カテゴリーアーカイブ:再チャレンジ

児童相談所を改革

2026年10月26日   岡本全勝

日経新聞夕刊「人間発見」、10月13日の週は、藤林武史・元児童相談所長の「傷ついた子どもの心と共に」でした。
・・・精神科医で西日本こども研修センターあかし(兵庫県明石市)センター長の藤林武史さん(68)は福岡市で児童相談所長を18年間務めた。児相に全国で初めて弁護士を常駐させ、虐待などで親と暮らせない子どもが可能な限り里親家庭で成長できるように取り組むなどの改革をリードしてきた。退任後は「子どもの最善の利益」を軸に全国の児相が創意工夫にあふれた挑戦ができるよう支援を続ける・・・

10月15日の「「最後の砦」守った18年」から。
・・・「2003年、福岡市の児童相談所長の採用試験を公募で受験し採用された。」
就任当時の児相の状況は、親や子どもと向き合って支援内容を提案する児童福祉司は、みな児相に異動してきた行政職でした。生活保護の担当経験がある人も中にはいましたが、子ども支援の専門的な訓練はほぼ受けていませんでした。一方で、増え続ける虐待に対応する中で常に疲労感があり、多くの人が「早く他部署に異動したい」と言っていました。
本来、児相職員は専門性が必須です。「いらんおせっかいをするな」と拒む親に「お困りでしょう」と関係をつくる力が重要。「実は助けを借りたい」という親や子の気持ちを観察して、引き出す力が求められるのです。
私は試行錯誤の末、人事課に掛け合い、医療機関などで対人援助の経験がある社会人の福祉職採用を始めました。登山で言えば、3合目からスタートできるようになり、現場に少しずつ活気や安定感が生まれました。

「11年、全国で初めて児相に弁護士を常駐させる改革に踏み切った。今では全国の児相が続いている。」
福岡市では09年から虐待による子どもの死亡事案が続き、職員が疲弊していた。児相は法律上、親の同意がなくても子どもを一時保護できるのですが、親との衝突が大きいと職員の精神的負担も大きくなる。もちろん子どもにも影響します。
そこで児相に子どもをとられると思い抵抗する親に、保護の必要性を熱意や経験則だけでなく、法的根拠も踏まえて説明できれば、職員の精神的負担が軽減できるのではと考えました。虐待死をなくすには、弁護士も参加して、保護すべきだと考えたケースが法的に妥当かどうか迅速に判断するのが良い処方箋になるのではと考えました。
弁護士常駐で必要なケースは保護し、必要のないケースはしない、あるいは保護を解除するという意味では効果はありました。ただ試行錯誤した結果、必要以上に「リスクがあれば、もっと保護すべきだ」というスローガンを唱えても、子どもの命は救えない、というのが私の結論です。
虐待死事案は、児相が関わった時点では事態の切迫度などの法的な保護要件が必ずしもそろっていないことも多い。だから虐待死を防ぐには「保護ありき」ではなく、児相に虐待の相談や疑いの通報があった時に、「SOSが出せない」という親の困りごとをいかに児相職員が引き出せるかが大切です・・・

子ども食堂を被災者支援拠点に

2026年10月24日   岡本全勝

10月17日の読売新聞「子ども食堂 被災者支援拠点に…炊き出し、孤立防ぐ交流も」から。

・・・子ども食堂を災害時に被災者を支える防災拠点とする動きが広がっています。大量に調理できる利点を生かして炊き出しを行ったり、被災者が孤立しないよう交流の場を作ったりできるからです。地域に根付いた活動だからこそ、きめ細かな支援ができると期待されています。

「防災食を配っています。いかがですか」
9月19日昼頃、浜松市の市防災学習センター入り口で、市内で活動する子ども食堂のスタッフが声を張り上げた。認定NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」(東京)などが企画した炊き出し訓練だ。市内2か所の子ども食堂のスタッフ12人が参加し、缶詰など長期保存できる食材だけを使って弁当とスープを200食分作った。アレルギーを持つ人も安心して食べられるよう、缶詰や調味料のパッケージを並べて原材料を確認できるようにした。

子ども食堂は、子どもたちに無料や低価格で食事を提供する。多くは地域のボランティアが公民館や自宅、寺などで運営する。子どもの支援だけでなく、住民同士の交流の場としても機能している。むすびえによると、全国に1万2602か所(昨年度)ある。
むすびえは2019年から、各地の子ども食堂に防災拠点になってもらおうと呼びかけている。平時から地域に根ざして活動しているため、自治体や社会福祉協議会などと連携を取りやすく、被災者のニーズに応じた支援を行えるからだ。被災直後の炊き出しだけでなく、支援物資や復興ボランティアを取りまとめたり、被災者同士の交流の場を提供したりすることも想定されるという。
災害時に支援を行うには、普段からの備えが必要になる。
むすびえは20年に防災マニュアルを作成し、全国の子ども食堂に、懐中電灯や救急箱など備品の確認や避難訓練の実施を呼びかけた。40都道府県で研修も行い、自治体職員らと協力して被災者への支援策を考えてもらった。研修を担当する防災士の森谷哲さん(50)は「関係団体と顔見知りの関係を築けるようサポートしたい」と話す。

自治体が子ども食堂と協定を結び、災害時の支援を要請するケースも増えている。
愛媛県宇和島市は昨年2月、市内22か所の子ども食堂で作る連絡協議会と協定を結んだ。市の要請に基づき、避難所での炊き出しや、子どもたちの居場所づくりをする。食材費などは市が負担する。協議会の窓口を担うNPO法人「ユーグランマジャパン」の松島陽子・代表理事(61)は「平時から危機意識を共有することで、いざという時も連携しやすい」と語る。
福井県敦賀市やさいたま市も、地元の子ども食堂のネットワークと同様の協定を結んでいる・・・

新生児、3.3%が外国籍

2026年10月9日   岡本全勝

9月26日の日経新聞に「増える外国人新生児、群馬は13人に1人 学外の日本語教育広がる」が載っていました。

・・・日本の新生児に占める外国人の割合が増えている。2025年に生まれた子供のうち3.3%が外国籍だった。国籍や生育環境が多様化し教育現場では対応に追われている。子育てや親へのサポートなどの支援が求められている。
総務省のデータを基に、外国人住民の出生者数を総出生者数で割って算出した。25年の総出生数69万3302人のうち、2万2835人が外国人だった。都道府県別で外国人比率が一番高いのは群馬県の7.5%で、約13人に1人が外国人だった。愛知県が5.3%、千葉県が5.2%と続いた。

群馬や愛知に集まる製造業は外国人を前向きに取り込んできた。自治体やNPOは言語や文化を早くから外国人に学ばせている・・・
・・・この背景には、母国語と住む国の言葉がどちらも十分に発達しない「ダブルリミテッド」という状態がある。外国語話者の親が良かれと思い片言の日本語で子供に接することで起きやすく、一つの言語の積み重ねがなく思考力が育たない。
京都教育大学の浜田麻里教授は「特に日本で生まれた子供は支援の網をすり抜けてしまうことが多い。表面的には日本語能力に問題がないように見えるため問題が深刻化しやすい」と指摘する。

増えたのはベトナムやネパール国籍などだ。自治体は異なる言語や文化圏への対応を迫られている。
群馬県伊勢崎市では3歳以下の乳幼児健診で通訳を派遣している。25年度からはベトナム語を追加して計3カ国語に対応し、1年で計70回の利用があった。多言語翻訳サービスの活用も進め、子供の成長発達の状況や保護者の心配事を伝えられるよう努める。
指導者を育てるのが滋賀県だ。日本語指導や学習支援に関わる人を集め講座を毎年開く。8月には、県内の小学校で日本語教室を担当する教師が授業の仕方などを紹介した。参加者が日ごろの実践や悩みを共有して、対策を考えている。先行地域の取り組みは全国には重要となる。
浜田教授は「今後外国人がさらに増える中で、日本語教育さえすればいいという考えではいずれ限界が来る。(国籍などに関係なく共に学ぶ)インクルーシブな教育の必要性についても考えていくべきだ」と話す・・・

「希望格差社会」の20年、その2

2026年9月27日   岡本全勝

「「希望格差社会」の20年」の続きです。希望がなくなり、現状に満足し(あきらめ)、仮想(ヴァーチャル)の世界に逃げ込む。悲しい世界になったのでしょうか。さらにそれが進むのでしょうか。抜粋ですので、詳しくは原文をお読みください。

―「希望格差社会」の副題は「『負け組』の絶望感が日本を引き裂く」でした。希望を失った人たちの不満が深刻な分断を生み出すのでは、と。しかし、今の日本には懸念されたほどの分断は生じていませんね。
「それどころかNHK放送文化研究所の意識調査によれば、衣食住、生きがい、地域の生活環境、人間関係のいずれにも満足している人は、88年の36%から18年には55%へ増えました。特に若年・中年層で高い」

―なぜこのような現象が。
「多くの若者が、現実世界での希望そのものを回避・放棄しているからだと私は見ています。いまの日本が『一度落ちたら二度とはい上がれない社会』であることを、彼らは見抜いています。いずれ豊かになれるという希望が実現不能なら、最初から高い望みを持たず、競争から降りてしまったほうが傷つかない。冷酷な社会に対する合理的な生存戦略とも言えます」
「ただ、日本における格差の固定化と満足度の高まりという矛盾の秘密は、別のところにもあると思っています」

―と言いますと?
「人々が、バーチャルな世界で満足を得る方法を見いだすようになったことです」
「社会全体が少しずつ貧しくなるなか、覆せない格差や不平等を受け入れ、リアルな世界での希望を諦め、バーチャルな世界に自足してプチ幸せに浸る。リスクを取って社会改革を求めれば、今の生活水準すら維持できなくなるかもしれない。それなら現状の停滞に身を任せ、静かに沈んでゆきたい――これこそ現在の日本の姿です」

―それが「幸福に衰退する」の意味ですか。
「鎖国下にあり自足経済だった江戸期とは異なり、現代日本は食料もエネルギーも海外に依存しています。国力が落ち円安がさらに進めば、バーチャル文化がどれほど豊かでも、リアルな生活基盤を維持できません」

―私たちは、皆で一緒にゆでガエルになる未来を受け入れるしかないのでしょうか。
「処方箋は明白です。昭和の亡霊である日本的雇用慣行と性別役割分業型家族を見直すことです。一度非正規になった人、育児や介護で退職した人が、再び安定した仕事へ移れるようにする。社会保障も個人単位に改める。つまり、家族や企業という依存先がなくても生きられる社会を設計し直すのです」
「今の日本社会が持続可能でないのは、家族のあり方が持続可能ではないから。出生数が減ったのは、女性が働くようになったからではない。働きながら安心して子どもを育てられる環境をつくらなかったからです」

「希望とは、成功が保証されることではない。一度の失敗で人生を『詰む』ことなく、やり直せると感じられることです。どの道を選んでも、致命的な貧困や孤立に陥らない社会であれば、人は諦念から脱してリスクを取ることができます」
「このまま緩慢に衰退する道を選ぶのかは、これからの世代が決めることです。ただ、リアルな世界でも希望を取り戻すためには、何度でもやり直せる社会に変えていかねばならない。その可能性まで諦める必要は決してない。これが、定年退職間近の私の、学者としての『遺言』です」

「希望格差社会」の20年

2026年9月26日   岡本全勝

9月10日の朝日新聞オピニオン欄、山田昌弘・中央大学教授へのインタビュー「「希望格差社会」の20年」から。
20年前の先生の指摘は、慧眼でした。私の連載「公共を創る」も、このような分析に多くを負っています。男女共同参画、働き方改革などは進んだのですが、非正規雇用という大問題は改善されず、対策も進んでいません。求められているのは、食品の消費税を2年間軽減するような政策ではありません。政治家も国民も根本的問題から目を背け、目先のパンに飛びつくようです。

・・・新自由主義が根を張った小泉政権下、山田昌弘さんは当時の世情を「希望格差社会」と名付け、きたる分断を強く危惧した。それから20年余。絶望が社会を引き裂くには至っていない。人々は怒らず、むしろ満足を深めているようだ。「このまま日本は幸福に衰退する」。ニヒリズムに満ちた警句の真意とは。

―「希望格差社会」を出版した2004年当時、どのような分断を憂慮していましたか。
「希望は『努力が報われる』と感じた時に生じ、絶望は『努力がむなしい』と感じた時に生じます。平成時代とは、将来への展望において国民が勝ち組と負け組とに分裂し、さらに社会全体からも徐々に希望が失われていく過程でした」
「戦後の高度成長期からバブル経済期までの若者は、頑張れば豊かな生活を築けるという安心感と将来への期待を持てました。『一億総中流』とは、全員が同じ生活水準という意味ではなく、努力すれば誰もが人並みの生活を実現できるという希望を表す言葉でした」
「しかしバブルが崩壊し、ほぼ同時に、グローバル化と脱工業化、情報化の波が押し寄せます。それに十分適応できなかった日本企業は正社員の雇用を守る一方、新卒採用を抑え、非正規雇用を増やしました。若い世代を調整弁にしたのです。就職氷河期世代の若者は、収入が保障され家族を養う見通しを持てる者と、将来設計を描けない者とに二極化しました」

―それが「希望」の格差につながったと?
「平成期には『経済停滞』『男女共同参画の停滞』『少子高齢化』『格差の進行』という負のトレンドが生じました。これらは相互に関連しており、その根本原因は昭和のシステム、すなわち『日本的労働慣行』と『性別役割分業型家族』から脱却できなかったことです」
「新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金、手厚い福利厚生が特徴のメンバーシップ型雇用は、一度その枠に入りさえすれば、定年までの安定と右肩上がりの昇給を約束するものでした。そして家庭では、一家の大黒柱たる夫と、家事・育児を一手に担う専業主婦の妻がペアになる。政府は、この労働と家族のシステムを前提に、税や社会保障の制度を設計しました。そこから外れると様々な不利益を被る。独身者、非正規雇用者、フリーランスなどは制度の恩恵からほぼ閉め出されました」

―「昭和のシステム」の内側にいる人と、そこから排除された人の分断が、より深刻化したということですね。
「新卒時に正社員になれなかった人が年齢を重ねてから正規採用される道は極めて細くなります。平成が始まった89年には非正規の割合は19%でしたが、19年には38%に上昇します」
「そして雇用における格差は、家族を持てるかの格差にも直結しました。日本では、男性が家族を養う結婚モデルが根強く残っています。共働き世帯でもなお『夫が正規雇用、妻はパート』の組み合わせが圧倒的に多く、低収入で結婚できない男性が増えれば、結婚できない女性も増える。50歳時の未婚率は20年には男性28・3%、女性17・8%に達しています」
「かつて氷河期に不安定なレールに乗せられたロスジェネ世代の多くが、一度レールを外れたら戻れない日本型雇用のなかで家族形成の機会も阻まれ、そのまま中高年独身者という巨大な固定層を形成しているのです。格差は単に広がっただけでなく固定化し、経済も社会も完全に行き詰まった状態です」・・・この項続く