吉田尚大・編集委員の「女性再就職 正規雇用の壁」でした。

・・・女性の正規雇用率は20代後半をピークに下がり続ける。グラフに描くとL字形になることから「L字カーブ」と呼ばれる。正規雇用の女性が出産や育児を機に退職した後、再就職すると、パートなど非正規雇用になることが多いためだ。女性の活躍の機会を減らし、男女の賃金格差や女性の管理職比率の低さの一因となっているため、希望すれば正規雇用で働き続けられる環境の整備が求められる。

正規雇用比率を見ると、男性は50代後半まで70%程度を維持している。一方、女性は、35~39歳は43・6%、40~44歳は39・5%と下がり続けていく。
その影響は大きい。2026年の男女共同参画白書によると、日本の男女の賃金格差は、男性の賃金の中央値を100とした場合、女性は79・3。経済協力開発機構(OECD)諸国の女性の平均89・7と比べて差がある。企業の管理職に占める女性の割合は課長級16・1%、部長級9・3%。いずれも、正規雇用の女性の層が薄いのが一因だ。

L字カーブが生まれた歴史的背景として、周燕飛・日本女子大教授は産業構造の変化を挙げる。
1950年代半ばから始まる高度経済成長期前は、農業や自営業の世帯も多く、女性は貴重な働き手だった。畑や店舗は自宅とほぼ同じ場所にあり、働きながら育児や家事ができた。
高度経済成長期が始まると、男女とも会社で働く人が増えた。自宅と働く場が離れ、子どもが生まれると女性が育児や家事のために退職し、子育てが一段落すると教育費などのために非正規雇用で再就職する、という流れができた。
周教授は「日本には年功序列制の企業が多く、雇用の流動性が低い。中途採用市場も小さく、高学歴の女性ほど、希望に沿う業務や賃金の正規雇用の仕事を見つけにくい。欧米ならすぐに採用されるような女性が能力を発揮できないのは損失だ」と指摘する。

L字カーブの一因として、日本企業特有の「メンバーシップ型雇用」を挙げるのは、本田一成・武庫川女子大教授だ。
日本の典型的な会社員は、定期異動によって社内で様々な業務を経験し、勤続年数に応じて賃金が上がっていく。安定した雇用や賃金と引き換えに、長時間労働や転勤を受け入れるなど、企業の良きメンバーに徹していく。
メンバーにとどまるため、男性はハードな長時間労働をこなすが、早く帰宅して家事や育児をすることはできない。一方、家事や育児を担う女性の多くは、ハードな働き方はできないためにメンバーにとどまれず、退職や非正規雇用への移行を選ばざるを得ない。性別役割分担意識の強い日本では、「男性は仕事、女性は家庭」というあり方が受け入れられやすい土壌もあった。国も、会社員らの配偶者が保険料を払わなくても基礎年金を受け取れる「第3号被保険者」制度などを導入し、働く男性社員を支える妻の役割に報いた。
本田教授は「現状だと、メンバーにとどまれるのは、長時間労働をいとわない『M(Male=男性)型』の働き方ができる社員しかいない」と指摘。「生活に重点を置いた『F(Female=女性)型』の働き方をM型に取り入れ、男女とも家事や育児を担いながら働けるようにしてL字カーブを解消するべきだ」と強調する。

女性が正規雇用で働き続けられるようにして、L字カーブを解消するためには、どのような取り組みが必要なのだろうか。
正社員の女性が退職する原因の一つが、長時間労働に加えて、家事・育児の負担が女性に偏り過ぎていることだ。21年の社会生活基本調査によると、女性の家事や育児の時間は1日約7時間半にも及ぶが、男性は2時間に満たない。大和総研の高須百華研究員は「負担の重さから、正社員を辞めたり、働き方の柔軟性が高い非正規雇用を選んだりするようになる。長時間労働が前提の働き方を見直し、フレックスタイム制度の導入などで働く時間を自由にするなど、夫婦とも家事・育児の時間を取れる働き方改革が必要だ」と語る。
「キャリアにつながる責任ある仕事を任せ、『目標を達成できたかどうか』を基準に、時間当たりの生産性を評価するなど、育児中の女性でも昇進できる制度が必要だ」と訴えるのは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの矢島洋子主席研究員だ。任せる仕事の質は変えずに量を調整することで、「ライフ」だけでなく「ワーク」を充実させることも、働き続ける意欲を持つには欠かせない・・・